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May 31, 2020

一体この先にどんな波が・・・

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最悪

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今朝は雨だし、東風だし、波無いし・・・・やることないからポケモンで遊んでからの朝から雑炊で一杯❗️結局昨日今日とNo Surfだわ。

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May 30, 2020

温灸

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自粛中はまったく海には来なかったから、先週から久々の海暮らし、今夜は久々の温灸って事で、師匠と兼ちゃんのダブル‼️めっちゃ気持ち良くて最高だったよ、ちょっと密かな⁉️まあ息を殺してたから良いんでないの。

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➕BCM

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2020年度版のビーチコーミングではトップに田原市の安全波乗隊が取り上げられております、2007年から始まったこの活動も14年目になってしまいましたが、この間に田原市内のサーフポイントは激変を遂げました、以前を知る私なんかからしたら信じられないような素晴らしい環境に変わり驚いています。ささやかな活動でもこれだけ続けば多少貢献出来たんではないかと自負しています。最近はちょっと辛い時もありますが何とか体の続く限りやっていきますので、どうか今後もご協力よろしくお願いします。

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On Top of the World - Johanna & Aiyana

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ひだまり接骨院

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今朝の波は僕には無理なんで、パスして肩のメンテナンスお願いします🤲

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伊良湖風景

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夜明けの海は気持ち良いねぇ、No Surfなんでお散歩とドライブね。産卵上手くいくといいねっ❗️

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May 29, 2020

県外のサーファーの皆さんへ

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伊良湖は新しいガイドラインの元に6月18日(木)までは県内のみのサーファー対象として県外は来訪を控えてもらう判断となりました。なので引き続き今の状況でのお願いとなり、この後に問題がなければ619からのすべて解放という形になります。

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八丈島

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何年頃から通ったのかは忘れたけど80年代前半までは小牧から八丈島までYS11が直行で飛んでました、当時乗客のほとんどは釣り人でサーファーはまずいませんでした。始めて行った時はたしかカルロスと二人で何も判らず町に泊まってポイント探し、何とか末吉までたどり着いてカイザー・サントス・タコスに入った記憶があります。その後はこの末吉にある民宿「友喜荘」にお世話になるようになり、じいちゃん・ばあちゃんやお嬢さんにまで大変お世話になりました、本当に良い思い出です、その後小牧からの便がなくなってしまい行けなくなりましたが、その頃の冬場は毎年通ったものです。この写真は1984年、カイザーからタコスを望んでいるところかな?たしかSCの石井さんとも一緒に入った覚えがあります。このウエットは恐らく3mmでしょうか?水温がやたらと高かったんですよ。

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J.S.O 高橋太郎

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1975年に発行されたJ.S.Oパンフレットに掲載された3名の方々のご挨拶を掲載させて頂きます。当時の状況やサーフィンの歴史まで今となっては貴重な資料ですので出来る限り原文に忠実にさせて頂きました。まずは現在NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ最高顧問の高橋太郎氏。
「日本にサーフィンが入ってきてもう16年以上になり、日本サーフィン連盟が10回目の大会を盛大に行い、今迄連盟(NSA)を盛り立てて来たサーフィンのパイオニア達がプロの連盟であるJ.S.Oを結成してNSA共々協力し合って、いよいよ日本にも本格的サーフィンの国として世界の“波の仲間”と対等にやって行ける時代を迎えつつあります。事は大変喜ばしい事です。今迄アマチュアの一級選手としてライディングしてきて今回プロに転向したトップサーファー達には、又新たにプロとしての心技両面に渡るあらゆる厳しい難問に遭遇するでしょうが日本のサーフィンを代表する者としての自格をもってほしいと願っております。私が始めてサーフボードを作ったのはもう16年位前になります。当時日本にはサーフィンのサの字もなく、日本ではサーフィンをする事は不可能だと言う観念が一般的でした。海が大好きな仲間と日本でもサーフィンが出来るのではないか?と思い始めすぐ作る事にしてはみたもののどんな形をしているのかさえ分かりません。ハワイ観光旅行のパンフレット、雑誌の切扱、などサーフィンが出ている物だったら何でも集めました。子供の絵本までも!やっと形の概略が分り、さあ作ろうと思ったが材料が分りません。ベニヤ板と丸太と細い棒等で2週間もかかってやっと長さ3m巾58cmの中空のボードが出来上がりました上にペンキを塗り水が入るからとサラシ布をまいてペンキで固める等いろいろ作りました。スケッグの取付方、反りの出し方、防水の仕方等今ではあたりまえの事が一つ一つ重大な難題でした。土曜日の晩にはまだ乾かないペンキにドライヤーをかけながら明日の波乗りの事を考え仲間と夜通し話し合いました。初めて米国製のボードを見たのは葉山の一色海岸です。まずその美しい曲線光沢に驚いたものです。何で出来ているのか?どうしてこんなに軽いのか?寝れぬ夜が続きました。ボードがファイバグラスとウレタンフォームで出来ている事を知ったのは葉山の外人がグレックという名前でGIの息子でありアメリカではサーフィンが大流行しているスポーツだと言う事が分ったあとでした。当時日本にはそんな材料は殆んどなく毎日毎日東京中の会社を捜し歩きました。町で走っているトラックにそれらしい物がつんであるのを見つけて追かけつかまえてたずねたら、硬質ウレタンでガッカリした事もあります。海岸で同じ自作ボードの仲間と会った時など材料は何をつかったか?どんな構造か等話し合って情報を交換しました。バルリ材のレンガ積、スチロールの尿素樹脂固め、ベニヤとスチロールのサンドイッチ等、又皆自分の新作ボードを自慢し愛していました。3m18kgのボードを大切に大切に砂の上にもソーッとおいたし、海から上がって家に帰ると真水で洗ってワックスをかけ部屋に飾て眺めていたものです。海岸で車ですれちがう時も必ずあいさつのサインをしました。当然の事ながら今ではサーフボードが欲しければ、デパートにでも売っているし、立派な先輩達が親切にサーフィンのNOWHOWを教えてくれる。外国の雑誌も沢山ある。大変めぐまれた中でサーフィンしています、でもこれからの日本の代表となって行く若い人達に是非お願いしたい事があります。サーフィンは精神のスポーツです。今迄そして今、日本を代表するサーファー。川井。井坂、小川、鈴木、出川、長沼、小室等々のトップサーファー達は皆、少くとも、どうしてボードを手に入れるか?どうやって乗るものか?等日本の草分け時代の感覚をやしなって来た人達です。自作のボードからロングボードそしてショートボードへとサーフィンはテクニック、システム、等色々な面で進歩して来ています。そして素晴らしい大会も続々と開かれます。しかし何か欠けているような気がするのです。サーフィンに対する情熱ボードに対する愛情、海に対する、仲間に対する何かが!私は若いこれからのサーファーにその何かをよく考えて欲しいと思います。私達は日本のサーフボードとNSA・JSOというプロアマ両方の組織の土台を創りました君達は何を創るのかを! J.S.O公認ジャッジ J.S.O公認指導員 ダックスサーフボード 高橋太郎

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J.S.O 鈴木正

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同じく1975年J.S.Oのパンフレット一面に掲載されていた現在NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ理事長鈴木正氏。
「J.S.O(JAPAN SURFING ORGANIZATION)主催の日本に於ける新しいプロ部門の誕生により第1回JAPAN PRO SURFING CONTESTは、8月9日に千葉県太東岬スイークポイントで行われました。この大会の参加者は、J.S.Oのプロ認定者と、プロコンテスト出場権獲得者に限られ、予選から大変厳しいヒート分けと成った。各ヒート分けは、選手各々のクジで決定され公平さをプラスした。波は1.5m~2.0mで、オフショア、プロコンテストには少し物足りない感じ、しかし賞金がかかった上、プロとしての自覚から、非常に好プレーが続出し白熱したプレーが展開された。
J.S.Oの誕生、私は過去10年間全日本サーフィン連盟に所属していました。しかし、今J.S.Oの一員として、プロコンテストをスタートさせ、今迄のうっせきしていた何かが思いきりよく流れ出ていくのを、私はじめ選手それぞれの目の中に見た様な気がする。その全日本サーフィン連盟に一言云わせて頂くなら、何年か前に私をはじめ他でも賞金レースをやろうとしました。そして、サーフィン連盟から圧力がかかり取り止めさせられました。今そのアマチュアであるべき連盟が、全日本で遊びで来日中の外人サーファーを参加させ、しかも賞金さえ出すと云うのはいったい何故だろうこれ一つ取り上げても主体性のなさが浮彫になっている。10年目にして土台から崩れていくのをもはや誰も止める事は出来ない。J.S.Oは出来るべくして出来たと云える。サーフィンそのもののスポンサーは、サーフボードメーカーであり、プロショップと云える。しかし、全日本サーフィン連盟はあくまでもアマチュアであり、その主旨を貫き、今後ともJ.S.Oと違った意味で権威あるものにして欲しい。10年間の蓄積を決して無駄にして欲しくない。スポンサーなくして賞金レースは行えない。これはとりもなおさず共栄共存を立証している。スポンサーとしてメリットが生まれればプロコンテストは永久的に続くだろう。選手も賞金獲得に日々努力を怠らない。私達はサーフィンを愛し、他にこんな素晴らしいスポーツはないと誰しも思っている。今後J.S.Oの役割は大きい。もちろんボードメーカー、プロショップ、その他関連会社の協力は絶対に必要だ。しかし、それ以外に、スポンサーを見付け出さねばならない。例えば、世界のビックコンテストは、Hangten American Pro(スポーツウエアーの会社)・スミノフ(酒の会社)・コカコーラ(清涼飲料水)・ガルフ(石油会社)まだ他にもあるでしょう。しかし皆サーフィンの良き理解者である事には間違いない。世界のサーフィン界で、この業界を一番良く知っているゴードン・クラークさん(米国クラークフォーム社長)は、私にこう云いました。「今、世界で一番サーフィン人口の多いのはオーストラリア・次にカリフォルニア・次に日本だ、しかし2~3年後には、日本がオーストラリアの次になるだろう」と、又こうも云った。「しかし日本の業界の立ち遅れは世界一だ」「何故、君達サーフィンにたずさわり、恩恵を受けている者達が、その利益をサーファーと共に分かち合おうとしない。何故日本のサーフボードはこんなに高いのだ」と、きつく云われました。確かに我々サーフボードに携わる者にとって直面した意見だ。ただ歴史が浅いと云う点日本のネックだろう。最後に、全日本サーフィン連盟はあくまでもアマチュアとしてスタートした。アマチュア精神を忘れてはならない。J.S.Oは、あくまでPRO部門を主体にし、業界の発展を第一目標に掲げ、世界に於ける日本の地位を確保しなければならない!中傷は結果に対して何の意味も持たない。J.S.Oはサーファーと共にあり、サーフボードメーカー、及びプロショップ等の協力母体から生まれたと云う事を忘れてはならない。  J.S.O理事 鈴木正」

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J.S.O 阿出川輝雄 

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1975年J.S.Oパンフレットに書かれた現在NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ副理事長テッド阿出川氏のあいさつ。
「我々が(ここで我々というのは、日本でサーフィンが始められた頃の初期の人達である)サーフィンを始めて早くも十余年、過ってしまった。比の頃、海へ行って、いつも思うのは確かにサーファーは、ものすごい数にまで増えたものだと思う。また、銀座、かいわい、夜の六本木、赤坂・・・・はては、暴走族まで、アロハにプカシェル、このファッションは、絶対、我々、サーファーからのコピーそのものである。そんな事は、まあーどうでもよいのであって、すなわち我々がサーフボード、ビジネスを通じて行って来た。という事はこの十余年は決して無駄ではなく、少なからず意義があったと思う。その意義というのは、若者を健康的な海に魅力を感じさせた事である。私はこの間、サーフボード作りから、アクセサリーに到るもろもろを輸入―、事業としては、かなりにまで大きくなりました。それにつれて、経営管理がうまくいかず皆さん御存知の様に昨年暮れ倒産してしまいました。今では逆に気楽に仕事が出来、サーフィンする時間も多くとれるようになり、私本来の生き方に戻りつつあります。というのは、私の趣味は、小学生の頃から、釣り、素もぐり、スキーと、ほとんど夏休み、冬休みは家にいない位でした。大学の頃にはウェスタンにこり、(これはいまでもかわらないが)脱都会を進んで考えていました。自然の中での生活が、どれ程、人間にとって、有意義かという事からである。私の生き方からして、サーフィンの、サの字がつく仕事には、運営、ジャッジと、十余年やって来ました。私としては一生懸命、やって来た積もりです。しかし、そこに時代の流れがあり、運営方法、ジャッジ方法、ましてや日本サーフボード工業会に到っては、全く私の意に反したものになり、今後の運営にあっては、なるべくサーファーの意を汲み、あるいは、各国で行われているサーフィン大会システムの良い所を取り入れ、積極的、かつ、サーファー、ギャラリーがエキサイトする。プロのコンテストにも、今までにない私の力を導入し、全力をつくす積りです。幸いここにJ.S.Oのプロ組織に迎えられる事が出来、全く私の考えていた事、そのままの時代にあった組織です。サーファー諸君、サーフボード経営、サーフショップ経営諸氏も我々と共に、サーフィンをもっと盛り上げようではないか。私はこれを基点として、今までと違う方向へ事業も変えていき、昨年まで以上のテッドになる様努力します。最後に一言、年寄りサーファーを大切にしよう。  J.S.O理事 J.S.O公認ジャッジ J.S.O公認指導員 テッド阿出川

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May 28, 2020

ほっちぽっち

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大学を出て名古屋に戻って35年以上になるはず、当初はまだ初心者レベルからの脱却にもだえていた頃でそれほど目立っていなかった?やはり30歳で独立し時間が自由になってからサーフィンでも多少注目されるようになってきた。職業が珍しかったのと、回りにマスコミ関係が多かったせいか結構取材も受けるようになった、たしか一番最初は朝日新聞だったんだけど残念ながら写真入のこの記事は残っていない。もうひとつFM愛知で一週間番組に出たこともあるけどこれまた残っていない。無事に保存されたいたのはこの一冊。1983年6月発行のタウン誌「HodgePodge」僕の記事の直前にDON'Tの伊藤さんが出ていた。当時36歳、そろそろコンテストでも勝てるようになっていたし時間も有ってショートボードのピーク直前の頃だ。記事の内容は今読んで見るとまったくお恥ずかしい・・・この年はたしかBaliHighの発売された年だったかな?ということは翌年が「JPSA BaliHighCup」だったかもしれない。この記事の最後は「でも、これからサーファーの人口、増えていくとおもうしね。若いのからお年寄りまで波乗りやるような時代になれば、理解されるようになるんじゃないかなぁ。たとえば、ハワイなんか行くと、60歳くらいでも波乗りいるし、夫婦でサーフボード、車に乗ってける人もいるし。普通のオバサンが波乗りの後に、ビニール袋からタバコとマッチ出して、一服してるのなんか見ると、あきれちゃうというか、感激しちゃうね。僕だって、60才だって70才だって、ずっと波乗りやってたいね。波乗り、捨てられないよ」 この記事から25年、まさにその60才になっても波乗りを続けているとは・・・・・

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ライバル?

Carlos

CARLOSこと「奥村裕司」と知り合ったのは高校生の頃なのでかれこれ40年以上のお付き合いになる。当然知り合った頃は二人ともサーフィンを知らなかったのだが、次の年に私は東京の大学へ入り翌年にサーフィンと出会う、偶然にも前後してカルロスも伊良湖でサーフィンを始めるという不思議な巡り合いがあり、その後私が名古屋に戻った直後に彼が独立し、お互いの休日が同じということもあってほとんど一緒に行動していた時代があった。その頃から現在に至るまで一緒に大会に出ることも多く、年齢も近いことから意識してライバル関係になっている。但し通算成績では圧倒的に私優勢のはずだか彼は認めようとしない・・・。今回資料をチェックしていたら1984年10月7日に行われた第9回TSAサーフィンコンテストのリザルトが出てきたので公表してみます。
AⅣ
1.福井喜代博
2.浜田芳昭
3.内藤直樹
4.鈴木一也
5.藤田昌弘
6.日高正博
AⅢ
1.岡谷誠二
2.新美昌道
3.川井聖司
4.佐藤晃司
5.伊藤良一
6.三浦清史
AⅡ
1.武藤恒志
2.奥村裕司
3.山田マサユキ
4.大河
5.右坂正衛
6.水谷嘉男
AⅠ
1.横山勝久
2.森俊博
3.鈴木剛
4.早坂正
5.山口徳晃
6.楠敏昭
当時のクラス分けがどういう内容だったのか覚えていないが恐らく年齢ではなくレベルで分けていたのだろう。この時点でカルロスに勝って上のAⅢに上がったのかもしれないが記憶はない。AⅣ優勝の福井喜代博ことドガちゃんは全日本のファイナル常連で当時めちゃ迫力があった。今でも毎年マウンテンのパーティーで会う機会があるが最近では釣り一筋でサーフィンはまったくやっていないようで寂しい限り。AⅢ優勝の岡谷誠二は同じチームだったのでこれまた行動を共にしていたし、今でも現役で元気一杯のサーフィンを見せてくれる。他にも多くの懐かしい名前が見られる。 撮影 北村守

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May 27, 2020

高橋太郎

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日本で始めてサーフボードを作った男 高橋太郎の伝説」
NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブの最高顧問高橋太郎氏の伝記です。ずいぶん前に読んだ記憶があったんですが、最近お会いする機会が増えたのでどうしてもまた読みたくなり探しても見つからず、ついに古書で見つけました、しかも新品同様の美本で嬉しい限り、次回お会いした時にはサインしてもらおうかな? ミーハー???1959年日本で初めてサーフボード製作に立ち上がり、1960年夏初めて日本人製作のサーフボードが海に浮かびまさに歴史が始まりました。彼こそがまさにパイオニアであったのです、その後の歴史はまさに涙無くては読めないほどの成功と苦難の連続、それこそ小説のような人生を送られた方で、現在は千葉在住で自然に囲まれながら暮らしておられます。

 

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金井英一郎

Kanai

どうも年のせいだと思うけど、最近は昔の事が気になって落ち着かない時が有る。1969年の夏休みは千葉・御宿で過ごした、当時大学の同級生の親が御宿で「メキシコホテル」という素敵なホテルを経営してたんだけど、その父親が以前使っていた伊勢海老の養殖場が空いていて、その施設を利用して当時東京ではやっていた絨毯バーをワンシーズン開いた、すでにサーフィンを始めており、ボードもウエットも持っていた私はこの話に飛びつき結局準備から閉店までに数ヶ月を御宿で過ごした経験が有る。たしかホテルの近くにある港の横が現地で大きな洞窟になっており部分的に海水が入っていると言う幻想的なロケーションで今やってもイケそうだと思う。さて、最近この時の事が気になって「御宿メキシコホテル」を調べているけど既に廃業されて時間がたっているのか写真がまったく見つからない、代わり?と言っちゃなんだけどその経営者、つまり同級生の父上が書いた小説がヒットしたので早速購入してみた。御宿が今でもメキシコと繋がりが有るのは徳川時代の初期に御宿沖で遭難したメキシコ壱船を地元の漁師達が救助して暖かくもてなしたことがキッカケになっているそうで、この本はその遭難した船に乗り合わせたスペイン貴族の伝記として書かれている。とても素人の文章とは思えず昨日いっきに読んでしまった、この著者は御宿生まれながら千葉県初のスキーヤーとして有名な方でSAJ(日本スキー連盟)理事・監事を務めた方、豊かな経験からくる文章なのだろう。これを読んでまさに1969年の夏を思い出してしまった。

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Surf&Peace in JAPAN 湘南・辻堂Surfmeet

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湘南経済新聞

湘南・辻堂で「レジェンドサーファーズ・クラブ」設立記念イベント

2007年8月に旗揚げしたレジェンドサーファーズ・クラブ(東京都港区)が10月28日、設立記念イベント「Surf&Peace in Japan湘南・辻堂Surf meet」の一環として「レジェンドサーファーズクラブサーフィン大会」を湘南・辻堂正面ポイントで開催する。同クラブは「Surf&Peace」を合言葉に日本のサーフィン創成期を支えてきたレジェンドサーファーが集まり、世界中のサーファーのネットワークを構築し、サーファーから発信する「戦争のない平和な世界」を目的に立ち上げられたもの。発起メンバーは、ダクッスサーフボードの創設者で日本サーフィン連盟の設立にも尽力した高橋太郎さんやゴッデスインターナショナルの鈴木正さんをはじめとする7人。同大会は、サーフィンを通じて同クラブが提案する問題を少しでも参加者に考えてもらおうと企画した同クラブ初主催のサーフィン大会。競技カテゴリーはロングボード(ボーイズクラスのみショート)で、辻堂正面ポイントを2ポイント使用して、年齢別で5クラスに分かれ(ボーイズ・メン・マスター・ロイヤル・レジェンド)ポイント制で競われる。レディスはオープンクラスのみ。総勢160人が参加予定。大会には発起メンバー以外に、オーストラリアのレジェンドサーファー・ナットヤングさんやカリフォルニアのレジェンドサーファー・ボブピアソンさんなどがゲスト参加する。競技スタートは7時から。同イベント事務局のスタッフは「イベントを通じて、参加してくれた人たちが同クラブの掲げる目的を少しでも身近なものとしてとらえてくれれば」と話している。大会前日の27日には、鵠沼サーフビレッジ多目的ホール(藤沢市鵠沼海岸1)で、岐阜医療科大学専任講師の水野英莉さんを進行役に、レジェンドサーファーたちによるパネルディスカッションを用いたシンポジウムを開催する。開催時間は15時~16時。  湘南経済新聞

