June 05, 2008

先日湘南からGODDESSの鈴木正さんをお迎えし、名古屋で最初にサーフショップをオープンされた今村輝敏(通称テルさん)さんを囲んで旧名古屋GODDESSのメンバーが集結いたしました。名古屋というより伊良湖エリアで始めてのサーフショップとなった名古屋御器所「ジェイビス」創立の今村さんには何とか一度お会いしたくて何度も安部公司を通じてコンタクトをしましたが、シャイな方で中々今迄お会いできませんでした。今回はぜひ昔話をお聞きしたいと頑張ったのですが、なんせ40年以上前のことなので正確な年代等が判りません。今村さんがサーフィンを始めたのは恐らく鈴木光彦さんと同じ年代と思われます。つまり1966年頃今村さんが湘南GODDESSへ行き鈴木さんからボードを買った事から始まったそうです。当時は伊良湖にサーファーもほとんどおらず今村さんが光彦さんを知ったのはほんの偶然、恋路が浜でサーフィンしている時に光彦さんがサーフボードを積んだ車で現れそれで自然と知り合いになったんだそうです。その後光彦さんはTEDでサーフボードを仕入れたのですがショップは作らず、自宅に置いて友人達に販売していたようですが、今村さんは鈴木さんと組んでGODDESSを中心とした商品で1969年に「ジェイビス」をオープンし、これこそが名古屋初のサーフショップとなりました。この頃からショップの大会は開催されており、何と安部公司や東谷敏弘等が入賞の常連だったそうです。このショップはやがて八事の「名古屋GODDESS」へと発展して行く事となります。写真は左がGODDESS鈴木正氏、右がジェイビス今村輝敏氏。
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May 30, 2008

創世記の伊良湖にこの方は欠かせない、僕がお世話になったのも「名古屋GODDESS」だし、赤羽根にあった「GODDESS」でも何度も遊ばせてもらった。日本を代表するサーフボードメーカーGODDESSのシェーパー兼社長の鈴木正氏は1971年の全日本と前後して伊良湖へ訪れるようになり、その後GODDESS全盛期を迎えることになる。名古屋で初めて出来たサーフショップは「ジェイビス」と言われているが、ここが後に「名古屋ゴッデス」となったようだ。この「ジェイビス」を設立した今村さんと鈴木さんとは関係が深かったそうで現在でも交流があるとのこと。実は今日そのGODDESS鈴木正さんが久々に名古屋へ来ることになり、今村さん始め当時のGODDESSメンバーも集まることになりました、きっと全員が濃い方々なのでインタビューする時間が取れるかどうか心配ですがまたとない機会なのでぜひ60~70年代の伊良湖のお話を聞きだしたいと思っております。
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May 13, 2008

今回の千葉遠征でTEDさんのお店に伺った時、伊良湖に関係する素晴らしい写真を見せて頂きました。さっそく無理をお願いして「IRAKO CLASSIC」への掲載許可を頂きました。この写真は1968年にTEDで完成した最新型のサーフボードを東京神田の芳林公園で撮影した後、同じく神田にあったTEDさんのショップへ名古屋からブルーバードの乗って仕入れにきたロッキーの鈴木光彦さんともう一人がショップ前で記念撮影したものだそうです。まだロングボード全盛の68年にこんな先進的なボードが出来ていたことも驚きですし、それを手に入れたのが伊良湖のサーファーだったことにも驚かされます。結局この時鈴木さんは現金でショップにあったボードのほとんどを買って帰ったんだそうです、恐るべし伊良湖のサーファー物語。資料をこころよく提供して頂きました阿出川輝雄さんに心より感謝いたします。 撮影 阿出川輝雄
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February 21, 2008

1978年9月、伊勢国府のメインビーチでは会長ヘンリー祝率いるO.S.A.(大阪サーフィン連盟)の大会が開催され、伊良湖からは名古屋地区トライアルを勝ち抜いてきた名古屋ゴッデスのパンダこと浜国康、ウエーブラインプロダクツの石塚義雄、豊橋ワールドサーフ見田裕康、そしてこの写真エビンサーフショップの日比野雅康、以上の4名がエントリーしている。結果は1位小林正明、2位金山吉秀、3位山崎市郎。伊良湖勢では浜国康の10位が光っている。
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February 19, 2008

