January 19, 2009
February 08, 2008
Takao&Balihigh
今になって思えば全盛期の久我孝男を少しでもサポート出来たという事はサーファーとして誇りに思っている。こうして当時の写真を見ると思わず感動してしまった、まったく年を取るといかんけど感動の度合いが高くなって困りものです。
February 04, 2008
TROPICAL JUICE
80年頃に掲載された「トロピカルジュース」の広告です。近藤茂紀が本山にオープンした「TIKI」の横で始めたサーフショップでその後色々あって栄に移転しました。ちょっと時間軸が定かでないんですが「KIKI」が無くなってからここで暫くお世話になってました。そういえば同じ名前の怪しいお店が新栄にもあって、たしかスーパーがやってましたねー。写真左はハワイのDAUNEでよく伊良湖にも来てましたよ。彼のノースにある実家へも行きました。この当時は隆くんや正、それに今はロングボードになったヌーボーもいましたね。ボードはたしか豊橋の名手大水浩樹シェープだったと思います。これまた懐かしの一枚でした。
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モデル
Balinese発売当時の広告写真、モデルはな・・・なんとカルロスですよ。古い名古屋人しか知らない「BP」時代から外人と思われてた頃です(*^^)v まあこれもまた予算の関係だったのでないでしょうか・・・今となっては良い思い出です。
February 02, 2008
BaliNese CM
BaliNese発売当時にバリのビーチでよく見かけるバリニーズを意識して撮影した貴重なフィルムです、モデルはご存知「カルロス奥村」、まさに若かりし頃の勇姿です・・・が、単にモデル代をけちったのかな?
1983年BALI
この時はズーッと吉川と一緒に行動してたのかな、こうやって二人でバイクに乗って波のチェック、恐らくレギャンだとおもう、この頃はヘルメットいらなかった。早朝暗いうちからバイクに乗ってチェングーへ行き、風の良い時間帯にワンラウンド入ったあとトンボ帰りでクタを通過してそのまんまウルワツへ、ウルには別のボードが預けてあって長いの使ってました。左からレギャン・チャングー・ウルワツです。
飲食店地図
1983年のBaliNese発売当時はそのほとんどが飲食店向けでした、それも名古屋市内ばかり・・・当初はこの地図に載っている約40店からスタートし、その後取扱店は一気に増えて、ほとんど把握できなくなってしまいました。今でもこの頃のお店には感謝しています、懐かしいお店、今でも元気なお店があって懐かしい地図です。
February 01, 2008
BaliNese→BaliHigh
「BaliNese」の発売から数ヵ月後に「BaliHigh」の商標権獲得が決定し、早速商品名変更のキャンペーンに移りました。「バリニーズからバリハイへ」が合言葉でアッというまに「BaliHigh」が定着し、無事変更が完了。不思議な体験しました。
新製品発表会
この数年前から3人でアーダ・コーダと言いながらやっていたことがついに実現する日が来ました。1983年昭和58年8月13日、泉のカリーナ2階で「BaliNese」発売記念パーティーが開催されたのです。メーカー・マスコミ・飲食店・流通等のお客様をお迎えしてのパーティーはサーファーらしく?水着ギャルがお迎えするというど派手な演で大いに喜ばれたものです。当時の新聞記事には
焼酎の切り札 その名「バリニーズ」
「BALI-HIGH」(バリーハイ)で乾杯! 焼酎ブームといっても「酎ハイはどうにもなじめない」というヤングにぴったしフィットした”焼酎の切り札”が登場した。清酒メーカーの菊川と、ガルーダコーポレーションがタイアップして新発売の「BALINESE」。さる13日の試飲会では、バリーハイ片手のヤング連が「飲みやすい、もうビョーキになりそう」を連発。水着ギャルによるサービスのおまけ付きに場内のボルテージは上がる一方だった。
BaliNese
1983年8月13日に発売された当初は「BaliHigh」ではなく「BaliNese」でした。これは当時酒類の商標権が確定しておらずトラブルを避ける為の一時的なものでしたが、この当時のボトルはまったく残っていません。あったらお宝かも。そういえば「BaliNese」は商標登録不可能でした。
1984BALI
こちらは1984年の8月、BaliHighの広告用に撮影した写真。左はウルワツのワロング前、右のカントリーラインが僕のボードで左のシースケープは吉川のボード。右の写真は当時お気に入りだったサンセットビーチホテル(クタリーフの前)での撮影、ここから見るサンセットは最高だった。
May 08, 2006
DINING BAR Bali High
September 21, 2005
池田チャレンジcup2005秋
June 30, 2005
April 20, 2005
池田チャレンジカップ
December 22, 2004
June 09, 2004
BaliHigh
BaliHighホームページの71万ヒットの切り番が昨日出ましたが
何と68万をゲットした西尾の女性がまたまた引き当てました!