昨日は生まれて初めて入るポイントということで早めに鵠沼へ、チェックしたら最高の波なんで関係者に設営のお手伝いしなくて良いか確認したらOK!が出たので早速海へ、ステージ西からゲットしてみるとうまくセットをかわしてアウトに出れた、2ポイントを意識してステージの左右ピークでフロント・バックに乗ってみてピークを確認、波質は素晴らしく4アクションは入りそう、但し場所によってはゲットの困難な所がありこれはヒートの時間次第にしようと判断した。さて問題のラウンド1、このヒートだけが海に向かって右のBポイントで1ヒート12分で沖スタートに決まった。全員がジャッジテントの西側からゲットすることにしたんだけどピークが左なんで僕は少しでも回り込もうと右端からゲット、ところがこれが見事なまでの大失敗!ショアブレイクで凄いセットの連続をくらってしまいアッと気が付いたら隣のライフセーバーイベントのポイントまで流されていた、これに気付いた時点で頭が真っ白!ここまで来てゲット出来ずに終わったら恥ずかしくて帰れない・・・まさに切腹もんじゃんどないしょ!もう必死でパドル、前しか見ないで頑張ってやっとの思いで出たものの見事なまでのエリア外、この時点ですでに息が上がっていたんだけど必死でジャッジテントに向かってパドル、もう何も聞こえず見えずでいつスタートしてるのかも何も分からず体はガタガタ時間がないのは分かっていたから最初のセットにテイクオフしたものの当たり前のように足はガタガタで満足に動けない状態、ヨタヨタで何とかインサイドまで乗り継いでみたら既に残り3分切っているのが聞こえた、もうアウトへ出るだけの気力も時間もなくて取り敢えず本数揃えるためにスープでのテイクオフを二本乗った時点でタイムアウト!アーッこれで終わったなと負けを覚悟して海から上がった、なんとも情けなかった。諦めておやぢのとこへ行ってボーッと、息切れしてて体ももう限界だった。暫くしてから結果のコールが・・・アレッ?ゼッケン赤が1位通過だって?エッ!エッ?俺じゃん?何・何?急いでテントに確認取りに行きジャッジシートを見たらやはりヨタヨタの一本目がわずか2、5てスープライドが当然の1、0で合計3、5、落ちて当然のスコアーじゃない、だけど他がもっと悪かった、考えてみたら僕はトップを切ってゲットしてたし回りを見る余裕もなかったけどハードなのは僕だけじゃなかったんだ、皆が嵌まって出られなかったとのこと、おかげて首の皮一枚で繋がった!これが今回の全てだったのだ。運良くラウンド1を突破出来、次のヒートまでは一時間以上のインターバルが有ったので体力の回復に勤めました、大量に水分補給し、エネルギーゼリーを朝食替わりにして休みSFの始まる頃には準備万端、今度は江ノ島寄りのAポイントとなりカルロスと一緒に3分前からゲットしてみたらこちらはまるで天国のように楽々ゲットに成功し、スタート前にアウトに陣取りました、このサイズでアウトに出ちゃえばこっちのもん!セット数も多いのでカルロスとシェアーする余裕もあり最初にテイクオフしたグーフィーに彼が乗ってきたので妨害取られるからやめな!って言うことまで出来た。この波を乗り継ぎ最後のリエントリーの着地だけ失敗したけど6点、すぐにまたゲットに成功して次はレギュラーで全て決めて8点、もう一本乗ったけどこの14点でブッチの1位通過、但し一本目の最後で落ちたときにボードが頭にヒットして痛いのなんの、さわってみたら出血はしてなかったけど参ったぁ、上がってからみてもらったら見事なまでのたんこぶが出来てました。さてこの時点でナット・ヤングが膝痛の為に棄権してファイナルの四名が決定し午後までの時間待ち、弁当食べる気にもならないし、昼寝もまずいからまたしても水とゼリーで休息、時間が経ってもサイズの落ちる気配はまったくない、さていよいよファイナル開始かと思われたその時、急にナットがあまりの波の良さと痛みが和らいだのか急に一緒にやりたいと言い出し全員が賛成して特別参加することになった、まずは四人でゲットして全員がアウトに陣取った時まさに最高のセットが入り全員口開けて呆然、早く初めてくれればと思いつつスタートを待っていたらな・・・なんとまたまたとんでもなく最高のセットがまるで我々を見透かすようなパーフェクトブレイクを見せてきた、まったくもったいなかったがこれは聞いたらどうもナット待ちだったようだ、待ちに待ったスタートホーンがなり最初に乗ったのは鈴木さん、僕は最初のセットをスルーして二回目に勝負をかけた、ボブをマークしながらグーフィーの大きな波にテイクオフ、ほぼ自分のベストライディングが出来た、ゲット途中で鈴木さんが二本目のグーフィーを目の前で演技、僕の採点で4点台と見た、アウトにでたらまだボブがセット待ちしている、何とか3本乗りたかったので次のセットをレギュラーに、これもまあまあ、3分残してアウトに戻ったが結局この後はセットが途切れてしまい乗れずにタイムアウト!後からボブに聞いた話だとスタート前に入ったようなセットを待ち続けてしまい、それが最後まで入らなかったとの事、彼を一番ライバルと見てたんで結果的にスタートが遅れたのが僕に有利になったみたい、ナット・ヤングは最後までアウトには出てこずミドルで素晴らしい一本を決めただけだったそうだ、これも聞いてみたら良い波一本で良かったんだとの事、さすがソウルサーファーだね。結果はご覧の通りでプレゼンターのナット・ヤングからウイナーコールされて思わず感動してしまった、最後にスピーチまですることになり、「生まれて初めて入った鵠沼でこんな素敵な波に乗れて幸せです、こんな良い波の時に会場を提供してくださった地元の方々に感謝します、サーフ&ピース!」と話させて頂きました、こんな素晴らしい大会で素晴らしいサーファー逹と一緒の波に乗ることが出来た幸せを噛み締めています、全てに対して感謝の気持ちで一杯なんです、ありがとう。

大会結果

○Surf&Peace in JAPAN 湘南・辻堂Surfmeet
○2007年10月28日(日)
○会場:鵠沼銅像前ポイント
○天候:快晴、朝のうちほぼ無風のち東の風
○波質:頭~頭半、セットダブル

ボーイズクラス
優勝   小林直海(モンスターマッシュ)
2位    赤城力也(I-MODE-D)
3位    真田和也
4位    碑田 瞬 

レデースクラス
優勝   菊地美香(LF)
2位    森本直美(TAKI)
3位    栗田裕子(DUKE/JR)
4位    佐藤千穂(GODDESS)

メンクラス     
優勝   鈴木 剛(GODDESS)
2位   ダレン、ユーデリー(シーコング)
3位    ジョージ、トリム(シーコング)
4位    中山祐樹(シーコング)

マスタークラス   
優勝   鈴木克巳(GODDESS)
2位    石井克典
3位    餐場 勝(Smooth body)
4位    林  誠一

ロィヤルクラス   
優勝   来住野達也
2位    岡村謙一郎(THE USA SURF)
3位    市川伸治
4位    臼井 純(レフト)

レジェンドクラス     
優勝   武藤恒志(BaliHigh)
2位    鈴木  正(GODDESS)
3位    高橋宣成(TAKI)
4位    ボブピアソン(ARROW)


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May 26, 2020

北村写真館

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台風14号は陸地から離れた海上を北東に進むコースをたどっている。伊良湖も台風14号の影響を受け、土曜日の朝はロングビーチ、ロコポイントなどはクローズアウト、サーフィンのできる状態ではなかった。早朝、BaliHighさんから○○ポイントに入るとのメールが入った。私の頭の中での○○ポイントは、決して期待できるような波が入るとは思えないところであった為、駐車場に車を止めて、先ずは波チェックにと、撮影機材を車に置いたままビーチに向かった。途中、私を呼び止める声がした。カモンさんこと岡本さんである。『凄いビッグウェーブですよBaliHighさんら数人のロングボーダーが、かなりアウトで入っているからすぐ撮影に入って下さい』との事。急遽引き返して撮影準備にとりかかった。駐車場で撮影準備中にBaliHighさんが上がってきてしまったが、今から撮影に入る事を告げると、休憩もとらず再度海に入ると言う。さすがにタフな方だ。BaliHighさんと、機材運搬係を買って出たカモンさんと一緒にビーチに向かった。小さな林を抜けると眼下に海がパッと広がった。予想をはるかに越えた見事なビッグウェーブである。BaliHighさんは海に飛び込み、アウトに向かって見る見る内に姿が小さくなっていく…。インサイドはショートボーダーがひしめきあっているが、アウトはBaliHighさんと原田さんの二人しかいない。彼らは撮られ放題♪超ラッキーな二人である。二人の豪快なライディングを連写で追った。超ビッグウェーブゆえに手応えは充分…。原田さんをワンラウンド撮り、BaliHighさんを2ラウンド撮ったところで異変に気が付いた…。『わっ!』カメラの撮影枚数のカウンターに数字が無い!!!!!!!原因はすぐ分かった。CFカードが入っていなかったのである。フィルムカメラでいう「フィルムの入れ忘れ」である。何十年と使っていたフィルムカメラでさえもフィルムを入れ忘れて撮ったという記憶がない。このポイントでの想定外のビッグウェーブを目の当たりにして、冷静さを失ってしまったのである。基本中の基本を忘れるほどのビッグウェーブに驚嘆したとはいえ、まだまだ修行が足りない…と反省しきり…。「釣り逃がした魚は大きい」と言われるように、空写し時のビッグウェーブは、その後に撮影した波のサイズの何倍もの大きさであった…と、今から振り返っても、そう思う…。アクシデント後のおふたりの写真をご披露しよう。BaliHighさん、原田さん、ごめんなさい!  文・撮影 北村守

そんな訳で昨日の顛末をカモンからお届けします。
「balihighさん「幻の一本」しっかり目に焼きついてます!なにせ私は双眼鏡を覗きながら、「北村さんデカイセット入りましたよ!」「武藤さんドピークからパドルイン!」「わ!テイクオフした!」「でかすぎ!」「ダブル以上!」「ボトムターンからリップへ!わ!リップでターン決めた!凄えーワー!!!凄すぎ!!!」と叫びまくってました。まちがいなくこの日の最大で最高の波でした。その隣で北村さんは、しっかりとシャッター押し続けてました!最後の御愛嬌のポテチンまでしっかりと。。。balihighさん、安心してください。間違いなく二人の脳裏にしっかりと永久保存されてますから。」

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石門

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実は昨日・今日と石門に入っていました、昨日は残念ながら風がいまいち合わずにバンピーな面で苦労の連続、打って変わって今日の時間帯は無風・面ツルで○、でもハードだった~、プロ達はきのうで懲りたので今日はしっかりビーチまで行っての波チェック、その結果GO!と決まり3人で入ることになった、ビーチには出たもののセットの切れ目が無くインサイドのショアーブレイクをかわすタイミングがなかなか見つからず苦労した、最初にヨッチがパドルアウトを始めたので負けちゃいかんと何とかゲット、横にいたショーロクは残念ながらミドルで一度セットをくらって酷い状況だったらしく出遅れ、ところが人事じゃなくて今度は僕がやられて気が付いたら抜かれていた、ここでめげちゃ男じゃねーよと必死のパドル、何とかアウトにでてクリーンな海面を見たときには思わずヨッチとガッツフォームで叫んでしまった、それくらいハードなゲットだったし、アウトに出てから見るセットはまさにハワイアン6feet!まるでサンセットの波のようにうねりが山のようになって迫ってくる、心臓がパクついたのは久々だ、それでもここのピークは見た目と違いテイクオフがメチャ難しく中々乗れなくて焦った、まさな乗らずに出るような無様なまねだけはしたくなかった、なんせ岸では大きなレンズが狙っているのだから恥ずかしい真似はできない、しかし今回だけは自分でもこのボードでの挑戦は無謀だと知っていたから焦った、とても石門に入るボードじゃないもんな・・・それでも頑張って一本目をテイクオフに成功、無事にメイクもできゲットにも成功。そうこうしてると西寄りでショーロクが絶妙のタイミングでテイクオフしてノーズを掛けているのが見えて興奮気味、それからが長かった、ショーロクは上がってしまうし、ヨッチはショット狙いでしばらくは出たくないとのこと、僕はこれが最後と決めて大き目のピークを狙ってテイクオフ、なんせテイクオフの遅いボードなんでレイト気味になりドロップは真っ逆さまだった、何とかこらえてボトムに着いたときの気持ちはなんともいえない、そのまま出来るだけインまで乗り継いだけど最後のショアーブレイクは怖くて乗り続けれらない、一度待ってタイミングを見ながら岸へ向かってパドルするが引きが強すぎて戻されてしまう、巻かれるのを覚悟してショアーブレイクに突っ込みグルグルになりながら岸へ打ち上げられる、しかしここでも引きは強烈でまったく自分の意思では歩くことすら出来ないのだ、これだけは勘弁して欲しい・・・結局体中石だらけになって打ち上げられて何とか無事生還、と思ったら結局後で気が付いたらボトムに石がめり込んでクラッシュしていた!

 結局これが最後に入った石門となりました。

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ライセンス

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昨日やっとJPSAからジャッジライセンスが届いた、これでASP(Association of Surfing Professionals)・ISA(International Surfing Association)・Surfing Australia、の公認ジャッジとして登録された訳です。さて今年はこれをどう使おうかな、そろそろ選手引退も近いことだし、これからはジャッジで若手を育てるようにしようかとも・・・なーんちゃってね・・・まだまだ現役辞めないよーーーっ。

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サーファーの皆さんへ

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サーファーの皆様へ 伊良湖エリアへの来訪を楽しみにされている県外在住となるサーファーの皆様、自粛活動にご協力頂き誠に有難うございます。現在発表されているガイドラインでは地元住民の方々の理解と協力によりサーファーの皆様には段階的な解除を進めており一定期間、県外からの来訪を控えていただくようお願いしております。19日以降、大変残念なことに一部の県外からの来訪サーファーによる消防、警察も出動する事故も起きております。幸い命や大怪我をする事なく済みましたが、県外からの来訪を楽しみに現在はガイドラインに沿って理解、協力、してくださる多くの方々への誤解を招く事にもなりかねませんので再度、周知させていただきたいと思います。地元住民の方々に安心して迎え入れて頂けるよう今しばらくの活動に理解とご協力をお願い致します。 NSA愛知支部

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May 25, 2020

2005WCT CHIBA MALIBU Final

ASPのジャッジ講習で千葉に行ったちようどその時、日本で開催された最後のWCTがマリブの伝説になった。

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地球温暖化第二弾!

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2005年冬、ご存知弥八からロングビーチへと降りる道路が大雪で吹雪、今じゃ考えられんでしょ。

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ASP

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2005年9月3日土曜日の夜、千葉勝浦でASPジャッジセミナーが開催された、写真左はASP理事長のウエイン・ラビット・バーソロミュー、右がASPインターナショナル・ヘッドジャッジのペリー・ハチェット。今回のセミナーには全国から20名程のJPSAジャッジが参加、最新のジャッジ基準について厳しい指導があった、内容に関しては今後折りに触れて書き込むけど、Mr.ペリーはまるでルールブックのような人というかASPのルールそのものなので凄い説得力が有った、まあ目から鱗った感じかな。これまでとはまるで違う基準が適用されるので、今後大会に出場する選手はこの新しい基準を知る必要性がある、ルールを知らない限り勝ち目はない。これで晴れてASPインターナショナルジャッジとして登録され、今後の大きな大会でもジャッジが可能になった。また今回の情報では来年度よりJPSAジャッジの受験資格が非常に厳しくなるとの事、早めに受験しておいてよかったのかもしれない。セミナーの前には新しいASPJapanの為の記者会見があり、なんとケリースレーターまで登場、これまた凄い4ショットでしょ。ラビット・ケリー、手前はASP Japanでお馴染みになった近江さんと加藤さん。残念ながらもうお1人のオガマさんはPCの側にいて離れていた為に写りませんでした。

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May 24, 2020

Surf Movie "FactoryLife" directors cut with English subtitle

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伊良湖風景

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お天気が良いから絶好の日向ぼっこ日和なり。

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May 23, 2020

参りました

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伊良湖

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波が有っても無くても潮風に当たるだけで生き返る。

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May 22, 2020

LOKOPOINT 2005

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撮影 北村守


今から15年前はこんなサーフィンしてたのね・・・

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サーファーの皆さんへ

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明日から自粛解除後初の週末となりますので、いま一度新しい基準を確認して下さい。田原市内の各ポイント近辺での迷惑駐車は厳禁、住宅地での運転には細心の注意をお願いします。また途中コンビニや飲食店等に立ち寄る時にはマスクを着用する事、県外への移動も避けるように、潮見から東は静岡県だから注意してください。それでは決して無理はしないで久々のサーフィンを楽しんで下さいね、波乗り後の筋肉痛も良いもんですよ。

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全盛期

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私のショート時代の全盛期、1985-7年頃に、まだフィルムが貴重だった頃、港で私を撮ってくれた方がいらっしゃいました、お名前も知らなかったけどいつも写真を頂いてました。時には良いのがあると喫茶サリマノに飾ってもらってました。3枚目なんか角度からすると旧堤防からのショットでしょうか、貴重な写真なのに残念ながらネット初期の頃、まだスキャンがいまいちの時にオリジナルを紛失してしまい残念無念なり。ボードはカントリーラインの宇佐美シェープ、ウエットはDOVE、トランクスはバリのキンコン❗️1987年の全日本がまさに絶頂、大会会場に入ってから同クラスの人達と入っててもまったく負ける気がしなかった、ところがどっこい本番の初戦でまさかのインターフェア負け、当時はピーク優先じゃなくてスタンディングファーストだったのよ、勝つ気満々からのドン底でこのまま絶不調に落ち込み、ショートボードから引退する事となりました。

 

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May 21, 2020

師匠対決

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右にいるのが伊良湖の師匠こと「マイケル師匠」まあ、ご本人の記憶はともかく、間違いなく伊良湖サーフィンの創世記におられた遺物のような方でございまして、私のように伊良湖での始まりから全日本開催時まで学生&プーで湘南・千葉・和歌山をうろうろしていた者にはまったく知られざる世界であった模様で、恐らくここをご覧のサーファーでも、この方がレストランサーフィンの駐車場で野宿していたのをご存知の方はいないのではなかろうか・・・それほど伊良湖では伝説のサーファーであるのでございます。トッ・・・・ところがその師匠が、これまた師匠と仰いでおられるのが左におみえのTED師匠で、この方はレベルが違い、日本のサーフィン創世記のファウンダーでおられます。何を隠そう今から37年前に私が始めて手に入れた中古のロングボードはこのお方のTEDサーフボードでございました。今回千葉太東のビーチでこのお二人がご対面し、恐らくだれの記憶にも無いような大昔の伊良湖サーフシーンの話題で大いに盛り上がっておられました。まさに師匠同士が我が国のサーフィン史を語り合う瞬間でありました。

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カントリーライン

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これまた大昔の話、1985年の新島での全日本マスタークラスでは何と海の無い岐阜支部から出場のこの私が初優勝をさせて頂きました、当時岐阜のサーフショップ「カントリーライン」に所属していた関係で、当然のように当時はカントリーラインのボードに乗っており、新島での記念すべきボードも当然カントリーラインでありました。カントリーラインと言えばもうこの方したおられません!! 私と抱き合って思いで話に酔いしれたこの方こそ、名シェーパーであり、また超名ジャッジのカントリーラインオーナーの宇佐美潤さんでございます。この瞬間二人とも子供に戻っておりました。

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SEAQUENCE

Takoa

1983年に発売された焼酎BaliHighは運良く第一次焼酎ブームにのってどんどんと売り上げを伸ばしてしまった、おかげで潤沢な資金が出来、サーフィンの世界にその資金をつぎ込むことも出来、残念ながらJPSAの資料が現在更新中の為に詳しい資料が出せないならが、当時2度に渡り伊良湖ロングビーチにおいてJPSAプロサーフィンサーキット「BaliHighCup」を開催出来た。またその第一回の優勝者で当時の日本プロサーフィンのヒーローとなった久我孝男くんのスポンサーにもなってしまった、確か当時彼のスポンサーは当然のように所属するシークエンスの他、BaliHigh、OP,DOVEと素敵なラインアップであった。今回千葉で久しぶりに「SEAQUENCE」のオーナーで素晴らしいプロサーファー&シェーパーでもある蛸操さんにお会いして、当時の話で盛り上がっていたら、何と何と!!!!当時孝男が乗っていたボードがまだちゃんと保存してあるとのこと、ぜひとも拝見したいとお願いしたところ・・・・何たることか、それならプレゼントしてくださるとの超嬉しすぎるお言葉にすぐ速攻で甘えてしまい、次の日ビーチまで届けていただいたのがこのショット!このボードはたしか当時JPSAが始めてウルワツで開催した大会で孝男が2位入賞した時に使ったボードとの事、まあもうなんとも嬉しいやら懐かしいやら・・・・・これから蛸さんには足を向けて眠れませんよ。
本当に感謝しております m(__)m

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ロングビーチ 1978

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1978年のロングビーチ、いいね~弥八のホテルは健在だし、大松はまだ42号沿いまで出てきてない頃かな?ビーチに降りる道路は一本で弥八からの道路はまだ繋がっていないころで石塚プロの全盛期でしょ、この頃の岩場の波は良かったな~なんでこうなっちゃうんだろか?特にあの道路が出来てからの岩場はまったく見る影がないもんね。

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May 20, 2020

母なる海

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伊良湖では火曜日からサーフィンの自粛が解除されましたので、早速今朝から行ってきました。ただまだ解除されていない地域もあるし、県外からの往来もまだ出来ない状況なので、暫くの間は波情報や波画像のアップは遠慮しておきます。代わりに何気ない風景をお送りしますね。しかし1ヶ月半ぶりの海はやっぱ良いもんですね、今回はつくづく普段海に入れる幸せを再認識させられました。海は全ての生命の起源です、まさに母なる海❣️波にグルグルに巻かれても気持ちが良いのはきっと母の胎内にいるのと同じからなんじゃないかと思いましたわ。今日の波はいずれ落ち着いたら北村さんから発表されると思うので楽しみにしてて下さいね。

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May 19, 2020

内藤直樹氏

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5日はそれまでの鬱憤が溜まってたので朝一番4時半の入水だった。しばらく堤防横に入っていると、お久しぶりに内藤氏が現れた・・・もうそろそろ50???まだかな?なんせNSAのサイトで調べてみたら、彼はシニア・マスター・グランドマスターの通算で全日本で何と8回も優勝してる!たしかそれ以外にも入賞が数回あったから10年以上トップにいたわけで、サラリーマンなのに信じられない最近ではロコにロングが多すぎて新日に入る日が多いんだけど、やっぱこの西うねりじゃロコしかないでしょ・・・ってことでのご来店。ショートなんだけど、いつも僕と同じラインで意地でもテイクオフしていく。この日はマジな話で、僕のいる位置よりもうワンピーク東の方が良い感じだったので、絶対あっちが良いからと推薦したのに半信半疑、でもすぐに納得してくれて良いサーフィンしてました、まあこちらは多少悪くても堤防横にいたほうがいいしね、できるだけロングを引き寄せて内藤ピークはショートばっかりになって楽しそうでした。その後潮が引きアウトが割れ出したので僕はまた一番でアウトには出たんだけど、中々ミドルセッションが繋がらず悪戦苦闘、そんな中一本超アウトからミドルも繋げてインサイドで岸まで乗り継いだのが有ったんだけど、それを彼がしっかり見ていてくれた。しばらくするとアウトに出てきて、何とお褒めの言葉を頂いた、し・・・しかも「良いチューブ入ってたじゃん」との事、こりゃ嬉しいお言葉。あの日はこの一言で疲れなんか吹っ飛んだねー。世間はロングだショートだと色々あるけど、やっぱ判る人同士は良いな・・・あの日は結構イージーだったのでアウトにも妙なロングも入ってきててショートがカリカリしてた、そりゃそうだよ乗りそうで乗らない乗ったらこけてボード飛ばす・・・これじゃショートでなくても怒れるよ。田原の子が寄ってきて「あのロング知り合い?」って聞くから「知らないよ、放っといてどんどん乗っちゃいなよ」ってことで納得彼とはちゃんと波もシェアー出来たし、良い感じだったけど、まあGWだからしょうがないのかな?どうしたら良いのかね?浮いてるだけで人畜無害なら良いんだけど。やっぱ年とっても自分の事は判らないもんなんだろな・・・っと・・・・一度我が身も振り返って反省でもしてみるべ

May 07, 2004 内藤さんとの思い出

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SURFING

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サーフィンって一体何なんだろう?もう自分でも良く判らなくなってる,、毎朝3時には自然に目が覚めてしまうし海に向かう運転は楽しくてしょうがない。今朝は雨上がりにトップで入ろうとしたけど当然1人きり・・・・・そんな時、ふと気が着くともう着替えてる女性が目に入る、彼女は凄い、ロコでもロンビでもどんなサイズでも入ってくる、しかも朝早く入って、子供を送り出す為に1時間程で帰っていく、良い感じだな。今朝は彼女を見つけた時、なーんとも言えないほのぼのした気分になった、次にハッと気が着くと横にロングを積んだ軽が来た、まだ遅くなるはずだったカツちゃんだ、「行くか」っで一言で通じてしまう。結局この3名がビーチを歩いて台風に挑むことに、良いシーンだな、顔だけ吹き替えるか?アウトにいたら後から数2-3人のショートが入ってきた、皆無言だけどしっかり目で挨拶するしなーんとなく微笑んでる、こんな日は何か起きたら助け合うしかないんだから、お互いが絶えず居場所をチェックしてたりする。この感じが良いんだな!混雑とはまったく無縁の世界で自分の力だけで波に挑む?いや波に遊んで頂く、
海・波・サーフィンって良いよーーー

