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June 08, 2020

「伊良湖・レジェンドサーファー“BaliHighの武藤さん”に突撃インタビュー! vol.1」  BaliHigh 武藤さん

伊良湖でサーフィンをしていて、この方の名前を聞いたことがない、という方はまずいないのではないでしょうか?ショートボード時代から現在のロングボードに至るまで、伊良湖をこよなく愛するレジェンドサーファー「BaliHighの武藤さん」に突撃インタビューさせて頂きました☆
私達が知る由もないような、面白ぉ~い昔話も沢山出てきます♪♪3回に分けてお送りいたします。伊良湖を愛する皆様、サーフィンを愛する皆サマ、どうぞお楽しみくださいませ~*^▽^*

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吉川(以下Y): では、お願いいたします。
BaliHigh武藤さん(以下武藤さん): お願いしま~す。
Y: 皆さんにお聞きしていることなんですけど、えー、「きっかけ」なんですよ。波乗りに出会って、「サーフィンやろっかな」と思われたのがお幾つのときで、例えば何かを見たとか・・・みんなきっかけがあるじゃないですか。「女にモテそうだ」とか。
武藤さん: 僕はぁ~、1967年に東京の大学に入って、でね、記憶が定かじゃないから色々調べたんだけど、やっぱり入った年の夏休みはぁ、こっち帰ってきて、一ヶ月間運転免許を取ってたんだね。
Y: はい。
武藤さん:自動車学校通ってぇ。
Y: えぇえぇ。
武藤さん: だから多分、その年はあり得ないんで。始めたのはぁ、1968年になると思うんだけど。
Y: はい。
武藤さん:名古屋の高校から一緒に行った何人かが同じ大学に入ってぇ、で大学の近所の喫茶店でたむろしてたの。まださぁ、東京行っても名古屋の人間は田舎モンだから相手にされないってんで、ついつい名古屋の連中とつるんでたのね。
Y: えぇえぇ。
武藤さん: そしたらそのうち一人でさぁ、名古屋の「名古屋マッチ」ってマッチ屋さんの社長なんだけど、今は。その子がぁ、TEDのロングボードをどこかからか買って来ちゃったんだわぁ。車もないんだよ、何にもないんだけど。
Y: へぇ~。
武藤さん: で、ロングだから当然それを。。。
Y: え、それは名古屋でですか?それとも東京で?
武藤さん: 東京トウキョウ。東京の高田馬場の喫茶店にさぁ、こーやってぇ。
Y: えぇえぇ。
武藤さん: 当然その頃、僕ら6畳一間の下宿だからさ、置いとけないってんで。
Y: 神田川の世界だ(笑)。
武藤さん: そぉそぉ、風呂もトイレもないっていう。
Y: へぇぇ~。
武藤さん: で、その子もそういう部屋だったもんで、そのボードはその喫茶店に置かせておいてもらってぇ、で、車もないもんで、またそれも名古屋のヤツなんだよぉ。今、名古屋の藤が丘でケーキ屋やってる子なんだけど、その子がその当時東京の会社に就職してぇ、「ACE」っていうアパレルの会社に入って営業だったもんで、ハイエースの小さいのって何て言ったっけねぇ?
Y: ライトエース!
武藤さん: ライトエース!
Y: 俺分かるもんなぁ、その当時のライトエースって(笑)。
武藤さん: その頃のライトエースはACEってこう書いてあってさ、営業車で。そのライトエース、会社のをパクッて来てぇ、で皆で一回海行こう!って言って。もちろんウェットも無しだよね。それがきっかけで、そのボード買った子と、僕と、その今はケーキ屋さんのそいつと三人で、68年の、多分夏~前だと思う。寒かったし、ウェット着とったもんで、周りの人は。
Y: はい。
武藤さん: で、七里行ったのがホントに初めて。で、その友達が何でロングボードを買ったのかは未だに分からん。本人も分からんって言っとるし。
Y: じゃ、初デビューは七里ガ浜だったんですねぇ。
武藤さん: 七里ガ浜。で、リーシュも知らない、ワックスも知らない。
Y: 多分~、兵頭正和さんに聞いた時代の話だけど、あそこがまだ一車線でぇ、今みたいにあんな広くない頃ですよね?
武藤さん: そいでねぇ、僕達の大学の体育会の「馬術部」っていうのがあってぇ、そこの馬場が七里の上にあったのよ、ドロップアウトの上に馬場があって。よく昔七里を見ながら走ってたんだけど。
Y: へぇぇ~。
武藤さん: で、その馬術部の子の友達だったもんで、知ってたみたいだね。七里、あそこでサーフィンできるっていうのを。
Y: ほぉ~。
武藤さん: それで行って、駐車場に停めてぇ、三人でよっさよっさ行ったんだろうねぇ。で、入ってぇ、どぉだろう。一時間もせん内にぃ、スケッグがリーフに当たって折れちゃってぇ、それっきり。もぉそのボードは。修理するところも分からんしぃ、どーしていいかも分かんないから。
Y: へぇぇ~。
武藤さん: んで、その時行った三人の中で、買った子はすぐもぅそれでギブアップしたかな。で、その今ケーキ屋の子はぁ、もとからただ運転手で来たもんで興味がなくてぇ、僕だけが、残っちゃったんだよねぇ~。。。何でか分かんないけど。
Y: へぇぇぇ~。
武藤さん: で、その年だと思う。その年にもぉサーフボード買いに行ったもんね。新宿の「マルイ」へ行って、当時月賦はマルイしかなくってぇ、
Y: えぇえぇ。そうですね。
武藤さん: 赤い7フィートの、当時ちょっと短くなってきたときの走りだったから、5万円で買ったのが最初で、ウェットも、ダイビングショップへ行って、ビーバーテールの分厚いヤツを一枚買って、で、もぅ次の年から夏は御宿にずっといたもんねぇ。
Y: 5万円っていうと、当時大学卒業の初任給が3万円ですよねぇ?
武藤さん: 3万円。
M: えぇえぇ~っ!高ぁぁ~い!!
Y: 今で言うとぉ。。。35万円くらいしますよね。
武藤さん: それでさぁ、5万円を10回払いで一回5千円だけどぉ、当時その5千円が払えんかったもん。
M: アハハ~。
Y: フッフフフフ。
武藤さん: で、その次の年だよね、69年かなぁ。御宿でバイトしながらぁ、夜バイトして昼間ずっと海に入ってた。御宿から鴨川までウロウロしてさぁ、全然サーフィンなんか立てないんだよ。
Y: ふむふむ。
武藤さん: ボード持ってウェット着てたけど、まだヘタッピだしぃ。
Y: ふぅぅ~ん、スゴイなぁ~。
M: なんだか「青春」を感じますね♪