1975年に発行されたJ.S.OパンフレットにはJ.S.O公認プロショップのリストがある。当時サーフィンのプロになるためにはこれらのJ.S.O公認プロショップを通じてプロコンテストに出場し、上位12位までに入るとプロとして公認されたそうだ。この公認プロショップとして地元名古屋では「名古屋ゴーデス」「エビン」の2店舗が入っている。「LOKO」が入っていないのはどうしたんだろうか?。尚このパンフレットの裏表紙には「GODDESS」の一面広告になっているが当時日本語では「ゴーデス」と表記していたようだ。
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February 16, 2008

パンフレットの何処を探しても発行日時が書かれていないが、第1回J.S.Oジャパンプロサーフィンコンテストとあるので恐らく1975年のものだと思われる。不思議なことにここへ寄稿している3人はくしくも現在NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブでご一緒している、高橋太郎・鈴木正・テット阿出川の方々だった、この文章は改めて後日アップします。この1975年発足時点でのJ.S.O公認プロは以下の22名であった。
1、川井幹雄 2、吉田正 3、鈴木三平 4、鈴木正 5、小川秀行 6、井坂啓美 7、長沼一人 8、出川三千男 9、小林正明 10、青田琢二 11、山崎市郎 12、小室マリ子 13、飯尾進 14、石塚義雄 15、上杉俊二 16、善家誠 17、ヘンリー祝 18、添田博道 19、抱井保徳 20、岡野教彦 21、ジョージ藤沢 22、小室正則
またJ.S.O公認ジャッジは以下の35名
阿出川輝雄・君塚房治朗・鈴木正・吉田正・高橋太郎・大谷正一・小林秀行・川井幹雄・出川三千男・進士里可・長沼一人・井坂啓美・荻野恭英・鈴木捷吾・宇佐美潤・ヘンリー祝・大沼虎夫・石塚義雄・鈴木三平・鈴木輝敏・大橋和夫・梶原英一・鈴木泰彦・尾代邦男・上田俊彦・大川朝男・高橋和夫・阪野益治・星泰雄・高橋節・高坂和彦・和泉利明・山崎市郎・井上テルヤ・佐藤義雄
伊良湖からは公認プロとして「石塚義雄」、公認ジャッジとして「阪野益治」が参加していた。
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February 15, 2008

あざらしくんからお借りした第13回全日本サーフィン選手権大会のパンフレットです。会場は千葉の部原海岸でした。このパンフレットは大型で8ページあるのですが、その半分以上がプロ問題で埋まっています、せっかくのアマチュア全日本なのにこの頃は色々とプロ創世記の物語があったようです。この大会に地元愛知から出場したのはMENの内藤直樹、SENIORの鈴木光彦、WOMENの中島嘉子の3名でした。記事に伊良湖に関することは書かれていないのでここまでにします。
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February 14, 2008

今回「IRAKO CLASSIC」に書き込む時代が延びたために改めてあざらしくんから資料をお借りしました。もう一度どうしてもチェックしたかった1971年の赤羽根で開催された全日本のパンフレット。恐らく1975年と思われる「第1回J.S.O.ジャパンプロサーフィンコンテスト」のパンフレット。1978年第13回全日本のパンフレット。70年代のサーフマガジン。どれも貴重なものでこれから順次ご紹介していくつもりです。ただ手前にあるSWがA4なのに比べてどれも大判サイズなのが妙に感じますし、このサイズは私のスキャナーに入りきらないので困ってます。それと発行された年が入っていないものが多く、これも逆に凄いことかと。
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January 25, 2008

