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June 01, 2020

SURFING LIFE by Ted Adegawa

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テッド阿出川は1969年にはすでにボレックス16mmを手にハワイへ渡り、マカハサイドを中心にかなり意欲的に映画制作に取り組んでいた。それは彼が在籍していた日本大学芸術学部の気風を良い意味で反映させていたものと思われる。もっともこの時彼は製作を断念し、その後カリフォルニアに行った折にすべての機材を売り払っている。それから10年近い月日がたった今、テッドも30才の大台を大きく割り込んでしまったが、いまだに青雲の志経ち難く、意欲的な製作活動に打ち込んでいる。その間、むろん平坦な道のりを歩んできたわけではなく、紆余曲折の末、青春の蹉跌をいやというほど味わっている。その後、東京から現在のテッドサーフショップがある千葉県の夷隅郡に移って彼のサーフィンライフは前にもまして充実して行ったと思われる。千葉県のサーフィンメッカのひとつ太東、日本有数の河口ポイント夷隅川へいずれも5分以内という立地条件に彼は大いに満足しきっており、ぼくと会うたびに「石井くん、千葉は最高だよ。湘南とちがってのんびりしているし、商売でもうけてやろうなんていう野心も起きないから楽でいいよ。」と語っていた。しかしそういった環境のなかで、彼は必死になにか別のものを手探りしていた。というより創作意欲にかきたてられていた。テッドはサーフボードの世界でかって成功した男であり、男の夢も少なからず実現してきた。現在、サーフボードメーカーのオーナーやプロ選手になった者のなかでテッドのお世話になった人間は数多くいる。蛸操、飯高輝樹ら現在の彼のスタッフもなかなか有望でいい板作りにはげんでいる。しかし、彼にとって再度この世界で栄光の座につくことは、それほど意味のあることではない。男というものは一度自分の夢を実現したら最後、そのものにいつまでも固執する気持ちはなくなるものである。また新たに夢を見つけ、それを追い続けるのである。テッドの映画制作の動機はここに存在するのである。無論映画制作が少年時代からの夢ではあった。しかし、テッドは言う「今のサーフショップはむかしとちがって雑貨屋と同じだ。商売人にはかなわないし、物を輸入するにしても専門商社のエキスパート達と競ってもおもしろくない。」つまり、彼は以前ほどサーフショップというものの経営に興味を感じなくなっていた。彼の有名なことばに、「板の1本や2本置いたからといってサーフショップとは言わせない。」というのがある、事実、この1~2年、都心部を中心にそういったサーフショップとも雑貨屋ともつかない店が急激に増加した。そして、彼が言うサーフショップのスタイルというものが、振興のサーフショップを中心に崩れていく過程にあることは、彼同様に私も思うことである。古き良き時代へのノスタルジアではないが、サーファーのライフスタイル自体にそんな大きな変化のあろうハズがない。変化しているのはその周囲だけではないか。「商売人だったらぼくより優れた人間はこの世界にもたくさんいると思う。だけど、創作にかけては、ぼくだってまだ負けない。」という言葉は、彼が新境地開拓に新たな野心を燃やしていることの証拠である。テッドは昨年の2月、ハリウッドで新たにボリューの16mmを購入し、同時にアンジェニューの10倍、センチュリーの10mm、アンジェニューの5.9などを購入し意気揚々と帰ってきた。さらに日本でニッコールの200から600mmまでのズームを買い求め撮影の準備は整った。フィルムはコダックを用い、20,000フィートを消費し、編集中不用のフィルムはダンボールで3箱を廃棄したという。彼は撮影中フィルムの消費にあわて、「このままでは身を亡ぼす。」と語った。 さて、私は彼が彼のチームをケイティンチームチャレンジに参加させるためにカリフォルニアに出発する当日、1月21日に六本木のスタジオで編集を終えた「サーフィン・ライフ」を見た。フィルムは編集用に白黒にデュープしたもので、音はまだ入っていなかった。テッドはしきりにナレーションを日本語でやるか英語にするか迷っていた。(どちらになるか楽しみだ)音楽は4曲ほどオリジナルを入れ、あとはワーナー・パイオニアの持っているレーベルからピックアップする予定だ。タイトルの「サーフィン・ライフ」はテッドの考えらしいが、なかなか良い。余談になるが、実は私が「サーフィン・ワールド」を始める際、雑誌名をつけるのに苦慮し、最後に2つ残ったのが「サーフィン・ワールド」と「サーフィン・ライフ」であった。「サーフィン・ライフ」の発想は、小社刊のヨット雑誌「オーシャン・ライフ」になぞったものだが、現在の「サーフィン・ワールド」の編集方針を考慮し「サーフィン・ライフ」を取り下げたのだった。この雑誌が「サーフィン・ライフ」という名を取っていたら、編集内容と対比してずいぶん奇妙なものになっていただろう。「名は体をあらわす。」という。だれかが映画「フリーライド」を「ただ乗り」と訳していたが、製作者のビル・デラニイが聞いたらさぞ憤慨することだろう。これにはもっと深い意味があって、それは4月に完成する予定の「ニュー・フリー・ライド」のインフォメーションで話すことにする。テッドの「サーフィン・ライフ」はもっと素直に受け取って良いだろう。この映画には、何人かのサーファーの生活がクローズアップしてフィーチャーされている。その中の筆頭としては、昨年ケイティン・チームチャレンジでパット・オニールが率い、ショーン・トムソン、リノ・アベリラを擁した優勝候補オニールチームを2位に蹴落としたマイク・パーパスチーム。