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武藤さん: 夜はネェ~、「じゅうたんバー」で働いてたの。
M: 「じゅうたんバー」ってなんですか??
武藤さん: それも御宿の漁港の横にぃ、知らないんだね、そんな名前の(笑)
M: 知らないですねぇ~。
Y: 先輩だからね(笑)。
武藤さん: 御宿の漁港の横に、あのぉ、昔の伊勢海老の養殖所があってね。
Y: へぇぇ~。
武藤さん: そこはねぇ、一つは港の横で、水も来てるし、その奥に洞窟があってね、何十メーターか。その奥にまたイケスがあったの。
Y: へぇ~。
武藤さん: で、そこの洞窟に、電気引いて、じゅうたん全部ひいてぇ、で靴抜いで上がるバーを作ったんだよ。
M: へぇ~!スゴーイ!!
武藤さん: 格好良かったよー!今あるとスゴイと思うけど、で一番奥にライト当てて。
M: えー、カッコイィですよね~、それ。
Y: へぇぇ~、すごいなぁそれ。
武藤さん: 当時流行ってたんだ、その「じゅうたんバー」って(笑)。
M: でも、当時からハイカラなものがお好きだったんですネ♪
武藤さん: はーい(笑)。
Y: 知らんなぁ~、俺も初めて聞いたな、「じゅうたんバー」っていうのはぁ。
武藤さん: ホントぉ?じゅうたんバーにブラックライトが流行りの時代で。
Y: それが70年代ってことですかね。
武藤さん: そぉだねぇ、40年前だね。それが69年でしょ。で、千葉は一年で止めて、次の年からは普通に東京にいたんだけど、当時僕メインがスキーだったからぁ、秋のぉ11月~3月はもぉずっと山の中で帰ってこないしぃ。当時はやっぱり夏だけかなぁ、海に行たとしても。
Y: 山はスキーだったんですか?