May 21, 2004

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ビーチクリーン

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伊良湖のロコポイントでは毎月第1日曜の朝9時から今井真治くんが中心となってビーチクリーンを開催してます。初めてもう4年目になるんではないでしょうか、静岡の静波・御前崎から浜松に掛けても同じ第1日曜が開催日なのでそれに合わせて太平洋岸のサーフポイントでビーチクリーンを開催しようという趣旨から始まりました。それまでのロコポイントはビーチには漂流ゴミ・また当時それほど整備されていなかった駐車場一帯はそりゃもうひどい有様でした、それ以前も自分ひとりだったり有志をつのったりして時々はやってましたが、とても追いつくもんじゃないし、個人で対応できる問題じゃないと考え、無理言って今井くん中心に初めてもらいました、ビーチクリーンの場合、本来サーフスポットなんで当然サーファーはいるから人を集める事はそれほど、思ったほど難しいことではありません。冬や春先は少ないけどこの時期からシーズンに掛けては多い日に100名以上が協力してくれます。ただ、問題は集めたゴミをどう処理するかなんです、いつも協力してくれてるサーファーも駐車場の集積場に集めたあの膨大な量のゴミをどうやって処理してるのか知らない人が殆どでしょう、今井くんやその友人達が地元の役場と交渉し、本当は休日に閉鎖しているゴミ処理場を開けてもらって、ビーチから軽トラックに載せてそこまで運び、自分達で降ろして処分しています、ゴミの多い時にはそれが2往復になる場合も有ります。どうかビーチクリーン参加の方々はこういった裏方の苦労もぜひとも理解して頂きたい。同じサーファーならば綺麗なビーチ綺麗な駐車場を使いたいのは当然だし、そうあるべきだと思います、そのためには漂流ゴミはどうしようも無いけど、せめてビーチにサーファーのゴミが有ったり、駐車場にゴミを捨てるような事の無いように、また普段でも気が付いたら少しでも拾って持ち帰るようにしましょう。もしビーチクリーンで軽トラの近辺にいる今井くんを見かけたらぜひ一声掛けてあげて下さいね。現在の駐車場は以前のゴミだらけが嘘のように良い状況が続いています、どうか皆でこれを守ろうではありませんか。

April 30, 2004

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May 18, 2020

最新のガイドライン

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A.S.P. WLT 2009 YUMEYA presents Oxbow WLT in Tahara

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日本で初の開催となった世界大会が今 そのベールを脱いだ…!!アグレッシブでありながら 流れるようなスタイル&フローは必見!!世界最高峰のロングボード・イベント、WLTが遂に日本初上陸!本戦への出場を賭けたジャパン・トライアル、そしてパーフェクト・コンディションで迎えた本戦ラウンドの模様は、メディアを通じて世界中を熱狂させ、ロングボードが持つ驚異的な潜在能力を披露した!華麗なノーズライドと流れるようなターン、絶妙なボード・コントロールを繰出す世界TOP達の実力と美しいスタイルは、あらゆるロングボーダーに刺激を与え、次のステップへ誘う理想的な道標となるだろう。ASP TOUR ヘッドジャッジ、ペリー・ハチェット氏が語る貴重なロングボードの世界ジャッジ基準も必見・必聴! 特典映像にはオルタナティブ・ボードファンも必見のティームチャレンジとスーパーセッションの模様も!充実の内容とハイクオリティ・サウンドを盛込み、高い完成度が光る優秀作!!
★全ヒート・リザルト表の特典付き! ★本戦全スコア表示! 
SURFERS: テイラー・ジェンセン、ボンガ・パーキンス、 ハーリー・イングルビー、アントワーヌ・デルペロ、デュエイン・デ・ソート、真木蔵人、デヴィッド木下、森大騎、 尾頭信弘、ユージン・ティール、…and many more!
≪見逃せない特典映像が2つも!≫
■Team Challenge(ティーム・チャレンジ)
異種格闘技 !? 話題のスタンドアップパドルや、普段は見られないロングボーダー達のショートボードの演技も巧い!
■EXPRESSION SESSION(スーパー・セッション)
ベスト・ノーズライド賞とベスト・マニューバー賞を競う 特別試合の模様もボーナス収録!好(珍)演技が続出!
■再生時間 約67分(本編54分+ボーナス他13分)  
■価格4,935円(税込)■発売日 2009.10.24
■問合わせ先      
(株)マニューバーライン 東京:03-5245-3113/3114 大阪:06-6609-0035/0036 神奈川:0467-72-6226/6181

November 16, 2009

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Cowabunga

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Cowabunga
All-purpose declaration of stoke and enthusiasm,popular in the ’50s and early’60.
Chief Thunderthud,a character on NBC’s popular children’s program The Howdy Doody Show, used the made-up expression “Kawabounga” to voice frustration and surprise;Surfers borrowed it, changed the spelling and pronunciation slightly, and made it their Own. The entertainment world later took the word back; Snoopy of “Peanuts” fame shouts “Cowabunga!” to himself as he shoots the curl in a 1965 panel, trying to impress an unseen “beach-beagle”; the word was also used by Bart Simpson, the Teenage Mutant Ninja Turtles, and as a tag line for Lilo and stitch, a 2002 Disney animated movie. Sometimes spelled”kowabunga”
伊良湖WLTでナットヤングファミリーをビーチハウスへご招待したときにふすまにサインしてもらった中で「Cowabunga」という意味が良く判らなかった。今回NALUの取材のときにお願いして写真を撮ってもらい意味を調べて欲しいとお願いしてあったんだけど、編集部から「サーフィン辞書」に見つかったと連絡を頂けた。どうやら60年代初頭にサーファーの間で流行ったスラングのようだ、意味的には「やった~!」とか「ばんざ~い!」といった感じのようでリック・グリフィンの漫画なんかにも出てくる言葉みたいとのこと。まあ本能的に思ってた意味と同じだったのでホッとした。一度皆で叫んでみようかな。

December 11, 2009

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2009 ASP WLT TAHARA Japan トライアル

October 06, 2009

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May 17, 2020

緊急事態宣言の一部解除を受けて ~全日本選手権の開催について~

   毎年8月に予定している全日本選手権大会ですが、今年度は新型コロナウイルスの影響を鑑み、開催地とも協議を重ねた結果、誠に残念ながら開催を断念させていただきます。

 全国支部の皆さまには支部予選の準備など、大変ご迷惑をおかけして居りましたが、今年度は今まで通りの全日本開催は不可能であるとの判断に至りましたので、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

 開催地の田原市からは、2021年度、コロナが終息したらぜひ開催をとの打診を受けております。皆さまが安全に大会に臨めるよう、感染防止策踏まえた新たな全日本に向け対応を検討して参りますので、今後も何卒、ご協力とご支援をお願い申し上げます。

 日本サーフィン連盟

 

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テレビ神奈川

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先日東海テレビで放映されたWLTの番組が今月末にテレビ神奈川で放映されることが決定しました。しかも何と日曜日夜7時からの1時間という超ゴールデンタイムです、湘南のサーファーの皆さんぜひ見逃さないようチェックお願いします。
『サーファーの頂点へ 2009 ASP YUMEYA presents Oxbow WLT in TAHARA』
愛知県田原市赤羽海岸、ここは日本屈指のサーフィンのスポット。この場所で7月27日(月)~8月2日(日)の期間で、日本で初開催となったロングボードの世界選手権、WLT ワールドロングボードツアーが開催された。波のコンディションにも恵まれたこの大会。番組では世界中から集まったトッププロ32名による華麗なライディングシーンを余すところ無くお伝えします。また、あの伝説のサーファー、ナット・ヤングと俳優で趣味がサーフィンの山本太郎のトークなども必見です!
出演 ゲスト/ナレーション:山本太郎、コメンテーター:尾頭信弘(プロサーファー)、インタビューアー:古市陽子(プロサーファー)、MC:三浦茉莉(東海テレビアナウンサー)
放送は
テレビ神奈川
10月25日(日) 19:00~19:55

October 06, 2009

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尾頭信弘

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WLTジャパントライアルを勝ち抜き本戦に出場した尾頭プロは今回の番組でも解説を勤めてくれました、その収録のために先週名古屋に来て一緒に飲んだんですが、何と翌日にはそのまま車で宮崎へ行ってしまった、現地から「頭半くらいですよ~」と連絡もらったけど16時間も掛けて行けんでしょ。昨日の連絡では宮崎の波も下がってようで今日は伊良湖へ来るかもしれない、でも波悪いんだよな~、さてどうしましょ。

September 02, 2009

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WLT

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結局WLTの番組は大型テレビのハードとブルーレイレコーダーに録画して何度も何度も見直しております。選手のライディングには得点も出るのでジャッジの勉強にも最適です、このレベルの選手だと当然のように全員が上手いのでジャッジは大変な仕事になるんでしょうが要は「グッド」なのか「エクセレント」なのかをしっかり見極めることですね、そうするとおのずから結論が出てきます、一度右下に出る得点を隠して自己採点と比較してみませんか?

September 02, 2009

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『サーファーの頂点へ 2009 ASP YUMEYA presents Oxbow WLT in TAHARA』

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皆さんは昨夜見ましたか?僕は一旦寝たあと目覚ましで5分前に起きてちゃんと見ましたよ。残念ながらロコでやったジャパントライアルは波もいまいちだし水も相当いまいちでしたね、R1のヒート10までのロンビもいまいちだったけど目の前で見て一発で心を奪われてしまったデルベロの9.5ライディングが見れて大満足。、ファイナル当日のロングビーチはまさに100点満点だね、波は良いし水もきれいで言うことなし、やっぱサーフィン映像は波次第ってことが証明された1時間でした、R2からすべてのライディングがカバーされた今回の番組はまさに世界に通じる伊良湖の波を知らしめるこれ以上ない機会になったはずです、ロングビーチが外人で溢れ返る日は近いかもね。

September 01, 2009

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山本太郎

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月曜日深夜に放送される今回のWLT番組でホスト役を務めてくれたのは昨年のWQSに続いて山本太郎でした、何とWLT最終日のエキジビションには突如として飛び入り参加するほどのサーファーですが、今回は意外な場面での登場となるのでお楽しみに。尚本日はWLTの技術面解説者としてASP JAPANチャンピオンの尾頭プロが東海テレビに入り録音中とのこと、出来上がりが楽しみです。

August 28, 2009

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『サーファーの頂点へ 2009 ASP YUMEYA presents Oxbow WLT in TAHARA』

Tv

先日伊良湖で開催されたWLTの1時間番組がいよいよ放送が決定しました。日本で始めて開催されたロングボードの世界選手権、目の前で見る世界のトップサーファーのライディングはまさに想像を絶するものでした。最近のASPではジャッジ基準にショートとロングの違いはまったくありません、まさにショートもロングもサーフィンそのものなんです。今回ロングビーチの素晴らしい波で開催されたファイナルをご覧になれば一目瞭然!ぜひ大勢のサーファーの皆さんに見て頂きたい番組です。深夜ではありますがぜひとも高視聴率を挙げて次回に繋がるようにしたいものです。
『サーファーの頂点へ 2009 ASP YUMEYA presents Oxbow WLT in TAHARA』
愛知県田原市赤羽海岸、日本屈指のサーフィンのスポット。ここでロングボードの世界選手権、WLT・ワールドロングボードツアーが開催された。伝説のサーファーも登場する
放送は
東海テレビ 1ch
8月31日(月)深夜 0:45~1:45

August 26, 2009

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Nat young

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お嬢さんが出たからというわけじゃありませんが、今回のWLT開催中のお写真です、ロコポイントでもロングビーチでも何度も海に入ってくれてました。ボードはBicのシグネチャーモデル、スタイリッシュなドロップニーは健在でファンを喜ばせてくれました。残念なのはTVクルーからロングビーチで一緒に入るよう言われたんだけど私はお疲れピークで入れなかったことかな。ビーチでは実に気さくで紳士そのもの、大勢のサーファーがサインをもらったり、一緒に写真を撮ったりしてましたよね。でも僕は知っているのだ、彼の真実はこの3枚目にあるのだよ、いやー只今61歳、お元気真っ盛りのサーファーそのもので最高でしょ。

August 13, 2009

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WLT

Rizalt

ASPから今回のWLTリザルトが届きました、これで今回のWLTは全て終了です。後は8月31日深夜放送の東海テレビをお楽しみください。

August 13, 2009

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NAVA YOUNG

Nava

NatYoungのお嬢さん NavaYoungから彼女のCDを頂きました。何とも育ちの良い感じが出てる海をイメージしたラブソングかな、でもビックリするのは歌ってるだけじゃなくて全部が彼女の作詞だし、ギターも弾いてるそうですよ、ロングビーチで見たサーフィンも上手かったし、ビキニも素敵だったし・・・まったく神様は彼女の味方なのね。

August 13, 2009

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SURF MEDI@

Surfmedia

今回のWLTで毎日プレスリリースを送って頂いていながら、発信人の「つのだゆき」って人を知らなかった私。つのだひろのご親戚かと思ってましたが、とんでもなかったねSURF MEDI@に「yuki's diary」を書いてるflow編集長でした、多分何年か前マリブでWCTが有った時の記者会見でお会いしてるかな?今回のWLTに関するdiaryを拝見しましたが、今回のWLTに対する指摘がまさに正論で拍手したくなりました。あのファイナルをビーチの一番前で見ていた自分がその時どんなに幸せを感じていたか、正に同じ気持ちを文章で表してくれてます。またWLTの選手のイメージに関しても僕が感じたものと同じだったようです。いかにWLTの選手が他の一流スポーツ選手と同じ立派なアスリートであるのかをあの時目に前で感じた人は多かったと信じてます。自称なんたらというサーファーの風上にもおけないやつに爪の垢でも飲ませてやりたいもんだ。ぜひともこの機会にSURFMEDI@へ言って右下にある「yuki's diary」を読んでみてください。くどいようですが絶対にお勧めします。  http://www.surfmedia-tk.co.jp/

August 10, 2009

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May 16, 2020

愛知県の緊急事態措置の継続を受けた田原市長メッセージ(5月15日)

田原市民および田原市を訪れる皆様へ

国は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、全都道府県に発出していた緊急事態宣言の対象区域について、「特定警戒都道府県」に位置づけた愛知県を含む39県を5月14日に解除しました。

しかしながら、愛知県では、引き続き感染防止対策の実施が必要であることから、独自の緊急事態宣言の期間とした5月31日まで緊急事態措置を継続することとしました。

見えないウイルスとの闘いは終わった訳ではなく、感染の再拡大が危惧されています。田原市民の皆様におかれましては、今後も気を緩めることなく不要不急の外出はお控えいただくとともに、国の専門者会議で示された「新しい生活様式」を日々の暮らしの中で実践していただくようお願いいたします。

また、田原市を訪れる皆様におかれましては、今しばらく本市への来訪を極力お控えいただくようご協力をお願いいたします。

田原市においては、感染の動向に注視しつつ、国が示した感染症対策の基本的対処方針や県の方針等を踏まえ、感染リスクの低い市の屋外施設から利用を再開します。また、屋内施設は、感染防止措置を図った上で段階的に再開していきたいと考えております。

新型コロナウイルスは、社会・経済活動のあらゆる分野に影響を及ぼしています。本市では、引き続き感染防止に取り組むとともに、社会・経済活動が1日も早く活力を取り戻すために、必要な支援をしっかり行ってまいります。

あらためて皆様方のご理解とご協力をお願い申し上げます。

令和2年5月15日
田原市長 山下 政良

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ホッ・・・

Hoooo

このWLTの選手はゼブラボードを売りたがってたんだけど体重があるせいか中々上手く決まらなくて可哀想だった、最終日に会えると思ったら来なくて余計心配したんだけど、何と土曜のロコポイントでこのボード乗ってるサーファーが居たんで思わず聞いちゃった、やっぱ彼から買ったんだそうだ、良かった良かった。

August 10, 2009

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一週間

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まったく時間が経つのは早いもんですね、アッという間に1週間が過ぎちゃいました。ちょうど先週の金曜日ビーチハウスにナット・ヤングファミリーをお招きした夕食時の画像です。WLTにも出場したブライス・ヤングは大会前からどうもギックリ腰の用で具合が悪く、この日もファイナルが終わっていたにも関わらず腰が痛くて来られませんでした。ブライスの替わりにお嬢さんのボーイフレンドで同じくWLTに出場したテイラー・ジェンセンが来てくれました。何だか最初は緊張して正座してたくらいですが話をするうち打ち解けてすぐにビールの飲み合いになっちゃいましたが、聞いてみたら以前はカリフォルニアにいて現在はオーストラリア在住、しかもですよUSAチャンピオン3回、USオープンチャンピオン2回、2009オーストラリアチャンピオンというとんでもないサーファーでした。この日は「大松屋」さんから届いた甘エビや手羽先に加え、写真にも登場している松っあんの力作料理が山ほど並んで大宴会となりました。途中から飛び入りした山本太郎もサーファーらしい態度で良い感じでしたよ。この晩の模様は31日に放送される東海テレビの番組にも登場の予定なので楽しみにしてください。

August 07, 2009

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COWABUNGA!!

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「COWABUNGA!!」って知ってましたか?先日ナットヤングファミリーがビーチハウスに来てくれて興が乗って何と古い襖にサインもらったんですが、その中にCOWABUNGAがあって、初めての言葉なんで聞いてみたら何でもオージーサーファーの合言葉なんだそうです、ハングテンの時に両手を高く上げたスタイルが牛の角に似ているからとか?詳しく知ってる人がいたら教えてね。結局この晩は最後の〆に皆でCOWABUNGAと合言葉で合唱しちゃいましたがな。

August 06, 2009

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WLT

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2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLTイン田原大会リリース
8月2日 日曜日

最終日の今日は朝10時半から、メイン会場の赤羽根西海岸、ロコポイントで世界のトップ選手たちによるエクスプレッションセッションが行われた。天候は試合が始まってすぐに回復し、青空の中でのエクスプレッションセッションとなったが、オンショアの風が強く、波は風波の1メートルぐらいの高さといった感じで、いくら世界のトップ選手たちでも、この波でどんなパフォーマンスが出来るのだろう、と少々不安になった。が、しかしそれは取り越し苦労。さすが世界トップレベルのロングボーダーたちだ。彼らが乗ると波も数倍よく見える、といった感じの素晴らしいライディングが繰り広げられた。ロングボードでのエアー、きわどいオフザリップ、スピードのあるカットバック、長いノーズライディングなど、集まった多くのギャラリーたちはその最先端の技に唖然とするばかりだった。
参加したのは11人の選手たち。
第1ヒート
トニー・シルバニ(USA)
デーン・ピオリ(オーストラリア)
レミ・アロウゾ(フランス)
ジャレド・ニール(オーストラリア)
アントワーヌ・デルペロ(フランス)
サム・ブレークリー(イギリス)
第2ヒート
テイラー・ジェンセン(USA)
アレクシー・デニエル(フランス)
ベン・スキナー(イギリス)
ハーレー・イングレビー(オーストラリア)
コリン・マクフィリップス(USA)
各ヒート30分でベストマニューバーひとり、ベストノーズライディングひとりがファイナルに進出する。ファイナルでもベストマニューバー、ベストノーズライディングに賞金各5万円が贈られる。
第1ヒートのベストマニューバーはアントワーヌ・デルペロ(フランス)、 ベストノーズライディングがトニー・シルバニ(USA)。
第2ヒートではベストマニューバーが本大会での優勝者ハーレー・イングレビー(オーストラリア)、ベストノーズライディングがコリン・マクフィリップス(USA)だった。
続いてこの4名で行われたファイナルでは、各選手とも素晴らしいパフォーマンスを見せ、ギャラリーをおおいに沸かせたが、エアーや迫力のあるリップを見せたアントワーヌ・デルベロがベストマニューバー賞を獲得。また、何度も何度も長いスタイリッシュなノーズライディングを見せたトニー・シルバニがベストノーズライディング賞を獲得した。2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLT(ワールドロングボードツアー)イン田原の大会の模様は、東海テレビで8月31日深夜、24時25分から25時25分に放送される予定だ。イベントを見逃した方はこちらのテレビ放映でどうぞ。

2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLTイン田原実行委員会
つのだゆき

August 04, 2009

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May 14, 2020

新しいガイドライン

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国の緊急事態宣言は東海3県ともに解除されましたが、愛知県の大村秀章知事は、14日午後、愛知県独自の緊急事態宣言は5月末まで継続することを明らかにしました。


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伊良湖 - 狂熱の4日間 〈2018 ISAアーバンリサーチ世界選手権〉ISA WORLD SURFING GAMES 2018 in Japan

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WLT

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2009年8月1日 土曜日
2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLTイン田原大会リリース

2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLTイン田原の本大会は木曜日に終了し、オーストラリアのハーレー・イングレビー選手の優勝で幕を閉じたが、本日、そして明日にもメイン会場の赤羽根西海岸、ロコポイントではさまざまなイベントが繰り広げられている。まずは10時30分から始まった世界のトップ選手たちによる、賞金1000ドルをかけたチームチャレンジ戦。3人1チームで、得意のロングボードで出場できるのはひとりだけ。後のふたりの選手はロングボード以外のサーフギアで出場しなければならない。ショートボード、パドルボード、ボディボード、アライアなど、選手たちは思い思いに、いつもとは違った道具を手にし、それでも驚きのパフォーマンスを繰り広げてくれた。30分ヒートで、同時に海に入れるのは各チームひとり。各人のベストウエイブ1本で、計3本をカウントする。最初の選手がいいライディングをするのに時間を取れば、後の選手たちの時間がなくなっていくので、その辺の交代のタイミングも勝敗に影響するというわけだ。参加したのは以下の6チーム。
●チームオーストラリア
ジャレド・ニール/ハーレー・イングレビー/デーン・ピオリ
●チームインターナショナル
ロメイン・モーリン(フランス)/トニー・シルバニ(USA)/アマロ・マトス(ブラジル)
●チームブラジル
カルロス・バイヤ/エデュアルド・バジェー/アレックス・サラザー
●チームフランス
アレクシー・デニエル“ププーテ”/レミ・アロウゾ“ショーン”/アントワーヌ・デルペロ“デラペロ”
●チームオックスボー1
ベン・スキナー(イギリス)/デュエイン・デ・ソト(ハワイ)/コリン・マクフィリップス(USA)
●チームオックスボー2
テイラー・ジェンセン(USA)/マシュー・モイヤー(南アフリカ)/ブライス・ヤング(USA)
天候はおおむね曇り。時折雨がぱらついたり、晴れ間が見えたりと不安定な空模様。波のサイズは1メートル前後、風はサイドオンショアで、最高のコンディションとはいえないながらも、そこはさすがの世界レベルの選手たち。得意のロングボードばかりでなく、フィンのついていないオリジナルスタイルの、ただの木の板といった感じのボード、アライア、オールで操るパドルボード、ボディボード、ショートボードとそれぞれを器用にこなし。本当に世界のトップ選手たちは波を操る、という意味でのサーフィンがうまいなぁ、とギャラリーを感心させた。特にショートボードはプロはだしのテクニック。今のロングボードで世界のトップシーンに君臨するには、ショートボードのテクニックも必須なだけに、選手たちのショートボードでのパフォーマンスは素晴らしかった。優勝したのはチームインターナショナルの面々。表彰式では本当に嬉しそうだった。2位はチームブラジル、3位がチームオックスボー1。その後にはボディボード教室、ビーチクリーン、スイカ割りなども行われ、天候しだいだが夕方からは商工会、カード組合等による夜店も出て、フラダンス、ビーチライブ、花火大会などのイベントも予定されている。明日日曜日も同じメイン会場の赤羽根西海岸、ロコポイントで10時から世界のトップ選手たちによるエクスプレッションセッションやその他のイベントが行われる予定だ。