当時の写真はほとんどがロングビーチ、ロコや港の写真を探すのは難しかった。これはその珍しい「港」ポイントでの写真。残念ながら後に建物が無い為どの位置なのか特定はできない。しかし76年時点ですでにボルトのボードに乗っていたとは、ちょっと認識を改めないといけないかもしれない。
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1976年のロングビーチ、駐車場の山側です。後にはEVINの車、メンバーも皆エビンチームです。上段左から、ヒロシ、兄さん、ヒチ、松っあん、下段左が清水。30年以上も前の写真なのに皆あまり今と変わっていないような気がするのは私だけ?
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以前ロコポイントの貴重な写真をお借りした清水義博さんからは他にも多くの写真を頂いておりました。しかしそのほとんどが1973年以降のものであったため当初の「IRAKO CLASSIC」では取り上げることができませんでした。今回79年まで延びたので改めて貴重な写真を公開させて頂きます。今では写真に日付を入れるようになっていますが、このシステムが出来る前のこの頃は写真に現像された年度が入っているので時代の確定に役立って助かります。この写真は1975年のロングビーチ、まったく舗装されていない駐車場や低い堤防、それに山の上には綺麗な弥八ホテルが見えます。車は当時から定番だった「HIACE」ボードデザインも70年代ですね。
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January 24, 2008

家庭用ビデオが一般的になるまではサーフィンの映像を見る方法はただ2つ、貴重なフィルムを使って8mmで撮影し、暗い部屋で楽しむか、各地を巡回してくるサーフィン映画を見るしかなかった。中でもサーフィン映画は当然内容も新鮮で画面も大きいので迫力があり毎回始まる前から大騒ぎだった。まあサーファーの乗りが良いのは今も昔も変わらない。名古屋では鶴舞の勤労会館が多かった。1976年、タイトルは不明だがEVIN主催の映画会に何とゲストで登場したのは「ジェリー・ロペス」「リノ・アベリラ」「ロリー・ラッセル」という大物3名、今じゃ考えられないことが当時は起こっていたのだ、これはその時のサイン。
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私の記憶では「ミッシェル・ジュノンド」だったような、79年当時LOKOに滞在していたシェーパーで伊良湖にも顔を出していて、よく話していた、ディスコで酔った勢いか、ビッウエーブ用のボードを上げるよと言われたがそれっきりだよ。ターザンが元気で活躍してた頃のお話しです。
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名古屋で一番最初のショップは今村さんのお店だと思う、会長はその直後かな、また初期の段階で湘南から来た香取さんが豊橋の愛大の前で「サビーネ」というショップを出していたが、残念ながら閉店も早かった。そして前出の「GODDESS」「LOKO」「EVIN」「BELLS」が良く広告にも顔を出し活躍していた。また見田くんが店長だった「WORLD SURF TAKI」もこの頃だ。そんな中サーフィンワールド1978年には豊橋から「ORENGESUNSHINE」が登場する。板倉トンボちゃんのお店でたしかメインボードはドミンゴだった、彼は今でも現役で海へ来ている。1979年には名古屋「KIKI」がBOLTの代理店として登場、当然メインはボルトだった、オーナーの沖民雄は残念ながら現在海から離れてしまった。また当時岐阜には岐阜GODDESSとLEG岐阜があったはず、また77年には常滑に「パイナップルジュース」もオープン。三河では「知多ラング」がこの頃だ。79年のポパイを見ると当時すでに
10軒程のサーフショップがあったとされているので他にご存知の方はぜひご一報を。
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January 23, 2008

1979年のサーフマガジンに読者から投稿された写真です。
PHOTO:山田勝彦
PLACE:赤羽根ロコポイント
DATE:2月25日
RIDER:森雅博
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70年代後半に私が使っていたウエットスーツがこの「SESSION」でした。たしか工場が名古屋近郊だったはずで社長にも会ったことがあります。このカラーの部分が特徴的でなんて言ったら良いのかな、今のジャージとは違い、起毛という感じで特徴のある生地だった、ロゴも懐かしい。名古屋ではKIKIが取り扱っていました。
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1977年に使われたGODDESSの一ページ広告には伊良湖から石塚義雄が登場する、真ん中は抱井。義雄くんが着ているウエットは当時まさに大流行したオレンジとイエローのツートンカラー。この色はたしかMRもバテンスも着ていたし、抱井もお似合いだった。今の地味なウエットからは想像もつかないが実は私もこの後SESSIONで同じ色を真似して作っていました。
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January 22, 2008