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武藤さん: ほとんどスキーだったねぇ。ほいで、土地感があるのはやっぱ七里とぉ、千葉だけだったかな。両方行ったり来たりして海は行ってた。その年はぁもぉ車あった。そぉいや買った。
Y: はい。
武藤さん:一番最初に「ホンダのS600」でしょ。
Y: はい。
武藤さん:あ、その前に英国車買ったんだ。
Y: ウヒヒヒ。
M: さすが!おぼっちゃま!!
武藤さん: 「ボクソール」ってね、今でもあるけど。まぁ本っとマイナーな車買ってぇ、それもね、10万円。
Y: 10万円かぁ。
武藤さん: その上にボード積んでぇ、後ろにねぇ、「D&S」のステッカー貼ってぇ。で、それは半年くらいで車壊れてぇ。で、その次に「ホンダのS600」を買ったの。
Y: ふぅぅ~ん。
武藤さん: でその時にぃ、マリブを買い換えたんだよ。
M: へぇぇ~。
武藤さん: 今度はね、「ヨネザワプラスティック」と何かのツテが出来てぇ、マリブの板が安く買えるからってんで、マリブのツインフィンを買ったんだよぉ。
Y: へぇ~。
武藤さん: その時ねー、「ミッキー川井モデル」も出ててねぇ、シングルとツインと両方使える、今でいうトライみたいなのがあってぇ。
Y: えぇ。
武藤さん: サイドフィンのツインで使うか、シングルで使うか。フィンを三つ使うって発想が全くない時代でぇ。
Y: あー、もぉ川井さんはすでにそれをやってみえたんだぁ。
武藤さん: そぉ、それにするかぁ~、ホントのツインフィンか、どっちにするか迷ったんだけど、小さいほうが魅力があったんで、ワンサイズ小さいツインにして、それをS600のぉサイドのドアにくくりつけて走ってった、湘南に。
Y: へぇぇ~。その時代で板どのくらいですか?2メーター20くらいですか?
武藤さん: いやいや、100~7、80だった。
Y: もぉそんな短かったんだぁ。
武藤さん: 車の横にだよ、だって二人乗りじゃん、で、女が横におるもんでぇ、置くとこないでしょ。
Y: えぇえぇ。
武藤さん: で、ドアにぃ、ゴムでこやって縛りつけておくの。こぉしてぇ、横にねぇ。
Y: エッヘヘヘー!
M: じゃぁ、こうもぉ無理やりにぃ?
武藤さん: 7~80だから、警察にも何にも言われなかったしね。
Y: いや、昔は言われんかった。今だとすぐ言われるけど。
武藤さん: そぉだねぇ、そんなマリブを使ってたねぇ~。
M: すごーい!
Y: 面白いなぁ~。
M: じゃぁその当時はもぉ、女の子を連れて海へ。。。湘南ボーイですねぇ~♪
武藤さん: そぉ。
M: それはもぅ、学生時代?
武藤さん: 大学生の頃ね。で、僕は頭が良かったから大学6年間もおったんだわ。
Y: ガッハハハハ!
武藤さん: 最後は確か一単位だけ残してぇ、もぅ「やっとれん!」っていう事で後輩に全部出席させて、僕は仕事へ行ったんだね。
M: へぇぇ~。
武藤さん: で仕事行って、派遣された先が和歌山だったの。
M: 和歌山?
武藤さん: そ、和歌山。ホントにねぇ、単なる偶然なんだけどぉ。
Y: だから和歌山の方の知り合いが多いんだぁ!
武藤さん: そぉ!笑えるでしょぉ~。僕がまだ大学在籍してて、6年生のときに仕事しなきゃいけないって会社に入って、そこが今の仕事の会社なんだけどぉ。美術品の。
M: へぇぇ~!
武藤さん: そこはぁ「南海電車」のぉ、岬公園ってとこでペルシャのイベントをやってたの。
Y: ほぉぉ~。
武藤さん: で、そこへ僕ペーペーで、一番下だったから行かされてぇ。その当時僕もぉ「ホンダのN360」に乗ってたの。
Y: ウハァ~!渋いシブイ!!
武藤さん: 「TSモデル」ってよく走った車なんだけど。で、それにサーフボード積んでぇ、まぁサーフィンできるとは思ってなかったけどぉ、和歌山で。
M: へぇぇぇ~。
武藤さん: で、ちょうどねぇ、岸和田って分かるかなぁ?ダンジリの。
Y: えぇx、分かります。
武藤さん: あのすぐ傍なんだわ、僕らが仕事してたのは。
Y: はい。あの気性の激しいところの。
武藤さん: そぉそぉ、そっから和歌山まで一山越えてぇ、とりあえず何にも分かんないからぁ、和歌山行ってサーフショップ探したの、一生懸命。
Y: えぇ。
武藤さん: そしたら「ゴッデス」が、和歌山ゴッデスがあってー。
Y: ゴッデス、はい。
武藤さん: で、僕そこへ入っちゃったのよ。
Y: で、そこでタダシさんと?
武藤さん: その頃タダシさんとは縁がなくって、和歌山ゴッデスのオーナー、すごぉいいい子でさぁ、その後すぐガンで死んじゃったんだけど。そのときそこでずっと居候してたのが「ヘンリー」だもん。
Y: ヘンリー祝さん?
武藤さん: そ。
Y: へぇぇ~。
武藤さん: 「デリカ」かなんかの車乗っててぇ~。で、その時和歌山のゴッデスで一番若くて18でパシリやってたのが「シュンペイちゃん」なんだわぁ~。
Y: へぇぇ。

