November 06, 2020

24th.Sep.2006

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撮影 北村 守
伊良湖を知るサーファーならこのポイントを知らない人はいないだろう、その昔1973年に記念すべき全日本選手権が行われた際に発見されたポイントで通称「全日」ここ数年で堤防が延び、テトラが投入されて劇的な変化を遂げ昔の面影はまったくなくなってしまった、私もめったに入らないが昔は好きだったポイントの一つ、土曜に入ったのは向かって右のテトラの沖、日曜も最初ここで入り、その後左のテトラ沖でロコ赤灯台の横位がピークとなった、普段のここからは想像もつかない距離のポイント、って言うかここが割れるのなんて見たことなかったかもしれない? 10年ほど前まで最後の堤防が斜めに延びる前、結構アウトの地形が決まっていたがここまで沖では無かったような思い出がある、しかし良い経験させてもらった。」伊良湖一番2006、9、26

March 22, 2019

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23th.Sep.2006

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台風14号は陸地から離れた海上を北東に進むコースをたどっている。伊良湖も台風14号の影響を受け、土曜日の朝はロングビーチ、ロコポイントなどはクローズアウト、サーフィンのできる状態ではなかった。早朝、BaliHighさんから○○ポイントに入るとのメールが入った。私の頭の中での○○ポイントは、決して期待できるような波が入るとは思えないところであった為、駐車場に車を止めて、先ずは波チェックにと、撮影機材を車に置いたままビーチに向かった。途中、私を呼び止める声がした。カモンさんこと岡本さんである。『凄いビッグウェーブですよBaliHighさんら数人のロングボーダーが、かなりアウトで入っているからすぐ撮影に入って下さい』との事。急遽引き返して撮影準備にとりかかった。駐車場で撮影準備中にBaliHighさんが上がってきてしまったが、今から撮影に入る事を告げると、休憩もとらず再度海に入ると言う。さすがにタフな方だ。BaliHighさんと、機材運搬係を買って出たカモンさんと一緒にビーチに向かった。小さな林を抜けると眼下に海がパッと広がった。予想をはるかに越えた見事なビッグウェーブである。BaliHighさんは海に飛び込み、アウトに向かって見る見る内に姿が小さくなっていく…。インサイドはショートボーダーがひしめきあっているが、アウトはBaliHighさんと原田さんの二人しかいない。彼らは撮られ放題♪超ラッキーな二人である。二人の豪快なライディングを連写で追った。超ビッグウェーブゆえに手応えは充分…。原田さんをワンラウンド撮り、BaliHighさんを2ラウンド撮ったところで異変に気が付いた…。『わっ!』カメラの撮影枚数のカウンターに数字が無い!!!!!!!原因はすぐ分かった。CFカードが入っていなかったのである。フィルムカメラでいう「フィルムの入れ忘れ」である。何十年と使っていたフィルムカメラでさえもフィルムを入れ忘れて撮ったという記憶がない。このポイントでの想定外のビッグウェーブを目の当たりにして、冷静さを失ってしまったのである。基本中の基本を忘れるほどのビッグウェーブに驚嘆したとはいえ、まだまだ修行が足りない…と反省しきり…。「釣り逃がした魚は大きい」と言われるように、空写し時のビッグウェーブは、その後に撮影した波のサイズの何倍もの大きさであった…と、今から振り返っても、そう思う…。アクシデント後のおふたりの写真をご披露しよう。BaliHighさん、原田さん、ごめんなさい!  文・撮影 北村守

いつだったかな港の沖に設置されているテトラのその沖でブレイクし乗っていたサーファーがそのテトラに飲み込まれたことがあった、土曜のピークはまさにそのテトラの沖、乗っているとまるでテトラ正面に向かっているような錯覚に捕らわれるし、巻かれるとすぐにテトラが気になった、しかも一人でいるとポジションがよく判らない、波数が多くインが見えないからテトラの位置が確認できないんだ、そんないやーな雰囲気の時に思っていたのはこの写真だった、逃げるもんか俺だって「本望だ」って言ってみたい、その気持ちがあったから今回の波に乗れたんだとおもう。

March 18, 2019

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November 05, 2020

70歳初ショット 撮影 北村守

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撮影 北村守

満70歳になった直後の11月26日のロコポイントでは朝からHRD FILMSが水中撮影、入れ替わりにビーチに北村さんが登場して、私の70歳初ショットを撮って頂きました。とにかく朝から厳しい波だったのですが流石北村さん、ここしか無いって言う絶妙のタイミングでの一枚となりました。この写真は我ながらポジションは良いし、スタイルも決まってるし、目線も良くお気に入りの記念すべき一枚となりました。北村さんありがとうございました😊😊😊