2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLTイン田原実行委員会
つのだゆき

August 04, 2009

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WLT

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2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLT(ワールドロングボードツアー)イン田原大会リリース

快晴の夏空と、ロングボードには最高の波(1~1.5メートル)に恵まれた大会4日目の「2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLT(ワールドロングボードツアー)イン田原」。運良く恵まれた最高のコンディションを生かそうと、早朝7時15分から夕方までかけて、ラウンド1の第11ヒートからファイナルまで、一気にコンテストを終了した。
優勝は世界ランキング3位のオーストラリアのハーレー・イングレビー。初のワールドタイトル奪取に向けて快調なスタートを切った。ハーレーは朝からスピードと迫力のあるいいライディングを見せて目立っていたが、ラウンドが進むに連れて調子を上げていった感じで、セミファイナル、ファイナルともまったく危なげなくセットのいい波をつかみ、8点台のハイポイントを簡単に出し、優勝した。惜しくも2位になったのは、デュエイン・デ・ソト(ハワイ)。ワールドチャンピオンのボンガ・パーキンス(ハワイ)をセミファイナルで破ってのファイナル進出だった。ファイナルではなかなかリズムがつかめずに2位になったが、ランキング13位のデュエインにすれば大金星といえよう。優勝候補の筆頭だったワールドチャンピオンのボンガ・パーキンスはセミファイナルでデュエインにいきなり8.50のハイポイントでリードを奪われ、中盤にも7.10ポイントをマークされて、逆転には8点代後半のポイントが必要となった。追い込まれたヒート後半は波が思うように入らず、それまでのボンガの安定感を覆すようなワイプアウトも目立ち、ツアー初戦を3位で終わった。もうひとり、今日朝からずっと快調だったフィル・ラズマン(ブラジル)は、ラウンド2で9.10のハイポイントも出していたが、セミファイナルではボンガと同じように対戦相手のハーレー・イングレビーに先行され、焦りからかワイプアウトが目立ち、3位にとどまった。今シーズンのWLTは、この日本と次のモルディブの2試合しか行われないため、この日本での成績はワールドタイトルに直接影響する大事な試合。今日上位に入った選手たちは今シーズンのタイトル争いにガッチリ食い込んだといえる。さて、2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLTイン田原大会は本日で終了したが、週末には数々のイベントがメイン会場のロコポイントで行われるし、出場選手たちによるチームチャレンジやエクスプレッションセッションなども、賞金をかけて行われることになっている。今日の観戦を逃した人も、土曜日、日曜日にロコポイントを訪れれば、世界最高峰のロングボードパフォーマンスを目に出来る。試合はすでに終わり、選手たちもリラックスしているので、より彼らを身近に感じられることと思うので、ぜひ会場に足を運んで欲しい。サンセットライブ、花火、スーパーセッション等の詳細は明日のリリースで。

2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLTイン田原実行委員会
つのだゆき

August 04, 2009

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May 13, 2020

This is JAPAN -外伝- Reboot Trilogy -section1-

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WLT

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2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLT(ワールドロングボードツアー)イン田原大会リリース

昨日まで雨と風に悩まされた「2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLT(ワールドロングボードツアー)イン田原」。大会4日目の今日は朝のうちこそ曇りがちだったものの、昼前には日差しが見え始め、午後からは青空が広がり、気温もうなぎのぼり。真夏の暑さを思わせる天候に恵まれた。風も弱い南風で、コンテスト会場のロングビーチではサイドオフショアにあたり、サーフィンにはいい風向き。波もサイズアップし、朝から1~1.5メートルの高さの波という、ロングボードのコンテストには絶好のコンディションになった。早朝7時15分から昨日ののこり、ラウンドワンの第11ヒートからスタート。続けてラウンド2の8ヒート、クオーターファイナル、そして出来ればファイナルまでを今日終わらせたいという選手と運営側の意向で、この先も長い一日になりそうだ。ラウンド2までの間で好調そうなのは安定した強さを見せている上位陣。ワールドチャンピオンのボンガ・パーキンス(ハワイ)はラウンド2でのオープニングライドが10点満点で8ポイントというハイポイント、その後のバックアップライドも5.75とスピードもテクニックもさすがの世界一というライディングを見せた。もうひとりラウンド2でハイポイントを出して目立っていたのが、世界7位のフィル・ラズマン(ブラジル)。スピードのあるマニューバーとスタイリッシュなノーズライディングの組み合わせで9.10のハイポイントをマーク、バックアップライドの2本目も7.00と好調ぶりをアピールした。対戦相手のテイラー・ジャンセン(アメリカ)も残り時間2分のところで8.65のハイポイントライドを見せ、その差をぐんと詰めるが、残念ながらここで時間切れ。ハイレベルなクロスヒートを逃してしまった。
本日夕方、ファイナル終了後に本日の最終リリースと、今後の週末にかけてのイベント日程をお送りします。
2009A.S.P.夢屋プレゼンツ・オックスボーWLTイン田原実行委員会
つのだゆき

August 04, 2009

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WLTスーパーセッション

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8月1日(土)にロコポイントで開催されたWLTスーパーセッションの模様が北村写真館BBSにアップ始まりました。たしかこの日はチームチャレンジでロング・ショート・パドルと何でもありの正にスーパーセッションそのもの。WLTのトップサーファーというものがいかに優れたサーファーなのかをはっきりと見せ付けた一日です。 撮影 北村守

August 04, 2009

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WLT

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ロコポイント、田原市、愛知県
(2009年 7月30日 木曜日)
「YUMEYA presents Oxbow WLT in Tahara」の3日目は、昨日とは一転し、クラッシックなスーパーコンディションとなった。軽いオフショアが吹く伊良湖ロングビーチは3から4フィートの完璧なウネリがモバイル体制で設営されたイベント会場の正面にAフレームでブレイクし、7時ファーストコール7:15スタートという異例の速さでスタートした。 パーフェクトな波にアプローチする世界最高峰のロングボーダー達は、昨日までの雨とオンショアのコンディションに打って変わって、水を得た魚のように各々の最高なパフォーマンスを披露した。潮の干満やウネリの強弱が心配されたが終始力強い波と完璧なまでの風が大会会場を包み込み田原地域独特な真夏のイベントを1日中保ち続けた。 ラウンド1の残された11ヒートから16が順調に執り行われ。2003年から3年連続世界チャンピオンの座に輝いたコリン・マックフィリップ(アメリカ合衆国)がお手本どおりの完璧な試合運びで順当にラウンド2へ進み最高のお膳立てとなったステージで世界チャンピオン争いの第1幕がいよいよ本格化した。 選手、運営全ての意見が全員一致し、このコンディションのもとファイナルまで全てを行なうことがこの時点で決定していた。 ラウンド2は8ヒートがセットされ、マンオンマントーナメント上組にブラジルとハワイの選手が集中し、下組にはオーストラリア、アメリカ、ヨーロッパの選手が集中する展開となった。 1ヒートには、ブラジルのエドゥラド・バジェVSアマロ・マトスの戦いは自国ブラジルで新旧世代の戦いと成り若手のバジェがベテラン、マトスを完全に上回るスピードとコンビネーションでクォ-ターファイナルに勝ち上がった。 第3ヒートではハワイの中堅所、キーガン・エドワーズが若手ハワイアン、ネッド・スノーと対戦しエドワーズが次のクォーターに勝ち上がった。第5ヒートにはヨーロッパ勢同士が戦う展開となりフランナンバー1で昨年の世界ランキング2位のアントワー・デルペロ対イギリスのナンバー1ベン・スキナーが対戦しフランスのデルペロに軍配が上る。 第7ヒートではオーストラリア同士の対戦となり若手有望核でレジェンドナット・ヤングの息子であるブライス・ヤングがダークホース的存在のハーレー・イングルビーと対戦したがハーレーがその底力の深さを見せ付けられこの時点で敗退してしまった。 朝から潮の変化が大きく変わらない状態で引き続き入り続けるパーフェクトな波の状態でクォーターファイナルに突入した。 クォーターファイナルからは30分ヒートとなり第1ヒートには、共にOXBOWのティームライダーを務めるブラジルのバジェとハワイのデ・ソトがお互いにパワーサーフィンを繰り広げ、トータルスコアをバジェが10.50に対し、デ・ソトは13.50としドゥエイン・デソトがベスト4に一番乗りした。 第2ヒートはハワイアン同士の対戦が続き、昨年の世界チャンピオンボンガ・パーキンスが後輩のキーガン・エドワーズと対戦しボンガの貫禄が再びキーガンの進出を阻む展開となり、ボンガのベスト4入りを難なく許してしまう。 第3ヒートはフランスの若手アントワン・デルペロとブラジルの元世界チャンピオン、フィル・ラズマンの戦いとなった。ラウンド1からアントワンの勢いは悠長候補とささやかれていたが、14.25を出したラズマンのパワフルなサーフィンに対し、どこか制裁が魅されなかったアントワンは12.40と言う結果ではいたいとなった。 第4ヒートはダークホース的存在でここまで勝ち上がってきたハーレーが過去3回の世界チャンピオン、コリン・マックフィリップと対戦しコリンの世界制覇を15.30対12.00で降した。 セミファイナル第1ヒートは強力なハワイアン2名が相対し、世界タイトル防衛をかけたボンガとWLT初タイトルを狙うドゥエインの戦いとなり前半から高得点を仕掛け終始リードしたドゥエインに対しプライオリティーでよい波を待ち続けたボンガだが、不運にイベントを通して最も波数が少ない時間帯にはまり、ドゥエインの先制攻撃に完敗し15.60対12.75でボンガは3位に甘んじた。 第2ヒートはブラジルのフィル・ラズマンとオーストラリアのハーレー・イングルビーの熾烈な戦いが繰り広げられた。お互いに自国の名誉をかけて戦う2人に再び波が入り始め見事なまでにブレイクするレフトの波をどちらが過激にアプローチするかと言う持久戦がモノを言った。どちらも譲らない展開は16.50のハーレーに対し13.50のフィルとなりこの戦いはハーレーに軍配が上りダークホースのハーレーが念願のファイナルに進出した。 決勝に相応しい完璧なレフトがブレイクを続けファイナルのステージは申し分ないお膳立てとなった。ヒートがスターして直ぐに仕掛けたのはドゥエインだが高得点に結びつくライディングが出せず3本の波で十分な派フィーマンスが得られない中、セットの数が少なくなるなかじっくりと一番良い波を待ちハーレーはが高得点をたたき出した。 終始落ち着いた試合運びを心がけ安定したライディングを披露したハーレー・イングルビーのファイナルポイントは、14.75となり11.75で応戦したドゥエイン・デソトの追撃をしっかり抑えうれしい優勝と共に第2戦のモルジブに向けて世界チャンピオンに王手をかけた。
YUMEYA Oxbow WLT in TAHARAのファイナルの結果:
1.Harley Ingleby(Australia)
2.Duane Desoto(Hawaii)
3.Bonga Perkins(Hawaii)
 Phill Rajzman(Brazil)
※ASP ジャパンの公式ホームページwww.aspjapantour.com は世界のプロサーフィンに関するニュースのほかに日本向けだけの新しいプロサーフィンニュースも日々更新しています!日本語の大会速報は www.surfmedia-tk.co.jp からもプロサーフィンを見る事が出来ます。

August 02, 2009

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夢の跡

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WLTの日程は全てが終了し、ロコポイントでは会場の撤去が粛々と進んでいます、昨夜のイベントで沖縄ライブのタンスに飛び入りし一躍有名人となった警備員のおじさんも多少お疲れ気味のご様子なり、ちなみに只今彼女募集中だそうなのでよろしくね。WLT会期中会場に足を運んでくださった多くの皆さん、またこのblogの愛読者の皆さんありがとう!

August 02, 2009

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ピーカン

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ロコポイントはやっと晴れてきました、海ではサイドでジャンクな波がまるでパーフェクトに見えるほど素晴らしい演技が続いています、スーパーセッションはお昼過ぎに終わりそうです。

August 02, 2009

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WLT

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WLTスーパーセッションは10時半からスタートします。

August 02, 2009

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WLT

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ASPのルールブックと言われる世界のヘッドジャッジ、ペリーと今回のWLTコンテストディレクター加藤さんのご挨拶。WLTとしてはベストの波で行われた今回のWLTは大成功と言われオクスボウも絶賛しているとの事、世界中に配信された今回の映像で伊良湖の波が知れ渡り大変な反響を呼ぶことになると思います。夕方のイベントに引き続いて花火大会が行われたんですが、何と花火が終わった直後からどしゃ降りの雨になりました、様々な奇跡に見舞われた今回のWLTはまさに夢の大会です、この分だと明日もまた何か起きそうな予感!

August 01, 2009

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May 12, 2020

Stay Home

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サーフィン自粛中でずっと家にいるので、気分を変えて今日はお庭でBBQ、海では時々やってたけど自宅でやるのは何年ぶりかな⁉️

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WLT

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ファイナル終了後はビーチクリーン・スクール・夜店・フラダンス・ライブ・選手交流会・花火とイベントが続きます。

August 01, 2009

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チームチャレンジ

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ロコポイントはサイド強め、セットは胸肩、間もなくファイナル始まります、ロングボード・ショートボード・パドルボード・ブギーボード・アライヤと何でもありで楽しい!

August 01, 2009

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Sale

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凄い光景だよ。

August 01, 2009

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チームチャレンジ

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雨の中スタートしました!

August 01, 2009

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WLT

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本日午前10時よりロコポイントにてWLTスーパーセッション、チームチャレンジを開催いたします!

August 01, 2009

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ロコポイント

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今朝のロコポイントは強い東風でジャンクなコンディションです、今のところ10時からチームチャレンジ開催の予定なんですがこの波は厳しいと思います。

August 01, 2009

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2-4feet

ASPからファイナルディのロングビーチの波サイズは3〜4フィートと発表されました!恐らく今まで日本で開催されたASPの大会でこれだけのサイズは何年か前マリブでやったWCT以来では無いでしょうか。今回の運営・選手全てがこの日にファイナルまでやることに同意したのは正しかったと思います。既にオクスボウのWLTサイトには当日の映像がアップされ誰もが同じ感動を分かち合えるようになっています、また今後ますます多くのメディアでこの素晴らしい波が取り上げられ伊良湖の名前が世界に知られるようになるのは間違いあるません。ここでも書きましたがたしかキャンセルされた火曜日にあれほど嘆いたのをきっと海の神様が聞いていてくれたんだと思います。さて今日からの週末にはWLT選手が参加する様々なイベントが用意されています。チームチャレンジには日本チームも参戦予定なのでぜひ会場に足を運んで生のWLTサーファーをご自分の眼で確かめてください。

August 01, 2009

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アンビリーバボーー!

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今夜はナット・ヤングファミリーがビーチハウスに来てくれました、しかも襖にサインまで、最高じゃんか、明日はナットとロコポイント入ります。

July 31, 2009

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大盛り

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大松屋の大盛り天丼にプロ二人が挑戦中!

July 31, 2009

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大正解!

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昨日の波とお天気はまさに奇跡の1日だったようで今日の伊良湖はまた逆戻りして車から出られないほどの大雨!しかも朝イチの無風は一瞬で終わりすでに南東の風で波は面もサイズもいまいち、昨日ファイナルまで消化出来て大正解です、今回のネット配信された映像も良かったみたいだし、来月東海TVで放映される番組も楽しみになりました。明日・明後日は10時からロコポイントにてチームチャレンジが行われる予定でこちらも楽しみにしてます。

July 31, 2009

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May 11, 2020

WLTチャンピオン

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日本初のWLTチャンピオンは現在世界ランキング三位のハーレー・イングレビー!おめでとう!最高の大会でした。

July 30, 2009

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WLT

Bonga_20200511071001

ボンガはセミファイナルでデュエインデソトに破れ、フィルラズマン、ハリーグレビーに破れ今からいよいよファイナル開始!

July 30, 2009

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お宝

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おやぢのボードにはWLT選手のサインが山盛り!いよいよセミファイナルに突入します。ピーカンの青空の下、ロングビーチではオーバーヘッドのグーフィーがセットで入り大会としては願ってもない最高のコンディションで嬉しい限りです。

July 30, 2009

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お疲れモード

Otukare

今回のWLTでは一応カメラ持ってたんだけど自分を撮ってる暇はなかったうえに、昨日仕事の写真撮る必要があって画像をPCに落とす際に最終日の画像消しちゃったよ!!おかげで皆さんが撮った写真をお借りするしかないかな、これも水曜日、前日キャンセルになって結構落ち込んで疲れ果ててた日で、たしかナットと一緒に海に入るようTVクルーから言われたんだけど元気がなくてパスしちゃった、写真見ても元気なナットに比べて僕はなんかボーッとしてまんな・・・・

August 05, 2009

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7.29WLT

Minato_20200511070201

これは水曜日のお昼かな?水曜組恒例の食事会で生肉やら天然うなぎやら盛りだくさんでありがとね!匂いのせいで若いプロが集まってきました。一緒に暮らしたノア・尾頭・甲太がいるところへ大騎と英治くんが参加して楽しんでます、この時点では夕方10ヒートまでやるとは誰も思ってなかったはずだけど、全員飲み物はミネラルウォーターでございました。

August 05, 2009

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WLT

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今発表されました、今日ファイナルまでやります。波は相変わらずオーバーヘッドのナイスウェーブ!

July 30, 2009

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WLT

200907301027000

ロングビーチでは西風に負けないしっかりとした東うねりが続きセットは頭〜オーバーヘッドのナイスウェーブがブレイクし続けています、選手もこの状況に答えてハイポイントが続々と出ています、この素晴らしい波が続けばこのまま一気にファイナルまで行っちゃうかもしれませんね。

July 30, 2009

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WLT

200907300951000

ロングビーチの良い波が続いているので今日はいけるとこまでやるそうです、どうなるかまったく分かりません。海では凄すぎるセッションが続きラウンド2に入りました。

July 30, 2009

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ノア

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今日の第一ヒート出場のノア・シマブクロが練習に入ります。スタートは7時15分からの予定。

July 30, 2009

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ロングビーチ

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今朝のロングビーチは無風、波は東うねりで昨日よりサイズアップ、コンスタントに肩サイズが来てますセットは頭になるかも?こりゃ今日のWLTは見応えあるよ!時間のある人はロングビーチへぜひ来てください!

July 30, 2009

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May 10, 2020

9.5

ラウンドワンの9ヒートに出場したフランスのアントワーヌ・デルペロは凄かった、対戦した尾頭プロの応援してる目の前で今日のハイポイントを出された。オンショアの波がまるでパーフェクトに見えるような素晴らしいサーフィンを見せつけてくれた、特に最後のリエントリーはエアーそのもの、これ見ただけでWLT開催の意義が有ったね、異次元のサーフィンが与える衝撃の大きさはその場にいたサーファーに素晴らしい効果を残してくれたと確信する。

July 29, 2009

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森大騎

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今からボンガと対戦します!

July 29, 2009

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WLT

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オンショアの腹上サイズながら順調にヒートが進んでいます、今日はこのまま出来る限りやるそうなので、ボンガと大騎の8ヒートまで行くかも?

July 29, 2009

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ツーショット

200907281117000

珍しい組み合わせでロングビーチに入ります。

July 28, 2009

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ロングビーチ

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ジャッジカーやテントの準備がロングビーチで整い、これでロコポイント・ロングビーチのどちらにも対応出来ます。

July 28, 2009

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ヤングファミリー

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お父さんは海の中・・・

July 28, 2009

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ナット・ヤング登場

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只今ご夫婦で伊良湖に到着、MICにてBICのナット・ヤングモデルをチューンアップしてロングビーチに入ってます。

July 28, 2009

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真木蔵人

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久々に伊良湖へ登場の蔵人ですが残念ながらトライアルSFにて敗退、情報によるとこのまま最終日まで滞在との事。

July 28, 2009

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夕方のロングビーチ

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夕方のロコポイントは正面がほとんど割れずサーファーもいないのでロングビーチに移動してみてビックリ、何故だか良い波、トイレ前から坂下にかけてセットは肩位、数本のセットに続々とWLTの選手がライディングを繰り広げる景色はとても伊良湖にいるとは思えず、一時間以上も見惚れてしまいました、この風景が必ずや伊良湖のロングボーダーに素晴らしい影響を与えてくれる事でしょう。

July 27, 2009

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ボンガ

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2008年WLTチャンピオンのボンガ・パーキンス。

July 27, 2009

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森大騎

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WLT出場を決めて古市プロと東海テレビのインタビューを受ける森大騎プロ。

July 27, 2009

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夢のツーショット!

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田原市で・・・こんなことになるとは!正に夢が現実に目の前にある!