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武藤さん: で仲良くなってぇ、みんなと。で、和歌山の磯ノ浦に連れてってもらったり、言えないようなシークレットにいっぱい連れてってもらったり・・・。僕まだ下手だったんだけど、みんな大事にしてくれて。で、夜も遊びに連れてってくれて、それ丸々六ヶ月間僕いたからねぇ、すんごい楽しい時を過ごさせていただいて。
Y: なぁるほど、それが5年生・6年生の頃。
武藤さん: 6年生だねぇ(笑)。僕だって6年目の10月に卒業証書もらってるから。
Y: え、じゃぁ武藤さん、こっちに戻って来て、実際伊良湖はその後ですか?
武藤さん: そぉだねぇ。で、僕えっとそっちで、和歌山で初めてゴッデスの板買ったんだ。それまで乗ってたマリブを下取りに出して、初めてゴッデスの板に乗ったのが、ゴッデスの始まりだよね。まだ全然、タダシさんともショウゴさんとも全然繋がりはないし、TSモデルも何にも分かんなくてぇ・・・。
Y: えぇ。
武藤さん: で、その年の秋に東京へ戻って来て、で、その次の年かなぁ・・・昭和54年に名古屋店が出来るっていうことで、僕名古屋店の責任者で仕事だからっていうんで、今度は僕名古屋へ帰って来たの。
Y: そぉか~、俺らはまだその頃出会ってないなぁ。
武藤さん: そぉ、昭和54年。ちょっと微妙な問題なんだけど、その時ウチの店で働いてた女の子がまぁ、僕の、だったわけ。それが「シゲキ君」の連れだったんだ。
Y: えぇえぇえぇ~!!??
武藤さん: 笑えるでしょぉ~?で、その彼女がゴッデスで板買っとったんだわ、名古屋のゴッデスで。ほんで行くならそこ行きましょって話しになってぇ、で、ヨシオ君とこ行き始めたの。
Y: へぇぇぇ~・・・。
武藤さん: 笑えるよねぇ~。世の中怖くてさぁ(苦笑)。だけどその頃は僕まだシゲキ君とは接点ない。
Y: 出会ってない?
武藤さん: ゴメンゴメン、話が前後して申し訳ないけど。カルロスと知り合ったの、俺高校生の時なの。
Y: はぁぁ~。
武藤さん: 高校生の時にぃ、納屋橋かどっかの変なディスコ崩れみたいな店行ったときに知り合ってぇ、大学時代はずっと付き合っっとたもん。
Y: あー、そぉなんですかぁ。
武藤さん: うん、カルロスが横須賀行きたいとか横浜行きたいとか、そこ行ってダンス覚えたいって時は必ず僕のとこに来て一緒に行ってたの。
Y: へぇぇぇぇ~。
武藤さん: で、お互い偶然だけど、全然違うところでサーフィン始めて、で僕が夏休みに名古屋へ帰って来ると伊良湖で待ち合わせしてたりしてたんだよ。
Y: そぉなんですかぁ~。
武藤さん: それは年に一回あるかないかの話だけど。
M: もぉ、旧友も旧友ですよねぇ?

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武藤さん: 腐れ縁だから切れない(笑)。
M: え、でも高校生の時代からって。。どぉんな長いんですかぁ~?
武藤さん: ねぇ~、信じられんよねぇ、もぉ40年以上付き合ってるって。
Y: そぉですねぇ~。
M: 今なお、お二人とも元気でやられてるっていうのがスゴイですよねぇ~。普通こぅ、どっちかがこぉなっても良さそうなのに(笑)。
Y: そっから伊良湖時代が始まるんだ。
武藤さん: そぉ、んで、僕ゴッデスで2~3本作って2~3年間いて。
M: お店に?
武藤さん: ただその頃ぉ、僕、店が月曜休みだったかな。だから行けるのが日曜の午前中と、月曜日だけだったの。だからサラリーマンサーファーだった。
Y: 一世風靡したからなx・・・。
武藤さん: その頃僕働いてたお店が新栄の錦通りのところにあったから。
Y: 分かります、僕行ったことあります。
武藤さん: 分かるでしょ、新栄の錦通りの。あれの真向かいだったの、ウチのお店が。
Y: ロジックがあった。
武藤さん: ロジックにカルロスがいたの。
Y: あー、そぉかぁ~。
武藤さん: 僕も行ったよ、カルロスいたから。
Y: あの~、あそこは、ウインザハウスとかは?
武藤さん: あー、僕知らない。
Y: 僕最初に行ったディスコがそこなんですよ、キャバレー「エンパイア」があった跡地の。