すなわち、マイク・パーパス、クリス・バレラ、マイク・ベネデビス等である。彼らはひとつ屋根の下に寄宿し、サーフィンが生活の中心になっており、それを軸にすばてが設計されている連中である。また、クリス・オルークはカリフォルニアの若手でもっとも将来を嘱望されているサーファーだが、彼はだれからも好かれる性格と純粋にサーフィンを追求める一途な態度がよく表現されている。ハワイのリン・ボイヤーは、今や世界のトッププロとして女子ではマーゴ・オバーグと常に1・2位を競っている選手だが、彼女のハレイワサーフでの生活を垣間見る時、そこには男まさりにサンセットを滑る彼女の女らしい一面がはっきりと描かれている。朝、7時前にサンセットをチェックしに行く彼女の勤勉な態度は日本のプロ(男子)がよく見習わなくてはならない点で、それ以上努力しないことには日本選手は女子にさえ勝てない。日本人のライフスタイルでとくに大きく取上げられているのは、千葉の中村兄弟だ。2人は練習時間があまり持てないことと千葉県外のコンテストに出場しないため、あまり目立たない存在となっているが、2人とも日本ではたぐいまれな名サーファーである。兄は松ちゃん、弟はピーター・パンの愛称で誰からも好かれている。彼らの家は大原の漁師であり、朝4時には漁に出て昼頃帰ってくる。冬は鉛を流したような日本海へ漁に行くという。彼らにしても、もっとサーフィンしたい、コンテストに出て活躍もしたいという気持ちでいっぱいである。しかし、現実に自分の生活体系を考えて見る時、そこから逃避してサーフィンの世界に没頭してしまうには、彼らはあまりにも勤勉である。そういう彼らの葛藤を含め、2人のサーフィンライフを描いたテッドの視点は、今までのサーフィン映画にない優れたものである。これを見たある者が、NHKの「明日の漁村」だと評した者がいるらしいが、冗談としてはおもしろいが、真剣に私達の人生を考える時、この2人の生き方は私達の心に強く響くものがあり、軽薄なサーフィン馬鹿に対して多くを暗示している。 映画はカリフォルニアのハモサビーチの雑踏から始まる。B・G・Mはイーグルスの「いつわりの瞳」を使うというが、曲の内容から言ってクローズアップされた女の子のヒップはダイレクトにセックスを連想させる。レイジーなイーグルスの調べは、かってのカリフォルニアを、今の虚像と頽廃にすりかえてしまった。テッドの眼を通したカリフォルニアの映像もどことなく頽廃的なのは、テッドも昔のように若くないということか?タイトルが終わって、ベッドのサーファーが夢で回想している場面が挿入される。マイク・パーパスのベルジーランドはダン・マーケルが水中からとらえているが、波はスモールで良くない。続いてパイプライン、オフ・ザ・ウォール、ワイメアと回想して5時に目ざましが鳴る。12才のスティーブ(ボーイズのチャンピオン)は起きてモーニングコーヒーをパーパス、クリスらのために用意する。彼らのなごやかな中にも規律正しい寄宿生活が表現されている。続いて場面は、ハワイのマイケル・ホーが優勝したトゥレソーのサザーランドプロコンテストを追う。スモールな波だ。カリフォルニアにシーンではこのほかに、イルカが水面を闊歩するエンシニータス、1キロダンパーのハンティングトン、クリス・オクールがフィーチャーされるウインダンシー。スケートボードはサンベルナンディノの「チューブトンネル」というスケートボードパークが紹介されているが、この素晴らしい施設が保険料込みで2ドルで使用できるのだから、日本の現状とは比較にならないことがわかる。インターミッションの後、日本の波はマイク・パーパスの銚子君ヶ浜、中村兄弟のマリブ、部原、抱井、増田が目立ったライディングを見せる夷隅河口のスモールウェイブ、全日本選手権の小田原酒匂川といったところだ。波が良くないのでそれほど興味をひかれないが、増田のP・Tを思わせるカットダウンと抱井の360度的ローラーコースターにはびっくりする。最後はショーンを中心としたオフ・ザ・ウォールでフィルムは幕を閉じる。 この映画「サーフィン・ライフ」はサーフィンを波でとらえ、その圧倒的なパワーとエネルギーに魅せられて劇場にやってくる観客は失望を覚えるだろう。しかし、スクリーンに現れるパイプライン、ワイメアのパニックウェイブを見てただはやしたてる観客はちっぽけな自己の体験からは想像もできない絵を見て興奮しているのであって、銀幕上の美女に思いをよせるのと同じようなものだ。一方、この「サーフィン・ライフ」は、あなたのまわりにゴロゴロしている、なんら特別でない人間のライフスタイルとしてサーフィンをとらえている。それはすなわち、テッド阿出川という一人の平凡なサーファーのライフスタイルの投影である。あまり身近に波やサーファーを見るあまり、この映画を陳腐なものと判断するサーファーは、自己を率直に省察していない。つまり、この映画は自分を主体として見るべきであり、夢を買いに劇場に赴くサーファーには反感を買うことになる。テッドは言う「ぼくは”フリー・ライド”とかああいったものを目標にこの映画を作ったのではない。彼らには最初からかなうわけがない。しかし、日本人が作ったものとして、今後も撮り続けることによってこの映画を素晴らしいものにしてゆく自信はある。」彼がこのフィルムに注込んだ闘志と投資は、彼の全精力をもってしたものであり、上映は3月上旬に開始されるだろう。  Hideaki Ishii SURFING WORLD 1978 SPRING

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