July 27, 2009

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WLT開催記者会見

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只今から田原市市役所でWLT開催記者会見が始まります。チャンピオンのボンガと今日選ばれた尾頭が並んで緊張中、おとなりはスポンサーのオクスボウ右端は田原市副市長さんです。

July 27, 2009

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May 09, 2020

WLT

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いよいよ今朝の8時からWLTジャパントライアルが始まります、出場選手は昨日お知らせした通り、たった二名の枠を巡って日本のトッププロが戦いますのでぜひ観戦にお越しください。トライアルは午前中に終了しますので注意して下さい、午後からはWLT選手のフリーサーフィンが楽しみですよ。

July 27, 2009

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WLT Japan Trial

WLT Japan Trial

1st Call 7:30
START 8:00
H1
Miyauchi Kenji
Sakuraoka Kota
Tsujisima Tsukasa
Tsuchiya Atushi
H2
Sezutu Yuta
Maki Claude
Asumi Hironori
Ogashira Nobujiro
H3
Eugene Teal
Nabeshima Anri
Ishikawa Go
Mori Satoshi
H4
Suzuki Go
Mori Taiki
Ishzuka Akira
Sakakibara Hideki


July 26, 2009

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ナット・ヤング

Nat1

Nat2

今回のWLTにはナット・ヤングの次男ブライス・ヤングが出場しますが、今日入ったニュースではOxbowの招待でナット・ヤングファミリーが伊良湖へ登場するそうです、また楽しみが増えました。

July 24, 2009

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WLT観戦のご注意

Map

いよいよこの週末からロコポイントではWLTの会場設営準備が始まり、27日(月)のジャパントライアルから8月2日(日)のファイナルディまでの一週間、ロコポイントではまさに日本で始めて世界トップクラスのプロロングボーダーが集結し、熱戦を繰り広げることになります。またそれに従って会場近辺では様々な規制が敷かれますので観戦されるサーファーの皆さんは注意を良く理解してご協力をお願いします、特にロコポイント近辺での路上駐車は厳しく規制されますのでご注意ください。またこの週末からジャパントライアルに出場する日本人のランキング上位のプロサーファーが続々とロコポイントに登場する予定です、こちらもポイントで見かけたら協力と応援をお願いします。
ご来場者の方へのお願い
○大会期間中はロコパーク内を一方通行とさせていただきます。誘導看板、警備員の指示に従って通行してください。
○住民生活道路への進入は禁止させていただきます。
○赤羽根漁港内への駐車は指定看板の設置してある所のみです。それ以外は駐車禁止です。漁業者への配慮をお願いします。
○違法駐車厳禁。また駐車中はアイドリングストップにご協力ください。
○キャンプ、バーベキュー、車中泊は禁止となります。
シャトルバスについて
○駐車場がある赤羽根市民センターからは、8月1日(土)、8月2日(日)に限り15分もしくは30分おきにシャトルバス(無料)の運行をしております。お気軽にご利用ください。

July 23, 2009

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ワン・オン・ワン

いよいよ来週から伊良湖ロコポイントにて開催される日本で始めてのWLT(World Longboard Tours)では初日のROUND1から最終日のFINALまでその全てのヒートがワン・オン・ワン、つまり選手2人だけがポイントに入り、その2人のうち1名が勝ち上がるという普段ではあまり見ることの無いシステムになります、これは現在ASPのWTでもお馴染みなのですが、初めて見る方にはこの方式で取られるプライオリティーシステム、つまり波に対する優先権という考え方が理解出来ないかもしれません、このルールを知っていればもっともっと大会を楽しめると思うので面倒でしょうが一度このASPルールを読んでみてください。後は会場でライディング終了後すぐにその得点がアナウンスされ、何時の時点でも2名のうちどちらの選手が勝っているのかコールされるので迫力あるヒートが楽しめると思います。

プライオリティーシステム
ワン・オン・ワンヒートの場合プライオリティールールの適用が義務づけられています。日本ではまだ、一部のプロコンテストでしか使用されていませんが、試合の公正性や正確性を確保する上で重要なシステムとなっています。まず、プライオリティールールは優先権を持ったサーファーを、優先権を持たないサーファーのプレッシャーから守るためのルールで、優先権を持ったサーファーが、持たないサーファーが波に乗ることをブロックするためのルールではない事を理解して下さい。もともと、サーファー同士の過度な波の奪い合いや競い合いを無くすために作られたルールだったのですが、初期の不完全なルールでは、ヒート後半でポイントをリードしたサーファーが優先権を持つと相手のブロックにまわり、海の中や、砂浜を追いかけまわるといった醜い状態が発生し、とてもサーフィンの試合とは思えない状況でした。現在のプライオリティールールで、相手をブロックし続けることはほとんど不可能です。優先権を持ったサーファーは波のどちら方向へ進むことを選択しても絶対的な優先権を持ちますが、優先権を持たないサーファーが仮に同じ波に乗ったとしても、優先権を持つサーファーの得点を妨害しなければプライオリティーインターフェアランスとはならないからです。よく、乗るふりをして優先権を持ち続けるサーファーがいますが、優先権を持たないサーファーが波に乗ろうとする場合に、故意に妨害するためにそのサーファーの前をパドルした場合、優先権を喪失してしまいます。このように、プライオリティールールは自分の選んだ最高の波を邪魔されずに、影響されずに乗るために作られたルールで、対戦相手の選ぶ波をブロックするためにはうまく機能しないように作られています。

1) プライオリティーを得たサーファーは、波のどちらの方向へ進むことを選択しても絶対的な優先権を持ちます。もう一方のサーファーは方向または距離にかかわらず同じ波にテイクオフすることはできません。2 番目のサーファーがプライオリティーを持つサーファーと同じ波に乗ってしまい、プライオリティーを持つサーファーのスコアーを妨げなかった場合、2 番目のサーファーのその波のスコアーはゼロとなります。
2) プライオリティーを持つサーファーが選んだ波において立ち上がったら、次のサーファーはすぐにパドリングをやめ相手に進路を譲らなければなりません。もし、サーファーがプライオリティー・サーファーと同じ波でパドルを続けたり、ライディングした場合には、プライオリティーを持つサーファーの得点の妨げとならずに実行しない限りプライオリティー・インターフェアランスがコールされます。
3) ヘッド・ジャッジはプライオリティーを表すために、選手らのゼッケンの色に応じてプライオリティー・ディスクを使用します。プライオリティー・ディスクはジャッジ・ブースの横端に設置されていなければならなりません。ブイは、適切に、波がブレイクするより少し沖合いに設置され、選手は優先権を獲得するためにそのブイをパドリングにより回ります。ウェイブ・プライオリティーは選手が波に乗った時、または、波に乗ろうとしてパドリングしていたが乗り損ねたと同時に喪失します。
4) ヒート開始時に、オープニング・ウェイブが演技された後は、もう一方がヒート開始前に波に乗っていなければ、自動的に次の波の優先権が与えられます。ヒート開始前にサーファーが波に乗るような事が生じた場合には、その演技はカウントされず、もう一方のサーファーが自動的にファースト・プライオリティーを獲得します。その後は、プライオリティーを獲得するには、ブイの回りをパドルする方法しかありません。始めにブイを回ったサーファーにプライオリティーが与えられ、もう一方のサーファーがプライオリティーを獲得したい場合には、ブイの回りをパドルする事によりセカンド・プライオリティーが獲得できます。プライオリティーはヘッド・ジャッジにより権利を得たサーファーのゼッケンと同色のディスクを揚げる事により表示されます。どちらのサーファーもプライオリティーを有さない
場合には、ディスクは揚げられず、通常のインターフェアランス・ルールにより、優先権が決定されます。
5) サーファーは、パドルし始めたが波に乗り損ねただけではセカンド・プライオリティーを喪失することはありませんが、テイクオフしようとしてサーファーの手がレールを離れた場合には、そのサーファーはセカンド・プライオリティーを喪失します。
6) インサイドにいるサーファーがセカンド・プライオリティーを有し、もう一方のサーファーがパドルし始めたが波に乗らなかった場合には、インサイドにいるサーファーは自動的にファースト・プライオリティーを獲得します。その結果、そのサーファーが同様の行為を行った場合には、ファースト・プライオリティーを喪失する事になります。つまりそのときは一本の波だけで両サーファーともプライオリティーを喪失する事になります。
7) プライオリティーを有するサーファーは、他のサーファーが波に乗ろうとする場合に、故意に妨害するためにそのサーファーの前をパドルしてはなりません。これに違反した場合には、プライオリティーを喪失します。また、サーファー自身がノンパドルのテイクオフをして他のサーファーが波に乗ろうとしたのを妨害したとプライオリティー・ジャッジが見なしたときもプライオリティーを失います。
8) 大多数のジャッジが現場を目撃していない場合のみ、プライオリティー・ジャッジ、ヘッド・ジャッジ、イベント・レフリーは単独でプライオリティー・インターフェアランスをコールすることができます。
9) ヒート中にプライオリティー・ブイが規定の場所より海岸寄りに移動してしまった場合、プライオリティー・ジャッジが波の優先権を割り当てます。移動したブイがライン・アップポジションよりもパドルで30秒以上沖合い付近にある場合には、そのブイはそのヒートでそのまま使用されます。すべての場合において、ヒート終了時まで、他のブイが元の物にとって代わることはありません。
10) アロケーション・プライオリティーはライン・アップポジションに最初に到達したサーファーに与えられます。もし2 人のサーファーが同時にライン・アップポジションに到達したと思われる場合には、その前にプライオリティーを有していなかったサーファーに権利が与えられます。アロケーション・プライオリティーでは、各サーファーが次々と変わるプライオリティー・ディスクを確認する必要があります。ワン・オン・ワン制の試合では、プライオリティー・ルールが適用されない事は絶対にありません。
11) もし、プライオリティー・ジャッジにより、どちらが先にブイを回ったのかの判断が不可能な場合は、そのヒートのサーファーがどちらがプライオリティーを持っているかに同意しない限りプライオリティーは与えられません。もし双方が同意しないときは、プライオリティーは与えられず、そして1 本目の波が乗られた後の次の波はオートマティック的にもう1 人のサーファーのものとなります。
12) プライオリティーが無い場合は、通常のインターフェアランス・ルールに基づき、波の所有権が決定されます。2 人のサーファーはお互いを妨害しあわなければ、同じ波の別々の方向で演技することができます。
13) どのような状況においても、もしプライオリティー・システムが機能していない事により、議論が起きた場合は、ヘッドジャッジ、コンテスト・ディレクター、選手代表により仲裁されます。
ASPインターナショナルジャッジ 武藤恒志

July 23, 2009

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WLT

Poster

何だか知らないうちにWLTまだ後わずかとなってしまいました、27日のジャパントライアルにはASPJAPANのランキング上位のプロロングボーダーが続々とエントリーしており、見応えのあるトライアルになりそうです。28日から始まる本戦のポスターも完成し既に各所に貼られています、皆さんの応援お待ちしております。

July 10, 2009

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WLT会場決定

Wlt

いよいよ7月28日(火)~8月2日(日)まで開催されるWLTの会場がロコポイントに決定いたしました。前日の27日に開催されるジャパントライアルは16名が一日で戦う為に終日会場が規制されますが、28日からの本選では32名が6日間かけて戦う為今の所一日に行われるヒートは約2時間と予定されています。それ以外はロコポイントを使用できる予定なので世界中の選手と一緒にサーフィンが出来ちゃうかもしれませんよ。

July 06, 2009

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WLTトライアル

Wlt

7月28日から開催されるWLTに先立ち、日本人出場選手2名を決定する為のトライアルが前日の27日(月)に開催されます。
大会名:WLTジャパン地域トライアル
日時 :7月27日(早朝から11:00まで)
場所 :愛知県田原赤羽海岸(ロングビーチ)当日16人トライアルに出場可能な選手は以下の通りとなる。
ジャパントライアル選手リスト:
・Teal, Eugene(ユージン・ティール)Top 12
・Miyauchi, Kenji(宮内 謙至)Top 12
・Suzuki, Go(鈴木 剛)Top 12
・Sezutsu, Yuta(瀬筒 雄太)Top 12
・Maki, Claude(真木 蔵人)Top 12
・Kinoshita, David(木下・デビッド)Top 12
・Mori, Taiki(森 大騎)Top 12
・Nabeshima, Anri(鍋島 庵裡)Top 12
・Sakuraoka, Kota(桜岡 浩太)Top 12
・Tsujishima, Tsukasa(辻島 司)Top 12
・Ishikawa, Go(石川 剛)Top 12
・Ishizuka, Akira(石塚 晃)Top 12
・Ogashira, Nobuhiro(尾頭 信弘)ASP WILD
・地元ワイルドカード
・地元ワイルドカード
・スポンサーワイルドカード

このうち地元ワイルドカードでは
現在地元でASPランキング上位から2名
森 智史     29歳 
榊原 英基   37歳 
またスポンサーワイルドカードとして田原市サーフィン協会推薦
土屋篤司    24歳
以上3名の出場が決定しました。 このメンバーで上位2名に残る為にはは非常に厳しい戦いになることが予想されています、どうか皆さんこのトライアルの応援に出かけましょう!

July 01, 2009

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古市陽子&山本太郎

Yoko

Taro

今回のWLTではその模様が東海TVで番組となって放映される予定ですが、大会のリポーターは日本でただ一人、WLTのメインスポンサーでもあるOXBOWのサポートを受ける「古市陽子プロ」と以前WQSでもリポーターを勤めた山本太郎が決まった模様。特に古市プロは早めに伊良湖入りするようなので楽しみです。

June 18, 2009

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May 08, 2020

「YUMEYA presents Oxbow WLT in Tahara」ジャパン地域トライアル

Coreli

大会名:WLTジャパン地域トライアル
日時 :7月27日(早朝から11:00まで)
場所 :愛知県田原赤羽海岸(ロングビーチ)
ロングボードの世界最高峰ASP World Longboard Champions Tour(WLT)がいよいよ日本に発上陸。
この世界最高峰のロングボード大会は、フランスのOXBOW社が1990年からヨーロッパを基盤に開催し続けている伝統ある世界大会である。実は日本での開催は初となる。 WCTツアーが最後に日本で行われてから早や4年が経つが、このような世界大会が今年の夏やってくる。 WLTとは世界の7地域から選ばれた2人の地域チャンピオンが14人と前年度にトップ16位に入賞(9位)した選手16人に加えスポンサーシードのワイルドカード2名を加えた32人で世界チャンピオンを争う壮絶な大会である。 さて今回行われるジャパン地域トライアルは、その世界7地域の中で開催国の日本で日本在住の選手のみが参加できる特別なトライアルである。ちなみに昨年は1戦目の開催国であるフランスではヨーロッパ在住選手のみ参加できるヨーロッパトライアルが行われている。 そして第2戦はカリフォルニアで開催されノースアメリカ地域に在住している選手が参戦した。 さて気になるジャパントライアルの選抜選手は昨年のジャパンツアートップ12人とASPジャパンのワイルドカード1名、開催地(愛知県)ローカルワイルドカード2名、スポンサーワイルドカード1名の合計16人で行われる。 昨年のツアー最優秀選手(第1位)の尾頭信弘は2009年のシード登録に間に合わず、シード権を失いASPジャパンのワイルドカードから出場、したがって同率2位の宮内謙至とユージン・ティールから同率12位の石川剛と石塚晃までとなる。 仮のこの選手の中からトライアル出場希望が確認できない場合は、その次に控えるアルタネイト(補欠)の選手に順番に出場権が譲られる事となる。もちろんこの16人地域トライアルから上位2名がマインイベントの「YUMEYA presents Oxbow WLT in Tahara」のラウンド1に出場する事が出来るわけだ。
2009年のWLT第2戦はASPオーストレジアのモルジブで10月に開催される予定。
16人トライアルに出場可能な選手は以下の通りとなる。
ジャパントライアル選手リスト:
・Teal, Eugene(ユージン・ティール)Top 12
・Miyauchi, Kenji(宮内 謙至)Top 12
・Suzuki, Go(鈴木 剛)Top 12
・Sezutsu, Yuta(瀬筒 雄太)Top 12
・Maki, Claude(真木 蔵人)Top 12
・Kinoshita, David(木下・デビッド)Top 12
・Mori, Taiki(森 大騎)Top 12
・Nabeshima, Anri(鍋島 庵裡)Top 12
・Sakuraoka, Kota(桜岡 浩太)Top 12
・Tsujishima, Tsukasa(辻島 司)Top 12
・Ishikawa, Go(石川 剛)Top 12
・Ishizuka, Akira(石塚 晃)Top 12
・Ogashira, Nobuhiro(尾頭 信弘)ASP WILD
・地元ワイルドカード
・地元ワイルドカード
・スポンサーワイルドカード

アルタネイト(補欠リスト):
Asumi, Hironori(阿隅 ヒロノリ)
Ishikawa, Eiji(石川 英治)
Shinjo, Yuzuru(新城 譲)
Yanagisawa, Yuji(柳沢 雄二)
Hata, Yuji(畑 ユウジ)
Akimoto, Shohei(秋本 祥平)
Enomoto, Shinsuke(榎本 シンスケ)
Yoshikawa, Yuji(吉川 祐二)
Takahashi, Koji(高橋 コウジ)

June 18, 2009

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「YUMEYA OXBOW WLT in Tahara」が 7月28日に愛知県田原市にやってくる!!

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愛知県、田原市
(2009年 5月 8日 金曜日)
ASP WORLD TOUR、WLT 第1戦「YUMEYA OXBOW WLT in Tahara」が 5月 1日、公式発表された。
この大会はロングボードのワールドツアーにおいて頂点に立つ、世界の7つの海から選ばれた32人で争われる過酷な世界1決定戦の第1戦となる。 この由緒ある世界決定戦に招待される選手は2008年度WLT(World Longboard Tour)のトップ16人と7地域(ハワイ、ノースアメリカ、サウスアメリカ、ヨーロッパ、南アフリカ、オーストラリアジア、日本)から最優秀選手2名、そして2名のワイルドカード(OXBOWシード選手)からなる。 日本からの2名は昨年のLQSツアーの上位選手又は、今回開催のローカルトライアルで上位となった選手が選抜される予定だ。 記憶に新しい、昨年のLQSジャパンツアーで上位を独占し11月にカリフォルニアで行われた同世界決定戦で見事12年ぶりに世界チャンピオンに帰り咲いた、ボンガ・パーキンス(ハワイ)をはじめ、ベテランのアレックス・サルザー(ブラジル)やヨーロッパの若手No.1アントニ・デルペロ(フランス)、ネッド・スノー(ハワイ)、マシュー・モア(南ア)ドゥエイン・デソト(ハワイ)ら豪華な世界最高峰のロングボードスターが来日する。 ここ数年WCT(ワールド・チャンピオンズ・ツアー)も日本での開催が無い中、これだけのスーパースターが一同に集まる事は非常にまれな事でもある。オクッスボー社は第2戦を南国モルジブで開催する予定で、毎年開催地を移動しながら世界ツアーを続ける計画だ。 気になるジャパンローカルトライアルは、昨年のジャパンツアーLQSトップシード選手が参加して初日に行われる予定。
このトップシードの枠は現在OXBOW社とイベントプロモーターで協議中。なるべく多くの日本人選手が出場し大活躍し、世界の頂点を目指してほしい。今年しかお目にかかることの出来ないこの一大イベントを見逃さないように、今年の夏は田原で世界最高峰のロングボーダーを応援しよう!
大会概要
■大会名称:世界プロサーフィン田原大会ワールドロングボードツアー
 2009 A.S.P. World Longboard Tour
 夢屋プレゼンツ オックスボー WLT イン タハラ
■開催期間:2009年 7月28日(火)から 8月 2日(日)
■開催時間:8:00 - 16:00 ※コンディションによって、変更あり
■開催場所:愛知県田原市赤羽根町赤西海岸または赤羽根町大石海岸
■賞金:WLT(World Longboard Tour)US$50,000-(約¥5,000,000-)
■出場選手:WLT(World Longboard Tour)定員:32名
■公認:A.S.P. International(世界プロサーフィン連盟)
■主催:A.S.P. 田原大会実行委員会
■冠協賛:夢コーポレーション株式会社
■特別協賛:Oxbow International (フランス)
■後援:愛知県、田原市、田原市観光協会、東海テレビ放送(株)、(株)エフエム愛知 中日新聞社、中日スポーツ、ASP JAPAN
■協力:愛知サーフユニオン、田原市サーフィン協会、NSA愛知支部、flow、ナルー、オン ザ ボード、田原市商工会、波伝説(オフィシャル波・気象情報)、サーファーズ・メディカル・アソシエーション
■問合せ先:A.S.P. 田原大会実行委員会
      〒441-3502
     愛知県田原市赤羽根町明神6-3
     代表:加藤 昌高
     Tel:0531-45-4577 Fax:0531-45-4577
詳しい情報の更新は、 http://www.aspjapantour.com/ を御覧ください。
その他の問い合わせは ASP JAPAN
TEL:0466-30-2888
office@aspjapantour.com まで

ASP JAPAN

May 11, 2009

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WLT

Oxbowlogo

1985年にスタート以来、独自のボードスポーツの世界を追求してきたオックスボー。1992年に世界初のロングボード世界選手権を開催したフランスのオックスボー社は、2007年に3年のブランクを経て、ASPワールド・ロングボード・ツアー・イベント・スポンサーに復帰。昨年は2回のASP-WLTイベントを開催。その2戦の結果でASPロングボードの世界タイトルが決定された。そんな「オックスボー・ワールド・ロングボード・ツアー2009」の2戦の開催地とスケジュールが発表となり、モルディヴに加え、ついにロングボードのWCTであるWLTが日本で初めて開催されることになった。世界のベスト・ロングボーダーが7月28日〜8月2日、愛知県田原市で開催される「夢屋プレゼンツ オックスボー WLT イン タハラ」に集結する。現段階でフォーマットは48人か32人か未定。WLTのフォーマットは32人の場合で、2008年シード16人、各リージョン14人、オックスボーワイルドカードで2人となる。第2戦のモルディヴは10月26日から31日までパスタポイントにおいて開催。そこで今年のロングボード世界チャンピオンが決定する。2008年のサーキットの2つのステージは、フランスのアングレットとカリフォルニアのサンクレメンテで行われ、ボンガ・パーキンスが世界タイトルを獲得し、2位にヤング・フレンチのアントワン・デルペーロという結果になった。念願の初日本開催となったASP-WLT。ロングボードのWCTであるWLTで日本に集結するベスト・ロングボーダーたちのハイパフォーマンスをこの目に焼き付けよう。
オックスボーのオフィシャルサイト
http://www.oxboworld.com/

■大会名称:夢屋プレゼンツ オックスボー WLT イン タハラ
■開催期間 2009年7月28日(火)~ 8月2日(日)
■開催時間 8:00- 16:00 ※コンディションによって、変更あり
■開催場所:愛知県田原市赤羽根町赤西海岸または赤羽根町大石海岸
■賞金:WLT・・・・・・us$50,000-
■出場選手:WLT・・・・定員 48名(未定)
■公認: A.S.P. International  (世界プロサーフィン連盟)
■主催:A.S.P. 田原大会実行委員会
■冠協賛:夢コーポレーション株式会社
■特別協賛: Oxbow International (フランス)
■問合せ先 A.S.P. 田原大会実行委員会 Tel 0531-45-4577 Fax 0531-45-4577

サーフメディアより

May 07, 2009

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ASP World Longboard Tour 2009 とは

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今年のASPのワールドロングボードツアーはオックスボーがツアースポンサーとして2回のASP-WLTイベントを開催。2戦の結果でASPロングボードの世界タイトルが決定する事になっている。その第一戦が伊良湖で7月28日~8月2日まで開催され、最終戦は10月26日~31日、モルジブのパスタポイントで開催され、2戦の合計ポイントで世界チャンピオンが決定する。昨年も今年同様2戦が行われ、見事優勝したのはハワイのボンガ・パーキンスであった。さてそれではどういう選手がこのワールドツアーに参加出来るのだろうか。今年のレギュレーションはまだ正式に発表されていないのではっきりと断定はできないが、今のところ出場選手は32名または48名と言われている。仮に32名の場合で見るとASPのフォーマットでは2008年度ASPシード選手16名、LQS各リージョンから14名、オクスボウワイルドカード2名の合計32名となる。LQS(LongboardQualifyingSeries)とはショートのWQSと同じで世界中で行われる大会で、そのポイント上位にWLTへの出場権が与えられる、ちなみに2009年度はこのLQSは世界中で13戦開催され、そのうち3戦は日本での開催となる。つまりWLTというのは世界中のLQSという予選を勝ち上がった選手と、すでにシードされている選手の合計32名または48名という少数精鋭のトップエリートロングボーダーで争われる真の世界一を決める選手権というわけだ。ショートでは今までに日本でWCTが開催された実績はあるが、ロングボードとしては正に初の快挙となるこのWLTがまさか伊良湖で行われるとは夢じゃなかろうか?果たしてこれが今年だけなのか、それともシリーズとして続くのか、それはまさに神のみぞ知ること、今やることはまずこの会期である7月28日~8月2日に日程を空っぽにして観戦スケジュールを立てることだろう。  ASP

April 30, 2009

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速報!!!

日本で初の開催となるASP Oxbow World Longboard Tour 2009 が何と伊良湖で開催されることが決定いたしました。ロングボードのWCT(WT)といわれるこの大会は今年世界で2戦しか開催されず、その第一戦が伊良湖のロコポイントかロングビーチで行われるとは感動以外のなにものでもありません。正式名称は「YUMEYA presents Oxbow WLT in Tahara」となりASPの世界ランキング上位48名(または32名)で争うまさにエリートロングボーダーの戦いが目の前で繰り広げられることになりました!今後も判り次第最新の情報をお送りしますのでお楽しみにお待ちください。WLT

■大会名称・世界プロサーフィン田原大会ワールドロングボードツアー
2009 A.S.P. World Longboard Tour  夢屋プレゼンツ オックスボー WLT イン タハラ
■開催期間 2009年7月28日(火)~ 8月2日(日)
■開催時間 8:00- 16:00 ※コンディションによって、変更あり
■開催場所 愛知県田原市赤羽根町赤西海岸または赤羽根町大石海岸
■賞   金 WLT・・・・・・us$50,000-
■出場選手  WLT・・・・・・定員 48名
■公   認 A.S.P. International  (世界プロサーフィン連盟)
■主   催 A.S.P. 田原大会実行委員会
■冠 協賛  夢コーポレーション株式会社
■特別協賛  Oxbow International (フランス)
■後   援 愛知県、田原市、田原市観光協会、東海テレビ放送(株)、(株)エフエム愛知、中日新聞社、中日スポーツ。
■協   力 愛知サーフユニオン、田原市サーフィン協会、NSA愛知支部、flow、ナルー、オン ザ ボード、田原市商工会、波伝説(オフィシャル波・気象情報)、サーファーズ・メディカル・アソシエーション
■内   容  世界で2戦しか行われないASP公認のワールドロングボードツアー(WLT)。世界最高峰のロングボード世界プロサーフィン大会、日本では初開催。

April 28, 2009

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サーファー 石井秀明 「25年後のアジアンパラダイス」

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かつて本格サーフィン映画「アジアン・パラダイス」を制作したジャーナリスト・石井秀明が、25年ぶりの上映会に挑む姿に迫る。
日本のサーフィンジャーナリズムの生みの親ともいえる男、石井秀明。1984年、石井は日本初の本格サーフィン映画『アジアン・パラダイス』を完成させるも観客の拍手喝采が鳴り止まぬうちにサーフィン界の表舞台から姿を消した。あれから25年が過ぎ去った2009年、離島の小さな庵にこもり修行のごとくサーフィンに打ち込む石井。 そんな彼のもとに25年ぶりの映画上映会の話が舞い込んだ。かつて石井と一緒に上映会を盛り上げた同志たちが再び動いたのだ。さらに石井の盟友であり『アジアン・パラダイス』の撮影監督であり、25年前に上映ツアーで日本中を共に回った、あのディック・ホール氏も遠くオーストラリアから合流することになった。25年というタイムテストを経て蘇るサーフィンに人生の全てを賭けた男たちの情熱は今も燃えているか・・・。

September 24, 2009

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May 07, 2020

いよいよ明後日!