1974年の第2回に引き続き、1977年9月に再び伊良湖で第4回西日本サーフィン選手権大会が開催された、その結果は。
1位 石塚義雄(名古屋)
2位 見田裕康(豊橋)
3位 田畑克彦(三重)
4位 阪野益治(名古屋)
5位 浜 国康(名古屋)
6位 村瀬勝宏(三重)
三重勢のワハ・エヘを押さえて名古屋勢の圧勝結果となっている、初登場の浜国康とは「パンダ」のことだ。写真は優勝の石塚(右)と2位の見田。
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失礼しました、先ほど紹介した3軒に加え1976年のサーフィンワールドには「BELLS」の広告が掲載されていました。この「IRAKO CLASSIC」を書くにあたりBELLSの吉川くんからもぜひ70年代をと勧めてもらっていたのですが、なかなか取材の機会がなくてまだフランちゃんにはお会いしておりません、いずれインタビューしてBELLSの歴史にも触れたいと思っております。
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1979年5月20日にロングビーチで行われた愛知支部予選結果
ジュニア
1、進 昭浩
2、高橋英二
メン
1、内藤直樹
2、杉浦 仁
3、角谷龍夫
4、松井輝夫
5、森 昇
6、加藤泰伸
シニア
1、角谷 晃
2、武藤恒志
3、鈴木光彦
当時の資料はなかなか見つからない中、70年代には珍しく残っていた。
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1976年のサーフィンワールドに掲載された名古屋のサーフショップはわずかに3軒である。石塚義雄の「GODDESS」、阪野益治の「LOKO」、日比野健一の「EVIN」でった。「GODDESS」は当時既に「WaveLine」の名称も使っていたようだ。「EVIN」では弟のマーボーがモデルになっているが、後の2軒はオーナーがそのままモデルになっている。特にここではまるでマカロニウエスタンのような雰囲気で登場のターザンがまさに彼の雰囲気が伝わってきて懐かしい。また「LOKO」の広告に「伊良湖店有り」と書かれているのは今は閉店してしまったがロコポイントの東入り口にあった「赤羽根食堂」の敷地内にあったショップのこと。
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1976年「ゴッデスインターナショナル」の広告、当時は名古屋と岐阜、それに赤羽根にゴッデスがあり、ロングビーチでは大多数がゴッデス&SAMURAIウエットスーツのサーファーで占められていた。現在でも活躍中の鈴木兄弟を初め、これを見るとジョージ藤沢や長沼一仁までがライダーであったことが判る。恥ずかしながら当時は私もゴッデスのボードにSAMURAIウエットスーツであったのです。
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1976・77年頃のサーフィン雑誌を見ていると、サーフショップやウエットの広告にまじって8mm機器の大きな一面広告が目に付く。当時は当然ながらまだビデオは無く、サーフィンの映像を撮る手段は8mmカメラに限られていた。しかし当時特に望遠の付いた8mmは機械が高価である上にフィルムや現像も高く、しかも録画時間が短くてなかなか手が出せるようなものではなかった。当時8mmを持っていたのはまさに「お坊ちゃん」またはショップで、撮影のある日は興奮して大変だったし、現像が出来上がって映写する時も部屋を真っ暗にしてサーフミュージックをガンガンに掛け、興奮しながら見入ったものだった。今では小さなデジカメにさえ動画録画しかも望遠付きで簡単に撮れるようになりまさに8mmは夢・幻となってしまった。たしか8mmからビデオへの転換期でも8mmフィルムをビデオテープに移し変えるのが高額だった為になかなか出来ず、そのままにしておいてフィルムが劣化したものも多いはずだ。貴重な多くの映像がどこかに埋もれたまま消えていってしまう運命なのかもしれない。
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January 21, 2008


