August 17, 2015

JPSA BaliHighCup 1985

今から30年前にBaliHigh はJPSAの大会のメインスポンサーになり1985・1986と二年間伊良湖ロングビーチで「BaliHigh Cup」を開催したんです。バブルが始まる直前で世間は明るく、景気も先行きが良くなる予感で良い時代でした。サーフィンも70年代後半のBOLTブームは一段落したもののまだまだブームが続いていた頃のお話です。資料や写真は残っていたんですが今回BELLSの吉川さんがとっても貴重な映像をアップしてくれました。30年前のロングビーチの雰囲気がよく判ります。当時はまだビーチに車を乗り入れてたんですねぇ、それに最近の大会に比べて観客の多いこと多いこと、盛り上がりも半端無かったんです。忘れていたけどMCはヘンリーだったんです、それにこの当時で優勝賞金60万円って今とあんまり変わらないんじゃないかな、当時の60万は今に換算したら3倍近い価値があったはずだもんね、ここで久我孝男が優勝したんで、この後蛸さんから連絡をもらい翌年から彼とBaliHighが契約したんですよ。いやぁ思い出が一杯あるし当時TSAの会長だった茂紀くんも僕も若かった・・って当然か、まだ36歳で現役のショートボーダーでございました。当時の詳しい状況はこちらにアップしてあるのでぜひご覧ください。

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Balihigh Cup |

February 12, 2008

’86 Balihigh Cup

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この大会では前年度全日本メンクラスの勝者、藤田昌弘が地元からただ1人メインラウンドに進出し意地を見せてくれた。

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’86 Balihigh Cup

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このシーズンからJPSAは新しいジャッジシステムを採用することとなり、QFからはマンオンマンとなりASOルールを採用。しかしそこまでの4人ヒートではNSAルール適用と統一感に欠け選手からの不満も多かった、これも過渡期の出来事、特にブイを使っての優先権が始まったのはこの大会が始めてであった。またシステム変更ということもあり、なんとヘッドジャッジは新理事長川井幹雄自らがあたることとなった。

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’86 Balihigh Cup

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ファイナルの接戦を5-0のパーフェクトスコアで勝利したのは久々の勝利となった関野聡であった。表彰式でのプレゼンターはTSA会長だったEVINの日比野健一、お若いです。コールするのはJPSA理事長川井幹雄。

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’86 Balihigh Cup

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1986年4月26日・27日の二日間に渡りロングビーチで第二回Balihigh Cupが開催された。当時東海地区で開催される唯一のプロコンテストということで観客は5000名を越える大きな大会となった。残念ながらまたしても波には恵まれなかったが新たな組織となるJPSA初大会で役員・選手共に燃え上り熱戦が繰り広げられた。2連覇を狙う久我孝男の前に立ちふさがったのは伊勢の福田義昭、セミファイナルでは4-1で久我を抑えてファイナルに進出し、関野聡との一騎打ちとなった。写真は左から関野聡・福田義昭・久我孝男。

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February 07, 2008

’85 Balihigh Cup

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ファイナルの結果は5-0で久我孝男の圧勝だった。見事Balihigh Cup初の勝者となった彼には賞金60万円とバリチケットが贈られた。まさに孝男時代の幕開けであった。

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’85 Balihigh Cup

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久我対坂本の一騎打ちはまさに実力というかプロの厳しさで久我のブロックに坂本が敗れてしまった。当時のサーフィンライフの記事にはこうある、「サーフィンだけでは勝てない場合だってある。今回のコンテストはたしかに波がなかった。プロのコンテストを行うには不十分なコンデションだったかもしれない。しかしコンテストが最高のコンデションで行われる可能性は極めて低い。プロの中にはコンテストはオンショアで行われるものと決めつけている選手もいるほどだ。しかしコンテストは自分のサーフィンを相手に戦わせることだけではないことが、このコンテストでわかった。それには試合のタクティス、そして経験が必要だということ。久我は藤村、坂本相手に執拗なほどのブロックを行ったことについてこう語った。「波があれば、自分のサーフィンをすれば勝てる、でも、このコンデションじゃ、いい波を捕られたらどうにもならないでしょう。それには波に乗せないようにしなくてはね。」つまりどんなに実力があっても勝てないこともあるということ。それだからコンペテションはおもしろいのである。好調だった坂本にしても久我のブロックにはどうにもならなかった。これは明らかに経験不足、世界中の猛者を相手にしてきた久我との差である。いかなる場合でも、自分が勝つにはどうしたら良いかと考えること。それが経験であり、タクティクスなのだ。」

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’85 Balihigh Cup

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この大会が何で4月だったのかは忘れましたが、JPSAのシーズンインを飾る第一戦ということで注目度も高かったので正解だったのかもしれません。しかしこの時期の伊良湖で2日間に渡ってベストな波に巡り合うのは至難の技、これだから大会運営は辛いんですよね、この85年の時も20日は低気圧が通過した後でウエイティングの後始まったヒートはサイドながらも2~3フィートで大会としては充分なサイズ。トライアルからメインラウンドまで順調に進み、地元からは尾崎充洋プロが見事メインラウンドに進出しました。しかし予想通り翌21日には一気にサイズダウンして力の無い腰サイズと物足りない波となりましたが、逆にまったくミスを許されない波ということで実力がそのまま出る結果となりました。結局ファイナルを戦ったのはこの久我孝男と新鋭坂本清克の二人でした。

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February 06, 2008

’85 Balihigh Cup

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13ページも広告、「HALATION」はKIKIで一緒にサーフィンやってたジミーのショップだが、今では海から離れてしまった。全日本常連のマーボーがいる「NORTH SHORE」、それにこれを見ると判るけど小林隆の「SELECTION」はこの年にオープンしている。14ページには誠に場違いながら私の実家である「菊川㈱」も掲載されていた。以上でパンフレットの紹介は終了します。裏表紙は先日紹介したBaliHighの広告になったいました。

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’85 Balihigh Cup

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10ページにあるのがアマチュア対象にしたサーフィンツアー「BalihighCup」でTSAの大会として年間3戦を行いチャンピオンを決めるものだった。この大会は茂紀くんが担当だったのであまり記憶がないが賞品総額300万円とは思い切ったことやったもんだ。11ページにはTSAの大会日程表がある、どれもロングビーチで開催されたものだ。当時の大会はほとんどがロングビーチでのもの。というか当時のロコポイントは駐車場もなくとても大会を出来るような状況に無かった。広告にある「COUNTRYLINE」は現在の「FOLLOWS」前身である。

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