Eiga

いよいよ25年ぶりのアジアンパラダイスが明後日となりました!八丈で仙人生活を満喫中の石井さんは無事世俗に戻り千葉に到着、ディツク・ホール監督も常夏のハワイから本日灼熱の成田に到着いたします。お二人は揃って明後日午後には名古屋入りし、懐かしの鶴舞勤労会館で皆様にお会いすることになります。恐らく次ぎの25年後は私も含めて全員が海に消えていることでしょうから今回はまさに最初で最後のチャンスと言えるのではないでしょうか。サーフインワールドからサーフィンクラシックへと続いた石井ワールドの経験者たる我々の世代はもちろんのこと、残念ながら石井スピリッツに触れることのなかった若い世代のサーファーもぜひともこの機会に改めて石井ワールドに浸ってみようじゃないですか。

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「アジアンパラダイス」バリ島ロケ

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一昨年6月にスタートした映画「アジアンパラダイス」の撮影も、いよいよ今回のバリ島が最後ということで、撮影スタッフ5名、サーファー12名の総勢17名という、かってない最大のロケとなった。撮影の総指揮には本誌編集長の石井秀明があたり、チーフカメラマンにはディック・ホール、アシスタントカメラマンにグレッグ・ハグリン、水中撮影にダン・マーケル、スチール担当には近藤公朗が起用された。これに対してサーファーはこの映画のロケすべてに参加した添田博道をはじめ、ベテランの坂本昇、市川武昌、蛸操、若手ナンバーワンの久我孝男、糟谷修自、グーフィーフットに金子一則、奥田新志、加えて関西からは植田昌宏、山根祥治、木梨邦則、金岡直樹の計12名。一行はクタビーチのアリーナ・バンガローに滞在、波のある日はメインスポットのウルワツまで往復3時間の道のりを毎日通い、それ以外の日はタナロット・キンタマーニ火山などバリの名所見学も撮影に取り入れられたが、メドウィー・チャングーなどのサーフスポットでは残念ながら波がなかった。しかしなんと言っても今回のロケで最大の収穫は、2日間にわたる6~8フィーとのパダンパダンのセッションであろう。長いフラットの後、フルムーンとともの押寄せたグランドスゥエルは、それまでのスモールウェイブで燃焼しきれなかったエネルギーを一挙に爆発させ、これまでロータイドはタブーとされていたパダンパダンのセッションは、日本のサーフィン史上に輝かしい一ページを飾る名セッションとして長く語りつがれるであろう。もちろんこのセッションの一部始終は3台のカメラに収録され、この映画のハイライトになることはほぼ間違いないであろう。撮影したざっと1万フィートにも及ぶフィルムは、現在オーストラリアで現像され、編集用のワークプリントが出来しだいに日本に送られ編集にはいることになる。一部映画「ストーム・ライダース」に使用されたニアスのジャングル・パラダイスも添田博道・蛸操・市川武昌らのライディングは未使用のまま残っており、これに抱井保徳・増田昌章らのジャワのジェリー・ロペスとのセッションは、またパダンにはないスケールの大きさがあって、この3つのロケーションが織りなす一大スペクタクルには、日本初のサーフィング・ドキュメンタリーとして、早くも完成が待ち遠しいところである。もっとも完成までには、ナレーションやオリジナル・サウンド・トラックの制作など、まだ難問もひかえており、とりあえずバリ島ロケの成功をここでは伝えておこう。  SC SEPTEMBER 1983

July 09, 2009

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坂本昇

Sakamoto

アジアンパラダイス以前のサーフィン映画はほとんどが米国で製作されたもので、登場するサーファーもほとんどがカリフォルニア・ハワイ・オージーで日本人が登場することはなかった。それでも年に数本上映される時の勤労会館は凄い盛り上がりで、いかにサーファーのノリが良いかがはっきり現れていた。そんな中「ストームライダース」では戸倉さん・蛸さん・博道が登場し大歓声を浴びたもんだった。そしてやっと現れた日本人の制作による「アジアンパラダイス」では実に登場するサーファーの90%が日本人というそれまでにない画期的なサーフィン映画となる。なんと言ってもアジアンパラダイスに登場する日本人サーファーの中で、その圧倒的存在感を示したのは「坂本昇」だった、恐らく最年長でありながらその波に対する愛情と挑戦の心情はストレートに我々に飛び込んできて感動させられたものだった。今では石井さんとともに八丈で隠遁生活をおくる坂本氏もこの撮影当時は様々なアクシデントに見舞われたようで、SCに投稿された文章はリアルにその間の模様が描かれていた。以下SC,SEPTEMBER 1983より
「私は今までに数えきれないほどの旅をし、いつもそれなりの波にあたり、素晴らしい旅だったと思える旅をしてきました。その1つの理由は、どんなところにも1ヵ月は最低いたからだと思います。長い時には、4カ月を越えるほど1カ所にいることもありました。旅人である私は、自分の家のある辻堂に長い時間いられるだけの忍耐力がないせいもありますし、あまりに日本という国が波に飢えすぎているということもあると思います。例の如く、小さな波のつづく、そんなある日、石井氏の企画したバリツアーの出発の日がきました。もう4度目のバリで、今まで行ったバリの印象の波はノースショアから比べると、それほど力はなく、好きな方の波ではありませんでした。成田を石井氏と日本のトッププロ12名は予定通り出発し、バリにも予定通り着きました。イミグレーションも税関も、私以外なんの問題もなく通りました。しかし私は、パスポートの期限が3カ月しかなく、6カ月なければインドネシアには入れないと拒否されて、バリのエアーポートに一泊し、シンガポールへ行けば、パスポートを新たに取れるとのイミグレーションの話で、翌日ジャカルタを経由して、シンガポールに一人、バリをあとに行きました。エアポートで一番安いホテルを予約し、じっと牢獄のような安ホテルでバリに行けるのを夢に見ながら、赤道直下の毎日無風の35度を越えるような熱帯地で、1週間じっと待ちました。その時間の長さは、まるで真夏の刑務所で出獄を待つ囚人となんら変わりがないとでも言っておきます。弟子の石川光一に、日本からシンガポールまで戸籍抄本をもってきてもらい、普通なら2週間以上かかるところ、1週間でパスポートを取ることができました。そしてバリです。石井氏とトッププロたちに1週間ぶりで再会しました。バリでのツアーの残り期間はもう2週間しか残されていませんでした。しかし私のいなかった1週間の間に、それほどの波はなかったと聞き、波はこれからだと聞かされ安心しました。数日、波はフラットに近い日が続きました。そして1週間後、フルムーンにちかくなったころ、ウルワツに少しづつうねりが入り、今までのバリで出会ったことのないパダンパダンに、6フィートのうねりが入りました。その形とチューブのスペースは、自分の体をつつむのに十分すぎるほどありました。シンガポールのことがまるで100年前の、うっすらとも思い出せなくしてしまうほど、その波は美しかった。1本目の波のテイクオフで、空高く舞い上がったカモメのように、自由にマニューバーをとり、自由にチューブの奥に体をつつみこみ、それは、自分は自由な翼をつけた鳥であるのだと・・・・のる波のる波、それはどの1つをとってもチューブで、まるで夢に向かって突き進む鳥としか言いようがないほどです。美しい陶酔の時間でした。サーファーってなんて素晴らしいんだーサーファーって翼を持っているんだ。はっきり体全体で感じました。過去なんて関係ない、今と未来と・・・・・こんなに波を愛した瞬間が今まであっただろうか。その日誰よりも誰よりもパダンパダンの波を私はテイクオフした。全身の力はいくらパドルしてもパドルしても疲れなんか感じなかった。ただ体は波をのりきると決まって沖へ向っていった。ただ沖へ・・・・今、この瞬間の陶酔の世界は、波と自分だけだった。そして翌日6フィートが8フィートに、沖のようすは前日と少し違っていた。しかし私にとっては、何も変わらなかった。それはサイズとチューブの中のスペースが広くなっただけで、私の波との陶酔する日がもう一日あったという幸福感だけだった。又、チューブの中へ・・・今までの私の人生の中で、最も空高く舞上がった自由な翼をもった鳥になれたことは、この瞬間の2日間以外にはなかった。サーファーで良かったと心から思ったこともなかった。こんな時間を作ってくれたい石井氏に尊敬と感謝の気持ちを永遠に忘れることが出来ないと思います。ありがとう・・・・・。          坂本昇 」

SURFINGCLASSIC

July 08, 2009

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TAKAO&SHUJI

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80年代のサーフヒーローといえば間違いなく久我孝男&糟谷修自の二人になる、あまりにも違う二人のライディングスタイルにそれぞれ大勢のファンがついていた。僕のお気に入りは修自のランドハウスカットバックだったが、まるで絵に書いたようなイケメンでそのままジャニーズ事務所に身売り出来そうな二人、しかし実に根性の据わったサーファーだった。当時BaliHighでどちらかと契約したくて色々と調べていたけど修自はすでにコカコーラのCMに出てCM業界でもメジャーすぎて無理、結局蛸さんのお願いして孝男と契約した記憶がある。この二人は今回の「アジアンパラダイス」でも登場しウルワツやパダンでナイスなライディングを見せてくれる。改めて今見直してみても良い男達やねー。

July 07, 2009

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「アジアンパラダイス」チケット販売

Chiket2

先週お知らせした7ヶ所に加えて、新たに伊良湖の3ヶ所でも「アジアンパラダイス」チケットの販売をしております、どこも好評ですのでぜひお早めにお買い求め下さいませ。
伝説のサーフムービー「アジアンパラダイス」25年ぶりの復活
特別対談 : 石井秀明xDICK HOOLE
同時上映「ストームライダース」
場所:つるまいプラザ(愛知県勤労会館)
日程:7月24日(金)
開場:17:45 開演18:00
前売り:1500yen 当日:2000yen

名古屋
A2B 052-852-0193
BELLS 0568-71-6598
DA,CARLOS 052-241-4469
EVIN 052-772-2904
SEASCAPE 0586-24-0665
SELECTION 052-332-4831
WAICOCO 052-653-7756
伊良湖
BEACH GARDEN 0531-45-4555
MIC 0531-45-4577
Seek 0531-27-1331

July 06, 2009

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Grapevine

Sc

当時のSC(SurfingClassic)には毎号後半にジャック天野のコラム「Grapevine」があり楽しみにしていた。これはいわば業界の裏話のようなもので、今と違い極端に情報の少なかった当時、伊良湖から遠く離れた湘南情報の貴重な情報源だった。今読み直しても面白い、ちょっと辛口コラムだね、それでは1984、AUGUSTからお楽しみ下さい。
「SCがはじまって映画が出来るまでの4年間にオリジナルのスタッフすべてが去っていった。トビウオを釣るのと同じで、雑誌の仕事というのは人のやる仕事ではない。ジェリー・ロペスがその仕事をさして「フルタイム・ジョブ以上のきつい仕事」と言ったように、これは言ってみれば自分の命を縮めてるようなものだ。そのうえ映画まで持ち込まれては、ギブアップもいたしかたないところかもしれない。SCのもとスタッフ・フォトグラファーの畠山芳久も試写会に駆けつけた一人だった。映画をみた畠山はダン・マーケルの水中撮影のフレーミングの悪さを指摘して、となりの市川武昌に「本来ならお前もあそこにいたんだよ」。と言われて黙ってしまった。たしかにフレーミングの悪いところが目立った。しかし誰がそれを言えるのか。ショーン・トムソンとラビット・バーソロミューをパダンパダンに呼んでフリーライドを撮ってるのではない。蛸操がバックドアでテイクオフしたら女の子にドロップインされた。その女の子を撮影していたマーケルに蛸がおこられたというくらいだ。マーケルは添田の写真マウントにいまだにジャパンサーファーと書いて送ってくる。ましてや久我孝男も知らなければ糟谷修自も知らない。彼らの世界から見ればまださほどホットではない。玄人であるはずの畠山にそれがわからないようなら、これはだいぶヤキがまわったというほかなかろう。さていよいよ4月25日藤沢市民会館大ホールのオープニングショーの日がやってきた。グレッグ・マクギリバリーは名作「ファイブ・サマー・ストーリーズ」のオープニングの日、テイク・アップ・リール(フィルムをまき取るレール)を忘れフィルムは床にたれっ放しだったというエピソードが残っているが、石井秀明はフィルムを辻堂のジャランジャランに忘れてきてしまった。同じく昼食にジャランジャランに立ち寄った添田博道も、ティツシュにくるんだいれ歯をテーブルに忘れてしまい、それを店の女の子がゴミと間違えて捨ててしまったから大変、ともに無事に戻ったから大事に至らずに済んだものの、ふたりは一体なにを考えてるのか知れたものではない。ともかくフィルムも返り、添田博道・坂本昇・市川武昌・抱井保徳・マメ増田・金子一則・戸田友康・チロ鈴木らが全員アジアン・パラダイスのTシャツを着て舞台に立つと、石井秀明とディック・ホールが短くあいさつし、映画ははじまった。試写会同様拍手のうちに映画が終わると、今度はあとかたずけである。タバコの吸がらが一本落ちていてそれがジュータンを焦がしたということで伊東満の親せきだと名乗るホールの関係者が石井をつかまえ30分ほど説教すれば、実はそのタバコは席からして添田が吸ってたタバコだということがわかり、さすがに皆で笑ってしまった。張りつめた緊張感みなぎりオープニングショーだった。29日の天皇誕生日の日曜日も開場の6時前から長蛇の列となり、一番最初に入場したのは金子一則の父親だったという熱の入りよう。もっともこの日は他の選手が新島へ発ったあととあって、金子のワンマンショーのようなもの。両親やファンが花束を持って来れば、栃木からいとこの女の子まで一則の晴れ姿をひと目見ようと駆けつけた。オープニングの2日間で2千人を動員し市民会館をアッといわせた「アジアン・パラダイス」だったが、それはまだ序の口。連休明けの9・10日はウィークディにもかかわらず東京九段会館に3千人の人波が押し寄せ、3階客席にも立ち見が出るほど。5月の初旬だというのにエアコン全開にしてもうだるような暑さに冷えた缶ビールの売れたことといったらなかった。終了後ビールのあき缶が山になったが、これはホールが売ったもの。なんの文句もなかった。とくに九段会館の2日目には糟谷修自に花束が六本木のゴトウ花店より届き、1日目にも増して盛り上がり「アジアン・パラダイス」とともにサーフィン映画のブームが帰ってきたとは波乗り映画の殿堂九段会館の話。連休を八丈の南国ホテルで一週間みっちり静養した石井秀明とディツク・ホールは、10日九段の上映を済ませると、翌11日早朝、今度は京都にむけて旅立ったが、東名高速は途中11ヶ所の工事により京都着が大幅に遅れてしまった。デイック・ホールによれば、シドニーとブリスベンを結ぶオーストラリアのハイウェイでさえ、工事前の東名高速ほどには良くない。見てると道路工事というのは、まず道路をこわすことから始まる。道路をこわしてなおして、渋滞させてそのうえ金をとる。フリーウエーの発達した外国人にはそうしてもこれが理解できないのだ。ところが6月6日沼津市民文化センターの時はもっとひどかった。東京沼津間わずか百余キロの間で10ヶ所も工事で渋滞させるという魂胆まったく理解に苦しむ。ともかく関西公演も京都・大阪・堺の3ヶ所で2千5百人を集め、すべての会場で「アジアン・パラダイス」はサーフィン映画の興業記録を打ちたてた。すでに観客のなかには各地を転々とし5回6回と映画を見てる熱狂的ファンがいることも事実なら、九段会館の初日には松葉づえをついて病院から抜け出してきた人もいたのにはおどろいた。4月25日藤沢市民会館から5月30日豊島公会堂まで9回の公演で第一回目の上映日程を終えて1万人の観客動員が、自主制作自主上映の映画のすべり出しとしては大成功と言わなければならない。しかし当分の間は時流に反してビデオを作らないという製作者の意図は、逆に足を使って全国を行脚するという意志のあらわれであり、そこに一人でも見たいという人がいれば、「アジアン・パラダイス」はそこへ行って上映するという意気込みである。ところで藤沢市民会館の初日、伊豆から映画を見に来た渡辺文好が、グラジガンはともかくパダンはイージーだから自分ならもっとうまくすべれると語ったという。それはまた映画「アジアン・パラダイス」を見に来た多くのエリートファン達の純粋な疑問だったかも知れない。しかし波乗りでおよそ一番大事なことといえば、その時にそこに居ることである。フーはそもそもグラジガンのオリジナル・メンバーでありながら、それをキャンセルして同じ時ヌサ・レンボーガンにいたのである。フーがはたしてその時どれだけすべれたか、それを語ること自体無意味である。なぜならその時は二度と帰ってこないからだ。しかしかりに今度またチャンスがあった時は、その時こそしっかりチャンスをつかめばいいのだ。   ジャック天野」

July 03, 2009

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アジアン パラダイス 25周年記念イベント" REUNION "

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今回のイベントの正式名称が「アジアン パラダイス 25周年記念イベント" REUNION "」と決定いたしました。

■ 『 アジアン・パラダイス 』25年周年記念イベント "REUNION" 詳細発表 ■
■アジアン パラダイス 25周年記念イベント" REUNION "
 日  程:2009年7月24日(金)
 時  間:OPEN 17:45 / START 18:00
 場  所:名古屋つるまいプラザ [ 愛知県勤労会館 ]
 チケット:前売り¥1,500 / 当日¥2,000
 同時上映:ストームライダース
 特別対談:石井秀明×ディック・ホール

July 02, 2009

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「アジアンパラダイス」チケット販売

Chiket

大変遅くなりましたが、「アジアンパラダイス上映会」チケット販売の詳細が決定いたしました、明日以降下記ショップにて販売させて頂きますので、ぜひお早めにどうぞ。映画「ストームライダース」「アジアンパラダイス」の2本立てに、両映画の監督である石井秀明xDICK HOOLEの対談までありそれで前売り1500yenとお値打ちに設定しました。これは石井さんの希望でも有り、出来るだけ多くのサーファーに楽しんでもらうためということですのでよろしくお願いします。
A2B 052-852-0193
BELLS 0568-71-6598
DA,CARLOS 052-241-4469
EVIN 052-772-2904
SEASCAPE 0586-24-0665
SELECTION 052-332-4831
WAICOCO 052-653-7756

July 02, 2009

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伝説のサーフムービー「アジアンパラダイス」25年ぶりの復活!

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いよいよ本日より「アジアンパラダイス」のチケット販売が開始されます。
伝説のサーフムービー「アジアンパラダイス」25年ぶりの復活
特別対談 : 石井秀明xDICK HOOLE
同時上映「ストームライダース」
場所:つるまいプラザ(愛知県勤労会館)
日程:7月24日(金)
開場:17:45 開演18:00
前売り:1500yen 当日:2000yen
予定では6時から「ストームライダース」上映、7:15より特別対談 : 石井秀明xDICK HOOLE、7:30より「アジアンパラダイス」上映、8:30終了となっております。チケットは今週中に名古屋市内のサーフショップへお届けする予定です。また週末には私や関係者が伊良湖で持っておりますのでお問い合わせください。限定200名ですのでお早めにどうぞ。
また当日は9月27日にWOWWOWで放映予定の「25年後のアジアンパラダイス」取材も予定されています。

SURFINGWORLD

July 01, 2009

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SHUJI KASUYA

Shuji

多くのスケートボード競技会で優秀な成績を残しサーフィンの世界へ転向した糟谷修自もまた海外でのサーフィンの経験によって独自なライディングスタイルを持つサーファーとして注目される若手トップ・サーファーである。1961年千葉県千葉市生まれ。千葉市内に住み毎日波乗り出来ない環境にあった彼にとって雑誌からのイメージトレーニングは重要な練習法で、他に水泳、スケートボードも続けていった。2ヶ月間のカリフォルニア生活でダン・フレッキーのもと、地元若手サーファーと波乗り経験は彼をコンペティターとして一段と成長させる。82年にはプロとしてデビュー。その後、国内外の競技会をライバル久我孝男らとともにまわっている。

SURFINGWORLD

June 19, 2009

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May 06, 2020

TAKAO KUGA

Kuga

今や日本の若手サーファーのホープとして成長した久我孝男はオーストラリア、カリフォルニアと世界のコンテストをまわりそのホットで新しいサーフィンのスタイルを追求しているひとりである。1964年2月12日千葉県長生郡生まれ。一時はスケートボードのプロを目指したこともあったが、78年全日本ボーイズ優勝、79年同ジュニア優勝、その年に行われたプロアマで3位入賞をしサーファーの名を世間に広めた。その後地元千葉をはじめとしハワイなどで練習を積み、82年にプロとしてデビュー。その年のランキングで6位の成績を残し、83年にはJPSA4戦中3戦の優勝を果たしている。海外でも83、84年とオーストラリア・スタビーズで入賞、世界の久我孝男を目指して躍進中である。

SURFING WORLD

June 19, 2009

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YASUNORI KAKAI

Kakai

プロサーファーでありながら試合にあまり固執しないサーファーのひとりである。旅に出て色々な波を経験することの方に生きがいを感じるという。その豊富な経験から生まれるのが繊細で柔軟な抱井保徳のライディングである。1956年1月21日千葉県興津生まれ。アメリカの雑誌で観たスティーブ・ビグラビー、ビル・ハミルトンらのライフスタイルに魅了されサーフィン熱は高まった。73年全日本ジュニアチャンピオン。75年はじめてのハワイより帰国後、少年団と呼ばれ増田昌章、小川昌男らとともにサーフした鴨川を離れ湘南へ移る。鈴木正に認められゴッデスのライダー時代を経てプロに転向。78年にはハワイのパイプマスターズに招待され日本を代表するグーフィーフィッターとして健闘した。

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June 19, 2009

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HIROMICHI SOEDA

Hiromichi

ヒロミチ・ソエダの名は今や日本を代表するサーファーの代名詞として世界中に知れわたっている。1956年6月1日神奈川県平塚市生まれ。74年全日本ジュニア優勝をはじめ数多くの競技会で優勝し、78年にはハワイのプロトライアルで入賞、日本人で初めてハワイでプロとして認められた。高校一年のときすでにハワイ・パイプラインで6フィートの波を体験、ガッツのあるところを見せている。79年オーストラリアのスタビーズ・オープンでトライアルをクリアーし健闘。80年にはワールド・カップ、チーム・チャレンジに招待され、83年再度日本人代表としてワールド・カップで競技している。若いサーファーの指導的立場となった今、新たにサーフィンへのチャレンジを続ける。

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June 19, 2009

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SIMON ANDERSON

Simon

1954年7月7日シドニー生まれ。16才のときオーストラリアのジュニアチャンピオンとなり一躍脚光を浴びた後一時低迷していたが、81年自らスラスター・デザインを開発プロサーキットに持ちこむやいきなりベルズ、サーフアバウトのタイトルを連取し、余勢を買ってハワイのパイプラインマスターズでも優勝、この年の活躍をひとり占めにしてしまった。ビックウェイブには絶対の自信を持っているが、体が大きすぎるため普通の人が乗るより波が小さく見える傾向にある。プロサーファー/サーフボードシェーパーとして世界の第一人者のひとり。「アジアンパラダイス」ではウルワツの8フィートの波を雄大なスケールで乗りこなしている。

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June 19, 2009

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GERRY LOPEZ

Lopes

サーフィン界でジェリー・ロペスの名はあまりにも有名。映画「ビックウエンズディ」にも実名で登場、神格化されたサーファーとして描かれている。70年代初期に”キング・オブ・パイプライン”の名を欲しいままにすると、中期からはインド洋にパーフェクトウェイブを求めて旅をするやウルワツ・パダンパダンの名を世界に知らしめるとともにジャワ島のジャングルに格好のレフトハンダーを見つける。1948年11月7日ハワイ・ホノルルの生まれ。日系の血が流れているところから親日家であり、サーフィン道を唱え多くのサーファーの心のささえとなる。「アジアンパラダイス」では、ジャワのグラジガンでその名人芸をいかんなく披露て、サーフィンの神髄を説いている。

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June 19, 2009

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特報!!!