結構大勢が参加してるし、実は僕もこっそり参加してて最後
98ときて、偶数だったんでこれは!と思ったら次ぎはもう02
でしたよ!こんな中で2度の幸運はきっと何かコツがあるのかね?
教えて欲しいような気もするけど・・・・・
さて、次回もまたすぐなので皆さんぜひぜひ狙ってみて下さい。
May 22, 2004
重大発表!
BaliHighホームページがオープンしてから6年目ですが
残り3000弱でアクセスカウンターが700000になります
通常でもラッキー7って言うように7は縁起が良いとよく言われてますが
実は私に取ってはもっともっと大変な別の意味もあるんです
本業の栄美術ではペルシア美術が専門ですが、ペルシアと日本の交流
を示すもっとも端的な例とされるのが正倉院御物の白瑠璃碗なんです
これは4~6世紀のササーン朝ペルシアで作られておおよそ8世紀頃に
日本に招来し、正倉院に入ったとされています、まったく同じ時代
同じ所で作られてイラン国内から出土した作品も多く栄美術でも常時
取り扱っています、この国宝級ともいえる作品は厚めのお碗に円形の
カットを施したものなんですが、必ず底辺が1個、そして2段目も
必ず7個のカットがなされています。これはセム系民族が7という
数字を「全体」もしくは「完全」と言う意味で理解していたのが
伝えられたのだと考えられていて、僕にとってこの「7」は大変
重要な意味があるんです。
そこでそんな大切な7を頭にした70万ヒットを運良くゲットされた
方に今回「特別ラッキー7賞」として通常の賞品にプラスして
な・・・なんと「ペルシア絨毯」をプレゼントしちゃいます。
ペルシア・ガベの手織り絨毯 87x52cm 玄関マットに最適ですよ
作品の写真を後ほど「伊良湖波画像掲示板」に入れておきますので
ぜひ見てください、産地・作品の解説は以下の通りです!頑張ってね!!!
「ガベとはペルシア語で、イラン南西部ザクロス山脈の麓の村人や遊牧民に
よって織られている絨毯の呼び名です。 ガベがいつ頃から織られたのかは
不明ですが、もっとも古い資料には16世紀のものがあります。
これはシャー(王)が 「客人を迎えるにあたってはガベを敷け」
と発布した命令書でした。 近年までまったく見過ごされていたガベは
1970年代からこのガベに惹かれた収集家を中心にスイス・ドイツで
衝撃と称賛で迎えられ、徐々にヨーロッパへ流れていきました。
ガベは織り手の即興によって織られるため同じものがありません。パターンなど
見ないでどんどん織っていきます、ジグザク・縞・ひし形・生命の木・動物等が
入りますが、途中で方針を変え、別の模様へと移るのはしばしばです。
まるで自由に描かれたアートです。」
April 23, 2004
トラックバック
まだ昨日始めたばかりで手探り状態
と・・・ところでアトムくんから
トラックバック、ってなってるんだけど
どうもいまいち使い方とか意味がよく
理解出来てなくて
どういうシステムなのか誰か初心者に
判りやすく教えてよ
ここのヘルプみても理解不能なんで
よろしくーー
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