December 15, 2018

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半世紀

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1967年に早稲田に入学し東京での生活が始まったけど、父との約束で一年間は小石川にある岐阜県学寮に入ることになった。まあほっといたら遊び呆けるだろうからの親心だったとは思うけど一部屋8人の集団生活はまったく性に合わずキツかった、しかしこの頃は人生はスキーだと思っていて一年のうち100日以上は山に入っていたからそれなりに充実してはいたかなぁ。1968年4月にやっと解放されて阿佐ヶ谷のアパートに引っ越して待望の一人暮らしが始まった、この年の1月に苗場であった全日本東京都予選の滑降で大怪我してしまい少しスキーと離れていた頃、多分5月頃だと思うけど名古屋から一緒の大学入った友人が何故か未だに分からないけどどこかで中古のTEDロングボードを手に入れてきた、当時はサーフィンなんてたまに平凡パンチの記事で読む程度でまったくの知識無し、しかもまだ車を持っていなかったから、ちょうど名古屋から東京へ就職した友人の会社の車を調達して、これまた何故か知らないけど始めてサーフィンする場所に湘南の七里ケ浜をチョイスして3人で生まれて初めてのサーフィンに挑戦した。今思えば周りのサーファーは皆んなビーバーテールかショートジョンみたいなウエット来てたからこの時期だったと思うな、ウエットなんか知らなかった我々は裸・・・しかも一本のボードを交代で使うから待ち時間はビーチで寒かったんだろな、今でも春先はこんなグループいるもんなぁ。まあ全員が始めてだしWAXなんて知らなくて塗ってないから立てる訳もなくインサイドでバチャバチャやっただけだと思うし、暫くしたらリーフに当たったらしくフィンが無くなりギブアップ‼️ありがちなデビューでした。しかし何かピンと来たんだろね僕だけハマってしまいすぐに新宿の丸井でマリブスーパーミニって言うボードを月賦で購入、ウエットもダイビング用のを手に入れてサーフィンを始めることになってしまい、次の1969年の夏には千葉御宿で海の家やりながら毎日サーフィンするほどになっていた。それから今までついに50年間も休まずサーフィンを続けてしまった。小さい頃から競技スポーツが好きで全日本クラスになったのはローラースケート・スキー・サーフィンなんだけどローラースケートは中学でやめてしまったし、スキーは大学時代真剣に続けたけどその後飽きて離れてしまった。結局ここまで長く続いたのはサーフィンだけなんだ、しかも50年やってもまだやり足りていない、こりゃ一体どういう事なんだろまったく我ながら理解不能、まったく止める気は無いからこのまま身体が動く限り続ける事になりそうだ、こんな素晴らしいスポーツに運良く巡り会えた事に感謝するしかないね、後は残り少ない人生を何とか身体をいたわりながら出来だけ長くやり続けたいと思う5月です。
May 02, 2018

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LOKO SURF SHOP

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「カズくん」こと久保田芳一氏から貴重な資料をお借りすることが出来た。その中でもこの写真には感動する、1972年頃の「ロコサーフショップ」サニーピックアップに乗って黄色いボードを持っているのがターザン、その右が熊ちゃん・ハッサン・ジュリー。凄く雰囲気のある画像で、いかに1970年代のサーフショップが若者を引き付けていたかその魅力がそのまま出ているようだ、まさに「カリフォルニア」ですよ。 今入った連絡で当初71年にオープンした時にはこのトラックは白色だったそうで71年暮れに九州宮崎へツアーに出かけてカズくんが事故り、それで色を塗り替えたとの事、写真は1972年、一番左はジュリーだそうで、マウンテンに似てたけど違ってた、マウンテンの登場はこの72年か73年だそうです。
June.30.2017.

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ランクルの旅

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70年代に一世風靡していた「SURFMAGAZINE」に「ランクルの旅」という人気記事が連載されていて、1979年4月号が「伊良湖」特集でした。1971年の伊良湖全日本の頃に大磯から豊橋へ移り住んでいた見田裕康が案内人でした。寒い中大野薫と一緒にロコポイントへ入った記事がアップされています。残念ながらその後見なくなってしまった見田くんは流石湘南と言われるほどスタイリッシュで結構伊良湖のサーファーに影響を与えていましたね、その彼が書いた記事もあるのでご紹介しましょう。

GOOD BEACH AND FRIEND 文:見田裕康
湘南から伊良湖に移って8年、当時は、、サーファーも少なく波もあり余っていました。下に紹介したポイントの他にも、高塚、サリマノ、赤羽根港など、渥美半島にはまだまだ多くのポイントがあります。私も、年中どこかしらでサーフしています。フルスーツはすり切れ、ベストは陽に焼け色あせる程に毎日波乗りをしてきました。その間に、私にはたくさんの友達ができました。最も身近な仲間を紹介しましょう。サンチャンこと杉浦茂義君。彼は、地元の最古参で、豊橋地区及び名古屋方面までも名前が知られています。ライディングはオーソドックス。コーラ屋さんの山本卓一君。彼も地元では古いサーファーの1人です。波乗りも、やわらかく、見ていて大変ひれいです。ノーチンこと神谷信博君。ライディングは、神経質でとても変化があり、彼のインサイドからのボトムターンは、我々も教えられる所があります。タメンこと安永和也君。若手サーファーの中で、将来を期待されている1人で、まだライディングに荒削りな面もあるが、若さでカバーしています。このような仲間達が、いつもどこかのポイントで波乗りをしています。今年もシーズンが近づいてきました。伊良湖も、そろそろ波がでてきます。1度こちらに来てサーフィンをしてみませんか?また違った波乗りが楽しめると思いますが・・・・・・。しかし楽しんだ後のマナーもわすれないで下さい。自分達のサーフビーチが、空カンや紙クズでよごれていたら、サーフィンで楽しくなっても、海岸に上がって来ていやな気分にさせられることでしょう。そんな気持ちにならないためにも”キープクリーン・ビーチ”に努めましょう。 February 02, 2017