Dick

7月24日(金)鶴舞勤労会館で開催される「アジアンパラダイス上映会」には制作・監督の石井秀明氏が来てくださいますが、本日撮影監督のデイック・ホールさんの来日が決まり、当日はわざわざ名古屋まで来てくれることになりました!し・・・しかもですよ、彼の作った名作「ストームライダース」も同時上映されることが決定しました。何と「ストームライダース」「アジアンパラダイス」の豪華2本立ての実現です、まさに夢の競演が名古屋で実現できるとはサーファー冥利につきます。これでまたスクリーンでヒロミチの流血シーンが見られると思うと興奮してしまいいます。詳しい内容やチケット販売方法等は7月に入り次第お知らせいたしますので今暫くお待ち下さい。それでは今日から「アジアンパラダイス」に登場するサーファーのご紹介を順次初めてまいりますのでご覧ください。

June 19, 2009

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STORM RIDERS

Storm

「ストームライダース」
監督:デイック・ホール&ジャックマッコイ
1982年オーストラリア制作

「ストームライダース」のコンセプトは、ニュー・プレイス、ニュー・フェイス。未開のサーフポイントをソウルサーファーが滑る。一方では1981年、歴史的大波で開催されたベルズビーチやバリ島でのコンテスト等、時代の分岐点にある瞬間も捉えている。バリ島でコンテストが開催される頃、すでにポピュラーなディストネーションとして定着、ハードコアなサーファーは更なる奥地のバージン・ウェーブを探し求めた。日本人プロが出演するニアス、グラジガンのジェリー・ロペス、「アジアの時代」が始まった。
サーフィン映画最盛期の最後に当たる80年代前半、桁外れの劇場公開成功を経て、ビデオ時代に突入。以降自宅でビデオを見る時代に入る。2001年ジャック・マッコイはシドニーのパームビーチを皮切りに世界各地で再び皆で大画面を見ながら興奮するサーフ・フィルム・フェスティバルをリバイバルさせた。音楽はドアーズの「ライダース・オン・ストーム」が使用され話題になったが、他は全てオーストラリアのバンドで固められている。メン・アット・ワークやリトルリバー・バンド、ムービング・ピクチャーズ、スプリット・エンド、チャーチ等はこれを機にアメリカに進出して世界的成功を収めてもいる。
ディック・ホールとジャック・マッコイのコンビ、ホール&マッコイは1977年「チューブラー・スウェルズ」を世に送り出した。その成功を切欠にオーストラリア・フィルム・ファウンデーションの援助25万ドルを得て(当時の日本円で約8500万円)2年を費やし、本作「ストームライダース」を制作した。ディック・ホールは2002年英国女王陛下からサーフィン・フィルムに貢献、受賞。現在もオーストラリアのサーフィン・フィルムを配給し続けている。ジャック・マッコイはビラボンにサポートされ毎年1作のペースで作品を送り出している。2005年「ブルー・ホライゾン」、最新作は「フリー・アズ・ドッグ」とディックとジャックの2人は、今現在も世界をリードするオーストラリア・サーフィン・フィルムの最前線にいる。

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June 19, 2009

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SPICE ISLAND

Spice

バリ島での8千フィートの撮影で、インドネシアへのアジアンパラダイスツアーは全日程が終了したかのように見えたが、ところがそう簡単には行かなかった。長い旅の間に旅の虫がつき、頭の中にはヤシの木がはえた男たちは、83年9月・10月とまた未知との遭遇を求めて、旅立っていった、きっかけはフォトグラファー、ドン・キングが撮ってきた1枚の写真だ、見渡す限りの海岸線にたった一本、木が生えているだけであとはハゲ山みたいなジャングル、だがその前に広がるのは下が砂浜で、そこにあるのはグラジガンをメローにしたレフトのラインナップーーーー前回のウルワツの浅いリーフでさんざん痛めつけられた連中に加え、最年少の中村大輔、決行直前24時間で出発を決め大阪から駆けつけた青山弘一らがこのマジカル・ファン・サーフィン・ツアーに加わった。前にカヌーが沈没しかけて添田博道が九死に一生を得た海峡をアウトリガーのカヌーで渡り、100匹からのイルカの大群の挨拶を受け、一行上機嫌、スパイス・アイランドのエメラルド・グリーンのファン・ウェイブで一行は島の娘、子供達の見守る中、空がオレンジ色に変わるまで楽しんでいた。浜辺で素朴な島民たちと遊ぶうち、情がうつり、島の娘に求愛され、かえってこなかったサーファーも一人や二人いたとか、いないとか・・・・・

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June 17, 2009

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ULUWATU & PADANGPADANG

Uluwatu

83年6月、通算6度目のインドネシア・ツアーの目的地はバリ島。これには坂本昇・市川武昌らベテラン、バリは始めての久我孝男・粕谷修自、関西からの植田・木梨・山根ら大挙12名のサーファーが参加した。だがパスポート切れでデンパサール空港まで着いておきながら入国が許可されず、引き返すことを余儀なくされるものも、あるいは荷物を引き抜かれ泣き出すもの、遅れて別の直行便でバリに着きながら、何を勘違いしたかその足でジャカルタまで行ってしまい、翌日慌てて引き返すもの、大量のサーフボードを持ち込み売るのではないかと移民局に疑われるもの・・・笑うに笑えぬトラブルがあいついだ。しかし、みんなは波を求めてここにきたのだ。波さえあれば・・・・。ところがそうした時に限って神様は意地悪をする。毎朝早く起きて12台のバイクはサーフボードを積んだ暴走族化してウルワツまで30分、さらに歩いて野を越え山を越えて30分・・・それでも夢に見るウルワツの10フィートの波どころか、6フィートもなく、やがてフラットになって2週間・・・・こうなるとアジアンパラダイスどころか、一行の気分はエージャン・パラダイスとなってしまった。こうしてこのままバリ観光名所旅行で終わるのかと思っていた矢先、夜空に満月がかかり、翌日はついに10フィート!フルムーンとともにおしよせたこのパダンの波、これまで何度となくバリに通ったダン・マーケルをして”見たこともない最高の波”と言わせた波が目の前にあった。次々と波をリップする12人の怒れる若者たちーーーその様子を岸から水中からフィルムにおさめる3台のカメラ・・・・・今までタブーとされていたパダンでのロータイド・セッション。彼らは見事にこのタブーを打ち破り、その模様は日本サーフィン史に輝くセッションとして、このフィルムにおさめられたのである・・・・・・。

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June 17, 2009

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GRADJAGAN

Grajigan

82年6月、添田博道・抱井保徳・増田昌章・小川昌男ら4人が旅立った目的地グラジガンは、ジャワ島とはいえ、あたりに民家はおろか、病院もなにもない、文明からは隔離されたまったくの陸の孤島だった。後は虎や得体の知れない動物がひそむジャングル、前の海はというと、海蛇はいるは、岩と間違えてうっかり踏んでしまえば命を落としてしまうストーン・フィッシュなる古代怪獣がいるは・・・しかし、こんな恐ろしい場所に自分の手で竹で住み家をつくり、外からの客(サーファー以外はいない)を招きいれるキャンプ小屋を作った男がいる。この一泊100$の高級(!)キャンプ・オーナー、マイク・ボイヤムという男だ。だがここでの10日間は金では買えない最高のものを一行に与えてくれた。ここの常連ジェリー・ロペスをして「パイプラインをもっと大きく、もっとホローにしても、ここの”スピードリーフ”はそれよりずっと長いチューブ・ライドを可能にしてくれる」といわせた10秒以上もあろうかという長いグーフィーのチューブ、ーーーーーー世界有数の波がそれだ。そして当のロペスとともに一行はスモッグも、車の音も、下水も水道もないこのグラジガンで、アドベンチャー・サーフィンの奥義を見極め、撮影隊の石井秀明とディック・ホールはその様子をマンゴーやバナナを満載したカヌーに乗ってフィルムにおさめていた・・・・・。

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June 17, 2009

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May 05, 2020

NIAS

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81年6月、赤道直下の孤島ニアスに旅立ったのは添田博道・蛸操・市川武昌・戸倉康守、そして石井秀明5人の命しらず、電気はおろかガスも水道もないこの百年前のタイム・トリップの世界に向けて彼らは生活必需品の一切合切、すなわち食料、衣料、なくてはならない必需品の蚊張、薬品、ボードのリペアキットなどでパンパンになったリュックサックを背負い、サーフボードを抱え、飛行機を乗り換えること3度、10時間の船旅、バス、最後は徒歩ーーー結局日本から足かけ4日がかりで目的地に到着した。一年前にディック・ホールが始めてこの島を訪れたは飛行機には乗りそこねる、船は出ない、バリからでさえ、たっぷり1週間かかったのだから、4日で到着は奇跡と言っていいのだ。一行を待ち受けていたのはパーム・ツリーをバックに6~8フィートの長くえぐれたライト・ブレイクのセット、そして薪を集め、井戸で水を飲み、飯ごうで飯を炊く原始生活ーーーそれはまさにジャングル・パラダイスの世界だった・・・・・

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June 17, 2009

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石井ワールド

World

結局「アジアンパラダイス」の魅力とはなんだったんだろう?、そもそも戦後若者達がアメリカ文化に憧れ、必死で手に入れた雑誌で初めてサーフィンの写真と出会うことになるが、当時はあくまでその波は海外、特にアメリカ本土やハワイだけに立つ特別な波で、そんなサーフィン出来る波が日本に有るとは誰も考えてもいなかった。その後日本サーフィンのパイオニアのおかげで島国日本に素晴らしい波が立つということが知られその後の発展は目覚しいものがあった。ところが当初の誤解がある面別の場所で考えられていたんだ、つまりまたしても日本は運良く波があるが、他の島にはあるはずない・・・って思い込んでしまった。今冷静に考えてみればそれがとんでもない間違いだと判るが、当事者はまったく気が付かず、まして同じ東洋の別の島々に波があるなんて誰一人言い出すことすらなかった。そんな思い込みをぶち破ってくれたのが石井さんだった、70年代から始まった未開のインドネシア探検はまさに冒険物語そのもので若いサーファーを興奮のるつぼに叩き込み、しかもそれら未開のポイントを紹介する石井さんの文章がとてつもなく魅力的で、だれもがインドネシアに憧れてしまった。考えてみたらこれこそが「BaliHigh」のスタートそのものだったんだ。この興奮は映画「アジアンパラダイス」を見ることで頂点に達し、サーファーのインドネシア熱はまさに沸騰したのだ。それではこれからその素晴らしい舞台となったインドネシア各地のロケ地、つまりサーフポイントを紹介していこう、今まで知らなかった若いサーファーもきっと石井ワールドの魅力を再発見することだろう。

June 17, 2009

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RANDY RARICK

Randy

サーフィンをしながら世界中をくまなく回り、あらゆる事柄に精通したサーフィン・エキスパートとして有名。すぐれたコンペティーター、サーフィン・ジャーナリスト、シェイパーなどの多彩な肩書きに加え、インターナショナル・プロフェッショナル・サーフィン(IPS)の誕生に大きな役割を果たし、IPS執行委員長として大会の組織・運営にすぐれた手腕を発揮、ハワイでのサーフィン・イベントにこの人の存在は欠かせない。今回も映画のナレーターとして、わざわざ旅先のカリブ海から太平洋をひとっとびで駆けつけてくれた。

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June 17, 2009

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DAN MERKEL

Danm

世界のトップ・サーフィン・フォトグラファーとして活躍するダン・マーケルの名を知らぬものはいまい。1946年ベルギーに生まれ。67年に既にサーフィンの撮影をはじめ、”サーフィン”誌を中心に数々の作品を発表。その卓越した写真技術でたちまち世界中の注目を集める。それまでほとんど知られていなかったノースショアのサーフィン・スポット”オフ・ザ・ウォール”を紹介するとともにビル・デラーニと共作したサーフィン映画の名作「フリーライド」、ハリウッド制作の「ビックウエンズディ」(ジョン・ミリアス監督)など映画活動でも秀れた才能を披露している。81年にはABCテレビのために製作したルック・ラスムーセンのジャングル・ライフ・ドキュメントでエミー賞を受賞。現在も雑誌(”サーフィンクラシック”)、映画、CMと八面六臂の活躍を続けている。

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June 17, 2009

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DICK HOOLE

Dickhool

1951年オーストラリア、シドニーに生まれる。高校卒業後サーフィン・ライフスタイルを求め、サウス・ニューウエールズの田舎から、さらにハワイへ、ハワイで後のパートナーとなるジャック・マッコイや、すでに60年代後半にサーフィン映画制作者として名声を確立していたマックギリバリー/フリーマンらと出会い、サーフィン映画に開眼。第一作「チューブラ・スウェルズ」(1976)を制作するかたわら、サーフィン誌「バックドアー」を創刊。「チューブラ・スウェルズ」の成功に続いて、82年に発表した「ストーム・ライダース」でその名声を決定的なものにした。早くからバリを中心に、インドネシアの波を映画・スチールで世界のサーファーに紹介。本作「アジアンパラダイス」誕生のきっかけは81年6月、ニアス島でのディックと石井秀明との出会いにあるといっても良いだろう。現在は夏を追いかけて一年の半分をバリで、残りの半分をオーストラリアで過ごしている。”サーフィンというマジカルな体験、そしてきわめて純粋なライフスタイルとしてのサーフィン、そこから派生するユニークな文化ーーーーそういったものをサーフィン映画を通じて一人でも多くの人に伝えたい”と語るディック・ホールだ。

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June 16, 2009

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HIDEAKI ISHII

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1976年、日本で最初のサーフィン雑誌「サーフィン・ワールド」を創刊、編集長、メイン・ライターとして活躍を開始し、日本のサーフィンのすぐれたスポークスマンとして内外でその名を広く知られるようになった。77年、エド小川・市川武昌・坂本昇・添田博道・抱井保徳らのバリツアーを計画、実現させ、これが日本のアドベンチャー・サーフィンのさきがけとなった。その後、「スケートボード・ワールド」編集長、「オーシャン・ライフ」編集長を歴任。80年ハイ・パブリケーションを設立し、「サーフィン・クラシック」を創刊する。 ハワイのノースショアをいち早く紹介し、一方では佐藤弘志、近藤公朗・畠山芳久・木本直哉など現在一線で活躍する日本のサーフィン・フォトグラファーを育て、活躍の場を与えるなど、日本に初めてサーフィン・ジャーナリズムを確立した功績は大きい。 日本でのサーフィンの成長にともなうファッション化、あるいはコンテスト・サーフィン偏重の傾向に掉さし、アドベンチャー・サーフィンをテーマに81年よりインドネシアを舞台に本格的な映画プロジェクトをスタート、足かけ3年、2万フィートのフィルムを費やしてこの「アジアンパラダイス」を完成した。ジェリー・ロペスの言う”ベテラン・ワールド・トラベラー、ジャングル・ファイター”ならではの偉業だろう。

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June 16, 2009

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FROM THE OUTSIDE LOOKING IN

Eibun

まず、サーフィン映画といえば、その一番の狙いはこのサーフィンという名の芸術の現在の水準を示すことだ。客席をうめた僕らの前に最新のミュージックをバックに最高の波の上で繰り広げられる最高のサーファー達のパフォーマンス。「アジアンパラダイス」はそのすべての要素を備えているばかりではない。この映画にはもうひとつ特筆すべき点がある。つまり「アジアンパラダイス」は日本人によって作られた最初のサーフィン映画として歴史に残る作品だということだ。 世界のサーフィン界に日本がその存在を知らしめる大きな一歩として、この映画が日本のサーフィン界に持つ意味ははかりしれないものだろう。これまで日本のサーフィン、サーファー達はあまりにも長い間アメリカやオーストラリアのサーフィンの影に隠れて、その存在や活動が話題になることはほとんどないままの状態が続いてきたからだ。そんな状態からきっぱりと身を起し、今、日本のサーフィンが自らのアイデンティティを確立しようとしているーー映画「アジアンパラダイス」の完成の最大の意義はまさにこの点にあるのだ。 多くのサーフィン映画でフィーチャーされるのはマーク・リチャーズ、ショーン・トムソン、トミー・カレンといったサーファー達だが、この映画のスターは添田博道・粕谷修自・久我孝男たちだ。もちろんこれら日本人サーファー達の方が前者よりもすぐれているということではないまでも、彼らはこの映画で実にキラキラした存在感を独自のイメージをあますところなくこちらに伝えてきてくれる。日本のサーファーばかりでなく、サイモン・アンダーソン、テッド・ディアハーストら外国人サーファーがハイライト・シーンのような形で取上げられてはいるが、彼らの登場はあくまでこの映画が見事に描き出しているサーファー間の友情というテーマに、ひとつの色どりをそえているにすぎない。 この映画の真の主役は、波なのだ。映画の撮影は、すべてインドネシア最高のロケーションを選んで行われた。さかまき荒れ狂うビックな状態からスモールなファンウエーブまでーーーいつも気まぐれなウルワツ。ロータイド・バレルを誰もが必死の想いでくぐりぬけていくパダン・パダン、そのクラシックウエーブ。文明を遠く離れた孤島ニアスに押し寄せるパーフェクト・ウエーブ。そして陽気でにぎやかな歌声のあがるスパイス・アイランド。しかしなんと言ってもこの映画最大のハイライト・シーンはジャワ島グラジガンだろう。世界のどこを見ても、これだけよくほれて、これだけ長く続く波が他にあるだろうか。しかもあのマスター・ジェリー・ロペスの言葉とサーフィンが、波のかもしだす興奮にいっしょうの拍車をかけている。 あのグラジガンのシーンはめったにお目にかかれない、この映画ならではの最高のシーンだろう。 この映画の魅力をさらに一段と大きなものにしているのは、バックに流れる音楽だろう。さまざまな日本のミュージック・シーン活躍するアーティスト達の作品から厳選された曲のひとつひとつが、その音楽が使われるシークエンスに鮮やかに溶け合いマッチするばかりか、エキゾチックな音は聴く者ひとりひとりを、あたかもその風景の中にいるかのように包み込んで足元から遠く連れ去ってくれるだろう。 この映画はそれを観る日本の観客すべてが心の底から親近感を覚え、見終わったあと、さまざまな形でそれについて語れる、最初の記念碑的映画だと言えるだろう。それだけではない、この映画を通じて日本の観客は自分の国のサーファーのパフォーマンスを誇らしく思うようになるだろうし、観終わったあとも胸に残るシーンもふんだんにあるだろう。そしてこの映画がもたらしてくれるサーフィン・アドベンチャーの気分それは今までこれらの土地に旅する機会のなかった人達、サーファーであるとないとにかかわらず、この素晴らしいアジアのパラダイスへそうした人々をいざなってくれるだろう。 もうこれ以上この映画についてあれこれ語るのはやめよう。言いたいことはただひとつ。----絶対にこの映画を見逃さないように、そうすれば必ず満足してもらえるだろうということだ。   Aloha, Randy Rarick

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June 16, 2009

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ASIAN PARADISE

Asia

1981年から3年の歳月と7回にも渡るインドネシアロケ、2万フィートにも及ぶフィルムを費やして完成した「アジアンパラダイス」はついに1984年4月25日(水)藤沢市民会館で公開されることとなった。続く29日との2日間で何と2000人を動員し、市民を驚かせたアジアンパラダイスだったが、それはまだ序の口、連休明けの5月9日(水)・10日(木)の東京九段会館には平日にも関わらず3000人もの人波が押し寄せ、超満員となった。その後会場は京都教育文化センター・南御堂会館・堺市民会館・千葉市民会館・豊島区公会堂と続き、この第1回ツアーだけで1万人を越す動員となり、世間をアッと言わせることとなる。しかし改めてこの映画のスタッフ・サーファーの豪華なマンバーを見てみると誰もが納得するのではないだろうか。

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June 16, 2009

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アジアンパラダイス

Ishii

我が国で70年代後半に始まったBALIでのサーフィンは、その後インドネシア各地のポイント探しへと発展し、次々と素晴らしいポイントが発見された。サーフィンライフの別冊から発展したサーフィンワールド編集長、石井秀明は当時インドネシア探訪のメンバーであり、これがその後インドネシアを中心としたサーフムービーを作り出すきっかけとなった。1984年に公開された「アジアンパラダイス」はその石井氏の監督・制作によるもので、この年全国ツアーを開催し大評判を博した。石井氏に少し送れてBALIへ行くようになっていた私達はその後1983年にBaliHighを発売し、こちらも全国展開の真っ最中ということで石井氏と接点を持つようになり、名古屋での映画公開をお手伝いすることとなり、今は閉鎖された池下の厚生年金会館(ここは私が結婚式やパーティーをやった会場)で大勢のサーファーを集めて開催した思い出がある。先日石井氏サイドから連絡が在り、今年が「アジアンパラダイス」公開25周年に当たるのでどこかで再上映会をやりたいという話があり、以前からお付き合いも続いていたのでぜひ名古屋でやりましょうと云う事をお伝えし、とんとん拍子に話がまとまった。その結果7月24日(金)夜、鶴舞勤労会館で「アジアンパラダイス」公開25周年記念映画会を開催することが決定しました。当日は制作の石井秀明氏も名古屋に来てくれますし、日程さえ合えば撮影監督のディック・ホールも来日する可能性があります。この映画会と同時進行で石井氏の人生を取上げるドキュメンタリー番組の制作も始まるそうで、今年は久々に石井ワールドが炸裂するかもしれません。上映会の詳しい内容が決まり次第アップしていく予定なので楽しみにお待ち下さい。

June 15, 2009

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アジアンパラダイス

1984年、石井秀明によって制作された「アジアンパラダイス」は日本中のサーファーに熱狂的に迎えられた。名古屋では当時サーフィン映画のほとんどが鶴舞の勤労会館で行われていたが、この映画は観客の多さが予想され、恐らく最初で最後となる池下厚生年金会館大ホールで上映され、満員の観客が大興奮の渦に巻き込まれた。当時石井さんとご縁があり、この映画会をお手伝いさせて頂いたのが昨日のように思い出される。あれから何ともう25年もたってしまった・・・・・、まさかとは思うが、この「アジアンパラダイス」公開25周年を記念して、石井さんをお迎えして再上映会が実現するかもしれない。 乞うご期待!


June 04, 2009


 


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深田恭子サーフィン

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May 04, 2020

The DAY !