1979年のSURFMAGAZINEに紹介された時のロコポイントと先端の写真です。当時と比べると特にこの2箇所の変貌の激しさに驚きます。ロコポイントでは堤防が延びた後横にまで伸びてしまい、昔のハードな面影はありません、まさかここに道の駅までが出来るとは誰が予想したでしょう。また先端には灯台へ向って遊歩道が作られ、海中には多くの消波用の石が入れられ、波質も激変してしまいました、しかし今でも東風が吹くと何処からともなむサーファーが集まり、普段会えないサーファー同士の同窓会のようになってしまいます、これもまた時代なのでしょう。
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今でもサーフィンの雑誌に地方ポイントめぐりは欠かせないが、70年代後半の「SURFMAGAZINE」には「ランクルの旅」という人気企画があった。黄色に赤く書名の入ったランクルにプロサーファーとカメラマンが乗り地方に出かけ、その地のサーファーと共にポイント紹介をするというものだった。1979年4月号は、「ランクルの旅/伊良湖、ロコポイントにチューブを求めて」という素晴らしいタイトル。湘南から大野薫プロとカメラマンの芝田満之が来て、こちらでは当時豊橋にあった「WORLD SURF TAKI」の店長をしていた見田裕康が案内人となった。大磯から伊良湖へ移り住んで8年目の見田くんは当時独特なスタイルを持ったサーファーで非常に上手かった。このお店の前は赤羽根のGODDESSにいた時期もある。浜松経由で伊良湖へ入り、伊古部・高塚とチェックした後にロコポイントで入り、撮影された、真冬なので途中雪が降ったりもしたそうだ、しかし旧ロコポイントの堤防と真っ青な空をバックにした水中撮影の一枚はとても美しい。またこの中には見田くんの文章も掲載されているのでそのまま紹介する。
「GOOD BEACH AND GOOD FRIEND」 文:見田裕康
湘南から伊良湖に移って8年、当時はサーファーも少なく波もあり余っていました。下に紹介したポイントの他にも、高塚、サリマノ、赤羽根港など、渥美半島にはまだまだ多くのポイントがあります。私も、年中どこかしらでサーフィンしています。フルスーツはすり切れ、ベストは陽に焼け色あせる程に毎日波乗りをしてきました。その間に、私にはたくさんの友人ができました。最も身近な仲間を紹介しましょう。サンチャンこと杉浦茂義君。彼は、地元の最古参で、豊橋地区及び名古屋方面までも名前が知られています。ライディングはオーソドックス。コーラ屋さんの山本卓一君。彼も地元では古いサーファーの1人です。波乗りも、やわらかく、見ていて大変きれいです。ノーチンこと神谷信博君。ライディングは、神経質でとても変化があり、彼のインサイドからのボトムターンは、我々も教えられる所があります。タメンこと安永和也君。若手サーファーの中で、将来を期待されている1人で、まだライディングに荒削りな面もあるが、若さでカバーしています。このような仲間達が、いつもどこかのポイントで波乗りをしています。今年もシーズンが近づいてきました。伊良湖もそろそろ波がでてきます。1度こちらに来てサーフィンをしてみませんか?また違った波乗りが楽しめると思いますが・・・・・。しかし楽しんだ後のマナーもわすれないで下さい。自分達のサーフビーチが、空カンや紙クズでよごれていたら、サーフィンで楽しくなっても、海岸に上がってきていやな気持ちにさせられることでしょう。そんな気持ちにならないためにも、“キープクリーン・ビーチ”に努めましょう。
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January 19, 2008