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November 03, 2020

大松屋食堂

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昭和47年(1967)2月6日に今よりもずっと南に開店した「大松屋食堂」がその50年の歴史を閉じる事になり、来週25日で閉店するんだそうです。今と違い弥八へ降り道はまだロングビーチに繋がっていなくて行き止まりだったから結構不便な場所で最初のうちはガラガラだったそうですが、数年した頃からサーファー、特にロングビーチをメインにしていたGODDESSグループの溜まり場みたいな時期もありました。私は学生時代の夏休みに伊良湖へ来た時に寄った記憶はあまりなく、名古屋に戻った73年頃からお世話になってました。当時のお昼はここかレストランサーフィン、赤羽根食堂を回遊って感じかな。とにかく色々と良くしてもらい楽しい思い出が一杯詰まった食堂なんです。伊良湖ロングボードクラシックを始めてからはお弁当を作ってもらったり、協賛してもらったり、BaliHighまで置いてもらってました。また最後までGODDESSの鈴木さんと並んでライティング写真も飾ってもらいました。ただここ数年はどんぶり街道や多くの取材で天丼が超有名になり過ぎてしまい、普段は平日でもサーファー以外のお客で超満員で入れなくなってしまい、逆に気を使ってしまい機会が減っていたのが残念です。しかしまさに青春の思い出が一杯詰まったお店が閉店すると聞いて大ショック、今日は皆んなでご挨拶兼ねて食事に行ってまいりました。閉店は残念だけど長い間本当にありがとうございました、感謝の気持ちで一杯です。

December 17, 2016

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内藤さん For ever

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昨日の新日ポイントは素晴らしい晴天のうえにいいうねりも入りまさに内藤DAY! 9時からの内藤さんお別れセレモニーには大勢のサーファーが献花に訪れ、海にも60名以上のサーファーが出て洋平くんを囲んでのサークルが出来上がりました。きっとこれからもこのポイントで見守ってて頂けると思います、天国からよろしくね。

October 17, 2016

 

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R.I.P Mr.PANDA

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24日(土)は、そりゃもうひどいもんでした、波は膝だし、途中から雨になりついには雷が落ちるような激しい雨で、とてもじゃないけどサーフィンどころじゃなかったんで、次の日もまったく期待出来そうになかった・・・・・それがどうよ!25日(日)になったとたん、なんとも信じられないようなパーフェクトウエーブ&チューブになり、しかもピーカン!こんな事が有り得るんだろうか?10時から始まったパンダの追悼セレモニーに合わせてパンダが降りてきたとしか思えなかったよ。何枚もの写真に多くのお花が捧げられ、大勢のサーファーが集まってくれました。そのうち50名程はママやノブと一緒にロコポイントに入り、持ち寄った綺麗なお花で献花した後、陸と同時に黙祷させて頂きました。セレモニー終了後は全員が見守る中でママが見事にテイクオフ。その後はノブがまるで乗り移ったかのようなディープなチューブをメイクしたんだそうです。家族全員が元気出てきたみたいだし、きっと今回のことは彼も天国で喜んでくれてたと思いますよ、またいつでもロコポイントに降りてきたら良いよ、待ってるからね。本当に信じられない事に、この素晴らしい波はこの日一日中続いたんです、こんな日は年に数日しかないからまさに奇跡だね。 今回のセレモニーでは無理を言って同年の藤本さんとHRDFILMSに撮影をお願いしました、おかげで素敵な写真も残せました、ありがとうね。

September 29, 2016

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お別れ

今年に入ってから伊良湖の偉大なサーファー二人が続けて亡くなってしまいました。

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1月に亡くなったのは濱国康(パンダ)さん、ショートの時代はOSAのプロサーファーとして活躍し、ロングボーダーとしては伊良湖で一番古くから一人で頑張っていたし、WLTにも出場を果たした偉大なサーファーでした、明日は午前10時から彼の愛したロコポイントで追悼セレモニーが開催されます。

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今月亡くなった内藤直樹さんは生涯アマチュアショートボーダーとして全日本でも大活躍、伊良湖ではいつも新日ポイントを愛し、素晴らしいサーフィンを見せてくれました。彼のお別れ会は10月16日日曜日の午前9時から新日ポイントきのこ前で開催されます。

どちらの会場でも献花を捧げる予定ですので、参加される方はそれぞれお花を持参してくださるようお願いします。

September 24

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