武藤さん: 全然知らない、そこは。
Y: で、そこに行ってるうちにぃ、知り合ったヤツがもぅちょっとこぅ~って言って、フラフラっと行ったりして。でもその時ユゥさんとは会ってたかもしんないけどぉ、覚えてないですね。
武藤さん: ユゥちゃんはBPにいて、その次はロジックだからぁ、多分行ってたら会ってたよね。
Y: そぉですね~(笑)。
Y: それで、皆で伊良湖へ行くようになってくんですね。
武藤さん: そぉだね、でも、分からん、その辺覚えてないなぁ・・・。
Y: あれはどぉなんですか?ナガイ君が前身のカントリーライン、あるじゃないですか?岐阜の真砂んとこの。あの全体写真に武藤さん載ってるの僕知ってるんですけど。ナガイ君と、セイジ君とぉ、あと二人くらい載っててぇ、なんか、広告になってますよ。
武藤さん: ホントぉ?タミオ君が止めた後だよね?
Y: かなぁ?
武藤さん: ウチのお店、錦通りの新栄にあってぇ、「パウロア」って分かるかなぁ?中野クンがやってるお店。
Y: 分かります。
武藤さん: あそこのお店に行く途中に、サーフショップがあったんだよ。「アウトサイド」って。
Y: あー、「アウトサイド」ってぇ。
武藤さん: 変わったオジサンがやっててぇ。そこが、そこのオヤジと何で知り合ったか分かんないけど、多分その人居酒屋もやっててぇ、ウチの酒を置きたいかなんかって話があって知り合って、で、そのサーフショップにナガイ君もおったしぃ、小山君もおったしぃ、タミオもおったの。
Y: あーっ!!そぉっかぁ~!!そぉなんだぁ~。

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武藤さん: そぉ、その三人がおったもん。
Y: へぇ~、そぉかぁ、何となく分かる。
武藤さん: でぇ、そこの出店が星が丘にあったの。
Y: それ知らない。
武藤さん: 星が丘の三越の前の駐車場の中に小っちゃなプレハブがあってぇ、そこにタミオ君が店番しとったんだ、ボルトを売って。
Y: へぇー!それは僕知らないです。
武藤さん: そぉ。で、その次の年くらいにぃ、タミオが独立して千種にお店出して、僕はそこへ行くようになったの。
Y: 「ティキ」かなんか?
武藤さん: 「KIKI」
Y: そぉですよねぇ、あ、「KIKI」。あの千種の河合塾の近く。
武藤さん: で、もぉその頃からKIKIは月曜休みで、またその店の隣のマンションにカルロスが住んどってぇ。
M: ウハハっ、まぁた。
Y: フフフフ。
武藤さん: カルロスも月曜休み。みんな月曜休みにしようってことで、全員でKIKI・タミオのハイエースで海行くようになったの。それが何年か続いたの、ボルトの板のって。
M: そのボルトの時はやっぱりもう短いんですか?ちょっと厚い?
武藤さん: カマボコ型のね。
Y: 加藤さんとこにあったやつ。
M: へぇぇぇ~。
武藤さん: それが20代後半の頃ですねぇ~。
M: 武藤さんが20代後半ってことは、まだ吉川さんは10代だから登場してないですよね?
Y: だって僕が武藤さんと初めて知り合ったのは、武藤さんがスポンサーをやった「BaliHighカップ」のときだもん。
武藤さん: あぁ~。
Y: 言葉交わしたのは。こちらは覚えてるけど、武藤さんの記憶には絶対無いと思う。
武藤さん: 大分後だもんねぇ、もぉ。
Y: 大分後。80~5年ですよね?
武藤さん: 85年。

。。。。続きは次回~。。。お楽しみにっ!!

2008.8.29 BELLS吉川さんから受けたインタビュー記事をIRAKO CLASSICに残します。

 

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