伊良湖で初めて開催されるプロの大会ということで観客の数も多い、特に港ポイントの場合は堤防から見ると選手が間近に見えて迫力があるので観客にとっても素晴らしい大会だった。左の写真では上のアフロヘアーはヒロくん、下の左から二人目のロングヘアーはエビンの兄さんだ。皆さん当然ながら33年前の若い時代。
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この当時でも港ではサイズが上がると堤防から飛び込むしかなかった、この大会でもライディングを終えるたびに選手は堤防をボードを持って走ることになる。2枚とも走っているのは優勝した小林正明だが左の写真でカメラを構えているのは何と石塚義雄、ってことは決勝ではないのか。
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この76年プロサーフィンコンテストには湘南から最新のボードが持ち込まれたはず、手前のボードはまるでガンのようだし、後にいる抱井はまるで正反対の短いスティンガーを使っていた。ライディングと違ってこういう画像もありがたい。
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1971年に開催された全日本サーフィン選手権は始めて関東から外に出て開催されたということで、これを機に一気に中部や関西でサーフィン熱が高まった。その後1974年にはターザンが主体となって西日本サーフィンチャンピオンシップが開催され伊良湖の名声は全国に広まることになる。そしてついに1976年6月またしても赤羽根港ポイントは素晴らしい波に恵まれて初めてプロの大会が開催されたのだ。JSO「第2回日本プロサーフィンコンテスト」はクローズしたロングビーチから港にその会場を移す、当時あったのは今と違いまだ短い堤防だったが、その堤防の沖でブレイクした波が一端消え、堤防の先端から盛り上がって3~4フィートのブレイクとなり、インサイドにはチューブセクションのある大会としては願ってもないコンデションだった。やはり選手の主流派関東勢で西日本から準決勝に残ったのは地元の石塚義雄と関西のヘンリー祝のゴッテスコンビ、そしてついに地元石塚義雄だけは決勝に進出するという快挙をなしとげた。結果は
1位 小林正明
2位 阿倍川芳夫
3位 添田博道
4位 小川秀之
5位 抱井保徳
6位 石塚義雄
6位入賞を飾った石塚義雄は得意のバックサイドのローラーコースターを決めての快挙で、大会終了後、大松屋の奥座敷では大勢の仲間たちに囲まれて大宴会となったそうだ。
写真は左から石塚義雄、優勝の小林正明・抱井保徳、この頃にはすでに抱井の独特な雰囲気が出ている。
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以前に取り上げた「安部公司」の写真で彼の着ているウエットを「アニマルスキン」と紹介したが、今のサーファーには何のことやら判らないよね、当時ほとんどのサーファーが着ていたタイプで前か後に横一直線にジッパーが付いていて、首の部分を内側に折り曲げるタイプの事なんですよ、何でこんなネーミングになったのかな?とにかく当時のサーファーはビーチで話す分には問題ないんだけど、街中や飲み屋で話してて、「セックスワックス」とか「アニマルスキン」なんて言葉がポンポン飛び交うもんだから一般の人たちからとんでもない連中だと誤解されてたような時代でした、これはまさにそのまんまのイメージですね。
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January 18, 2008

私が名古屋に戻ってきたのは1973年で、それ以降BOLTに憧れて千種のKIKIに行くまでは八事にあった名古屋ゴッデスに行っていた。これはそれ以前和歌山にいた時に和歌山ゴッデスのお世話になったのと、当時仕事先の従業員が名古屋ゴッデスを知っていたからで、その時初めて義雄くんに会ったことになる。それから数本ゴッデスのTSモデル、つまり鈴木正モデルに乗り、最後にオーダーしたのが忘れもしないこのMIG-25というスティンガーだった。恐らくKIKIが79年なので、このボードに乗ったのは77か78年頃だったはず、当時としては斬新なデザインで非常に調子も良かったボードだ。
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伊良湖を代表するクラシックポイント「石門」、まるでサーファーをあざ笑うようなショアーブレイクの先には日本とは思えないパワーのある波が待っている。まだGODDESSのミグ21というボードだった頃にここへ入ってテイクオフした時の写真があり、長くサリマノに飾ってあってが残念ながら今は見つからない、使ったボードからみると70年代中頃だと思う。その頃はもう何人か入るようになったいたはず。この写真は1977年3月27日の石門レギュラー、ライダーは当時皆の憧れだった名古屋ゴッデスの石塚義雄、数少ない70年代の石門画像である。
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January 17, 2008
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