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2003年11月30日(日)

突然訪れたロコポイントの「THE DAY!」

前日に通過した低気圧と、接近中の季節外れの台風21号の影響か?朝到着したロコポイントは雨が上がり、超アウトでブレイクを始めた。頭オーバーからダブルサイズ、セットはトリプルサイズに近かった。当日立ち会ったDIGの堀ケン氏によると、僕がテイクオフした時その下にはボード2倍の斜面があったとの事。つまり約9mだったとか・・・・、これは恐らくロコポイントのマキシマムサイズである。感覚的にはハワイアンサイズで4-6フィートではなかろうか?当日犠牲になったボードはロング2本、ショート3本であった。しかし今回このような素晴らしいショットを残してくれたkenbouさんに感謝です。伊良湖のサーフィン史に必ず残るショットになる事でしょう。

2003.Nov.30

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JPSA BaliHighCup1985


今から30年前にBaliHigh はJPSAの大会のメインスポンサーになり1985・1986と二年間伊良湖ロングビーチで「BaliHigh Cup」を開催したんです。バブルが始まる直前で世間は明るく、景気も先行きが良くなる予感で良い時代でした。サーフィンも70年代後半のBOLTブームは一段落したもののまだまだブームが続いていた頃のお話です。資料や写真は残っていたんですが今回BELLSの吉川さんがとっても貴重な映像をアップしてくれました。30年前のロングビーチの雰囲気がよく判ります。当時はまだビーチに車を乗り入れてたんですねぇ、それに最近の大会に比べて観客の多いこと多いこと、盛り上がりも半端無かったんです。忘れていたけどMCはヘンリーだったんです、それにこの当時で優勝賞金60万円って今とあんまり変わらないんじゃないかな、当時の60万は今に換算したら3倍近い価値があったはずだもんね、ここで久我孝男が優勝したんで、この後蛸さんから連絡をもらい翌年から彼とBaliHighが契約したんですよ。いやぁ思い出が一杯あるし当時TSAの会長だった茂紀くんも僕も若かった・・って当然か、まだ36歳で現役のショートボーダーでございました。当時の詳しい状況はこちらにアップしてあるのでぜひご覧ください。



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’86BaliHighCup④

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この大会では前年度全日本メンクラスの勝者、藤田昌弘が地元からただ1人メインラウンドに進出し意地を見せてくれた。

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’86BaliHighCup➂

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このシーズンからJPSAは新しいジャッジシステムを採用することとなり、QFからはマンオンマンとなりASOルールを採用。しかしそこまでの4人ヒートではNSAルール適用と統一感に欠け選手からの不満も多かった、これも過渡期の出来事、特にブイを使っての優先権が始まったのはこの大会が始めてであった。またシステム変更ということもあり、なんとヘッドジャッジは新理事長川井幹雄自らがあたることとなった。

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’86BaliHighCup②

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ファイナルの接戦を5-0のパーフェクトスコアで勝利したのは久々の勝利となった関野聡であった。表彰式でのプレゼンターはTSA会長だったEVINの日比野健一、お若いです。コールするのはJPSA理事長川井幹雄。

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’86BaliHighCup①

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1986年4月26日・27日の二日間に渡りロングビーチで第二回Balihigh Cupが開催された。当時東海地区で開催される唯一のプロコンテストということで観客は5000名を越える大きな大会となった。残念ながらまたしても波には恵まれなかったが新たな組織となるJPSA初大会で役員・選手共に燃え上り熱戦が繰り広げられた。2連覇を狙う久我孝男の前に立ちふさがったのは伊勢の福田義昭、セミファイナルでは4-1で久我を抑えてファイナルに進出し、関野聡との一騎打ちとなった。写真は上から関野聡・福田義昭・久我孝男。

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May 03, 2020

MY SURFING'



M1


○ 波乗りとの出会い
昭和42年に名古屋の高校を卒業して東京の大学に入学、ちょうど学生運動の真っ盛りの時代で、ノンポリのぼくは高校以来のスキーに狂っており、1年の半分は雪山に篭もる毎日でした。 そんな僕にサーフィンを知らせてくたのは中学以来大学まで一緒になった友人で 、彼がどこからか持ちきれないほどでかいTEDのロングボードを買い込んだのです。たしか当時で5万円でした(初任給が39800円位)。

○ 一応スキーでの成績
1960.1961 大垣市スキー大会連覇
  1965 愛知県スキー選手権 2位
  1965 インターハイ出場
  1966 中日杯流葉大回転 2位
  1970 五大学対抗戦 優勝
  1970 小賀坂杯ジャイアント大回転 5位
  1970 東京都連第1シード
  1971 谷川岳スラローム優勝
      その他、一杯あって・・・・・

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○ サーフィンライフの始まり
溜まり場だった喫茶店の前に置かれたそのボードは見上げるほどに大きくて、これでいったいどうやって波にのるのか分からないような時代です。車もなかったのになんであんなもの買ったんだろう?今考えると不思議なことでも若いときはなんでもなかったような気がします。とにかくその板をこれまた友人の会社の車に積み、始めて行ったのが湘南の七里ガ浜でした。少ないながらもすでに数名入っているサーファーは皆ウエット着てたから、きっと秋頃だったのかな?もちろんウエットなんて知らない僕たち3人は裸で板を担ぎ、交代で海の中へ。ここで乗れた記憶はないけど、この日になんとスケッグが岩に当たって折れて しまい、しょんぼりして東京にもどりましたが、それを修理するショップもなく、銀座に一軒見つけただけで そのままボードはどこかにいってしまいました。
ところが不思議なことに僕だけがなんだかサーフィンに興味を持ってしまい、早速新宿の丸井へ行ってローンで、たしか3万5千円だったと 思うMALIBUのスーパーミニという板を衝動買いしてしまったのです。今思うとたぶん 7フィート位の板だったとおもいますが、次の夏にはワンシーズン千葉御宿にバイトで住み込み、本格的にサーフィンを始めましたが、もちろんコーチもなく自己流なのでここでも乗れてたかどうだか?当時御宿に「メキシコホテル」ってのがあってそこの息子が同級生だったんだけど・・・今はどうなってるんだろ?そう言えばこの頃買ったウエットスーツは固いダイビング用でした。
そのあとつてを頼ってなんとこの時代にMALIBUのツインフィン(ミッキーカワイモデル)を買いました。それもすごい短いので当時乗っていたHONDA S600(中古で10万円)のドアにくくりつけて湘南に通いました。写真が残ってたら良いのに (^_^;)
次のシーズンからは夏場に湘南や千葉に通いました。6年間にわたる大学生活を終えて、入った会社から行かされた所がなんと泉南の岬公園で、そこに6ケ月いる間ズーット和歌山に通いました。磯ノ浦や御坊に行ったり台風のときにはもう忘れたシークレットにも行きました。その当時和歌山ゴッデスがあり、仲良く遊ばせてもらいました。ヘンリーがいて、そうそう哲ちゃんもいたなー、残念ながら当時のオーナーはその後病気で早く亡くなりましたが、いまでも付き合っているのが当時18歳のピチピチだった現在の和歌山サーフィン界の大御所藤本俊平プロです。 彼とはその後も何度も全日本で一緒になりました (゚o゚)

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○ 伊良湖へ
この6ケ月のあと一旦東京に戻りますが、やがて48年地元ということで名古屋に出向となり、ここでやっと伊良湖に戻ることになります。それまでも夏休みに戻ったときなんか時々伊良湖に行ってましたが本格的に始まったのはこの48年からなんです。和歌山の関係で名古屋ゴッデス(全盛期)へ…
当時売出し中の石塚プロに会ったわけです。この頃がやっとサーファーらしくなった頃かな?LOKOのターザンともなんだかウマが合ってたんだけど しばらくゴッデスにいたけど、ちょいと遠いのと近くにショップが出来たのでそちらに移動、それがアウトサイドというところで、そこで働いていたのが後にKIKIとなる民雄、POINTの小山氏FOLLOWSの永井と現在までの長い長いお付き合いの始まりでした。
 
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千種駅の近くにオープンしたKIKIは 当時のライトニングボルトブームのせいで大繁盛、ここで知り合ったのが現在も海に通う 誠治、コウジ、ジミー、ロングビーチのおやじ等などです、そうそう残念ながらニアスで亡くなったジョー君もこの頃知り合ったんだ。この頃はまだサラリーマンで週2サーファー、腕のほうもまだまだですが、各地にトリップしたり、チームで合宿したりの充実したサーフィンの時代で僕の基礎部分です。
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その後54年に30歳で独立し、時間が自由になり、これからは僕の本格的なサーフィンの幕開けでした。当時からサーフィンのために毎年8月は店を閉めて夏休み、毎年の海外サーフィンも始まり腕もメキメキと上がっていきました。ハワイ・ノースショア・バリと続いた海外ではビックウエーブのとりことなり、そのせいか伊良湖に戻ってもでかい波が平気になり、おかげでビックウエーバーと呼ばれるようになりました。

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○ 伊良湖一番

またこの頃から競技でも勝てるようになり、CJSA・TSAなどの大会に入賞できるようになり、そろそろ小さい大会では勝つことも覚え始め、序々にランクアップしていきます。ただ現在でもやばいんですが、どうもバックサイドが弱く、したがってレギュラーの僕にはグーフィーオンリーのロングビーチの大会が苦手でした。そんな中たまたま波がでかくて当時の港で行われたゴッデスの本大会で優勝したのが一番楽しかった思い出かな。
その後KIKIが閉店し岐阜FOLLOWS所属となり、ついでにNSAも岐阜登録となり、おかげで第20回全日本サーフィン選手権新島大会に岐阜代表として出場、シニアクラスでは今をときめく全日本8連覇というとんでもない内藤選手とマジで1回戦でぶち当たり、なんと6の2UPを1位2位(もちろん僕が2位)で通過したのはいい思い出です。なんといってもレギュラーウエーブでしたからね。
また偶然この大会からできた新しいマスタークラスにも出場できることになり、なにがどうなったのか偶然にもここで優勝してしまいます。
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これは強烈でして、まさかとおもってたことで、これからのすごい自信がつきました。おかげで次の21回福島大会でもオーバーヘッドサイズのレギュラーウエーブの中、何度も堤防を走りながらも3位に入賞でき、前回がフログでなかったことを証明しホッとしました。
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続く22回浜松大会は地元ということで大はりきり、前予想ではダントツで優勝候補といわれていたのが、波の状態が悪く移動した新居での1回戦でなんたることか妨害をとられて沈没、この時は生まれたばかりの長男も一緒だったせいでショックが大きくしばらく復帰できず、結局ショートボードの競技はこの大会で終わることとなります。
たしかこの時の優勝はゴッデスの鈴木捷吾さんでした!それからはボードも少しずつ長くなり、いわゆるノーズライダーを使い始めました。
 

○ ショートボードでの成績
CJSA(中部日本サーフィン連盟)大会  優勝・入賞多数
TSA(東海サーフィン連盟)大会      優勝・入賞多数
第13回ゴッデスインターナショナル     優勝
第20回新島全日本マスタークラス     優勝
第21回福島全日本マスタークラス     3位
JPSA1985BaliHighCup     メインスポンサー
JPSA1986BaliHighCup     メインスポンサー

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○ ロングボードとの再会

ショックのせいと子育てのせいでしばらく海から離れてゴルフに溺れました。そんな時にカルロスの、前々からぜひロングボードをやれば?という言葉をやっと素直に聞くようになり、何十年ぶりでロングボードを手にいれることになり、彼に手取り足取りコーチをしてもらいワンシーズンが過ぎ、板はクラッシュの連続でボロボロになったけど、たしかに今の自分に合っていると実感し、次の年からまた海にまっしぐら、なんと3シーズン目にして 年齢分けのないロングボードの部で愛知支部優勝し、久しぶりの全日本静波大会に出場できました。

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98年は波周りが悪くカルロスに譲りましたが、まだまだ現役で頑張ります。98年で満50歳となりましたが、伊良湖にはまだまだショートで頑張ってる59歳のマウンちゃん始め多くの壮年サーファーが元気でサーフィンを続けています。これからもどこまでできるかテストのつもりで頑張ります。
と、言ってる間に秋の大会シーズンが終了(僕にとって)しました。9月第1週から三週間続いたロングボードの大会はすべてファイナルに残り2位・3位・3位で終わりました。まあ、年を考えたら上出来でした。しかも最終戦は年齢分けなしで32名中3位、しかもファイナルでは妨害してしまいました。まだまだ充分に若い連中と対等にいけます。

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そんなわけでまだまだ僕のサーフィンライフは続いていくようです。はて・さて一体何歳まで現役で頑張れるものなのか?自分が実験台になって出来るとこまで行ってやろうと思っています。もしも何処かでお会いする機会があったら応援のほどよろしくお願いします。現在NSA登録は愛知支部 チームMICにおります。


○ 未来へ

あれこれ言っている間にもう2006年になってしまいました。
おかげでなんと今年は1月から海に通っています。これもオーシャンキッズウエットスーツの進歩のおかげでしょうか?まったく寒い思いをしないで楽しんでいます。まだまだ真冬の1月と言うのに伊良湖にはサーファーが溢れ、しかもそのうちでもロングボーダーの増加は目を見張るところです。これから益々増えつづけていくと思われるロングボーダーの為に役立つホームページ作りに頑張ります。
今年誕生日が来ると58歳(^_^;) 回りのサーファー達は子供のようなもんです。さて今年もまだ現役で大会で勝てるかどうか???  お楽しみにどうぞ。
2002年度伊良湖ロングボードクラシックでも優勝させて頂きました。
2003年度伊良湖ロングボードクラシック2連覇
       静岡ロングボードクラシック 2位 でした。
2005年は初めて伊良湖・静岡と連勝した!この年で良く出来たもんだ。

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59歳! まだまだ現役です!  ・・・・  
このまま60代に突入出来るか見物ですね?
スポンサーは  Real.B.Voice ・ Billabong Tahara ・ OCEAN KIDS ・ FOLLOWS 
皆さん、私のスポンサー企業をよろしくお願いしますよ~ 
ASPインターナショナルジャッジ
ISA公認ジャッジ
JPSA公認ジャッジ        
BALI HIGH LONGBOARD TEAM 顧問
伊良湖ロングボードクラシック 創立者
NPO法人 レジェンドサーファーズ・クラブ 理事


以上BaliHighホームページより移行しました、当時の原文のまま。

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’85BaliHighCup⑨

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ファイナルの結果は5-0で久我孝男の圧勝だった。見事Balihigh Cup初の勝者となった彼には賞金60万円とバリチケットが贈られた。まさに孝男時代の幕開けであった。

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’85BaliHighCup⑧

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久我対坂本の一騎打ちはまさに実力というかプロの厳しさで久我のブロックに坂本が敗れてしまった。当時のサーフィンライフの記事にはこうある、「サーフィンだけでは勝てない場合だってある。今回のコンテストはたしかに波がなかった。プロのコンテストを行うには不十分なコンデションだったかもしれない。しかしコンテストが最高のコンデションで行われる可能性は極めて低い。プロの中にはコンテストはオンショアで行われるものと決めつけている選手もいるほどだ。しかしコンテストは自分のサーフィンを相手に戦わせることだけではないことが、このコンテストでわかった。それには試合のタクティス、そして経験が必要だということ。久我は藤村、坂本相手に執拗なほどのブロックを行ったことについてこう語った。「波があれば、自分のサーフィンをすれば勝てる、でも、このコンデションじゃ、いい波を捕られたらどうにもならないでしょう。それには波に乗せないようにしなくてはね。」つまりどんなに実力があっても勝てないこともあるということ。それだからコンペテションはおもしろいのである。好調だった坂本にしても久我のブロックにはどうにもならなかった。これは明らかに経験不足、世界中の猛者を相手にしてきた久我との差である。いかなる場合でも、自分が勝つにはどうしたら良いかと考えること。それが経験であり、タクティクスなのだ。」

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’85BaliHighCup⑦

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この大会が何で4月だったのかは忘れましたが、JPSAのシーズンインを飾る第一戦ということで注目度も高かったので正解だったのかもしれません。しかしこの時期の伊良湖で2日間に渡ってベストな波に巡り合うのは至難の技、これだから大会運営は辛いんですよね、この85年の時も20日は低気圧が通過した後でウエイティングの後始まったヒートはサイドながらも2~3フィートで大会としては充分なサイズ。トライアルからメインラウンドまで順調に進み、地元からは尾崎充洋プロが見事メインラウンドに進出しました。しかし予想通り翌21日には一気にサイズダウンして力の無い腰サイズと物足りない波となりましたが、逆にまったくミスを許されない波ということで実力がそのまま出る結果となりました。結局ファイナルを戦ったのはこの久我孝男と新鋭坂本清克の二人でした。

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’85BaliHighCup⑥

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13ページも広告、「HALATION」はKIKIで一緒にサーフィンやってたジミーのショップだが、今では海から離れてしまった。全日本常連のマーボーがいる「NORTH SHORE」、それにこれを見ると判るけど小林隆の「SELECTION」はこの年にオープンしている。14ページには誠に場違いながら私の実家である「菊川㈱」も掲載されていた。以上でパンフレットの紹介は終了します。裏表紙は先日紹介したBaliHighの広告になったいました。

February 06, 2008

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’85BaliHighCup⑤

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10ページにあるのがアマチュア対象にしたサーフィンツアー「BalihighCup」でTSAの大会として年間3戦を行いチャンピオンを決めるものだった。この大会は茂紀くんが担当だったのであまり記憶がないが賞品総額300万円とは思い切ったことやったもんだ。11ページにはTSAの大会日程表がある、どれもロングビーチで開催されたものだ。当時の大会はほとんどがロングビーチでのもの。というか当時のロコポイントは駐車場もなくとても大会を出来るような状況に無かった。広告にある「COUNTRYLINE」は現在の「FOLLOWS」前身である。

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May 02, 2020

’85BaliHighCup④

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7ページにはシードされた選手のヒート表がある、大会前から続々と選手が伊良湖入りしていたが、港の上から見ていたら若くて知らない顔のサーファーがめちゃめちゃ上手くてビックリ、上がってきてあまりのイケメンに二度ビックリしたのが始めて会った坂本清克であった、たしかフィットシステムだったウエットも始めてみるもので気になったことを今でも覚えている。何とこの坂本は結局ファイナル進出の快挙をなして孝男と戦うこととなった。9ページにはいよいよ地元出身の選手達が登場する。JPSA公認プロは2名、最近よく取り上げている柴田賢次とあまり顔を見なくなった尾崎充洋だ、二人ともスポンサーにはガルーダコーポレーションが付いていた。また地元推薦枠で出場したアマが4名。今はキーパーのオーナー鈴木弘章、豊橋のショップオーナーだった板倉秀夫、今でも先端や岩場の波が良くなると登場する本多信明、ロングボーダーとして活躍中の杉浦仁の4名。広告に出ている豊橋の「WaveColor」オーナーだった神道さんはその後残念なことに海で亡くなってしまわれた。

February 06, 2008

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’85BaliHighCup➂

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4ページは85年度TSA役員名簿、懐かしい名前のオンパレード、会長の近藤茂紀・事務局長阪野益治・会計監査大脇茂は海から離れてしまった。今でも元気なのは当時の副会長で今もエビンオーナーの日比野健一とポイントサーフの小山友久。また常務理事のショップでは現役のショップも多い。HOTEODの広告を見ると当時は3店舗あったんだ。また5ページにはこの大会にエアーチケットを提供してくれたガルーダ・インドネシア航空の広告があるが、わざわざ東京までお願いに行った記憶がある。ドゥビーとは仲良くしてたけど今はどうしてるのかな。6ページは前年度JPSAファイナルレーティングがあり、当時のトッププロの名前に混じり31位に地元の柴田賢次が登場している。

February 05, 2008

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’85BaliHighCup②

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いよいよこれからBalihigh Cupの資料連載を始めます。85・96年と二度開催されましたが、大会パンフレットを作ったのは最初の85年だけでした、恐らく予算が無くなった来たのかな?当時印刷した冊数は判りませんが、大会会場での配布や関係者・ショップ等に配ったので相当な部数だったと思います。現在は手元に2冊だけが残っており、今後の貴重な資料になるかもしれません。取りあえずはこのパンフレットの全ページを紹介していきます、広告も多いのですが当時の様子や物価も判るので敢えて全部にしました。それでは3ページずつ紹介していきます。 トップページは全開も一度使いましたがBalihighのラベルを作ったデザイナー「中尾豪介」のイラストが使われています、細かいところにも遊び心が一杯で楽しい絵になっています。たしか86年には彼の原画を使って大きなカラーポスターを作りましたがどうしても見つかりませんでした。どなたかお持ちの方がおられましたらぜひお知らせ下さい。1985年JPSA PRO SURFING TOUR Balihigh Cup 4/20・21、賞金総額150万円。2ページは「RASH」の一面広告。3ページには当時の東海サーフィン連盟(TSA)会長 近藤茂紀と、スポンサーとしてガルーダコーポレーション武藤恒志、つまり私のご挨拶がございますので再現いたします。

ごあいさつ    東海サーフィン連盟(TSA)会長 近藤茂紀
中部地区におけるサーフィンの歴史は1960年代に始まり、すでに20年近い歴史をもっていますが、私達の見つけたポイント太平洋ロングビーチに於いて、我が国のトッププロサーファーを一同に会した今回の「バリハイ カップ」のような大会は始めてのことであり、このような大会が開かれることはこの地区の為に非常に有意義なことであると思います。特に一部のサーファーと称する非常識な人々のおかげで一般の人達からすべてのサーファーが少なからず誤解を受けている現在このような素晴らしい大会が開催されますことは立派なスポーツとしてサーフィンの素晴らしさをアピールする絶好の機会であります。これからもTSAは10万人といわれるこの地区のサーファーに対して正しいサーフィンが普及するよう努力を続けていきます。 また、この場をお借りして、いつも友好的にご協力を頂いた赤羽根町の方々と、サーフィンというスポーツに非常に理解をしていただいているメインスポンサーのガルーダコーポレーションに深く感謝いたします。

ごあいさつ   ガルーダコーポレーション 武藤恒志
我々のホームグラウンドである渥美郡赤羽根の太平洋ロングビーチにおいてJPSA公認の85年度プロサーフィンサーキット第一戦の「バリハイ カップ」が開催されることは中部地区におけるサーフィン文化発展の為に大変喜ばしいことであります。 また、若い人達が自分の眼で我が国の第一線のプロサーファーのライディングを見ることができるということは、彼らに素晴らしい希望と夢を与えてくれるものと確信しています。どうか出場されたプロサーファーはその実力を充分に発揮し、期待に答えて頂きたいとおもいます。また、当社ではこれからもサーファーの地位向上の為にこうしたイベントを続けながら皆様と一緒に発展してゆきたいとおもっております。 最後に、本大会の為に大変な努力をしていただいたJPSA・TSAの役員の方々と、ご協力いただいた地元赤羽根町の皆様に心からお礼を申し上げます。

February 05, 2008

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‘85BaliHighcup①

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70年代の資料を探しながら本棚のチェックしているとついつい横道にそれてしまい、80年代の雑誌に見入ったりしているうちに、85年・86年にロングビーチで開催した「Balihigh Cup」に記事を見つけました。もうそろそろ20年以上も経ち記憶の薄れる頃なので一度取り上げようと思い立ち、他にあった資料も探し出しました。残念ながら当時のポスターを見つけることは出来ませんでしたが、パンフレット始め貴重な資料が見つかりましたので2月に入り次第特集で取り上げていきます、お楽しみに。

January 26, 2008

 

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いつかの伊良湖 先端 プロロングボーダー達のサンセットタイムSESSION

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May 01, 2020

ジミー

 

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今朝は久しぶりに錦吾がロコポイントへ来た、相変わらずのマイペースでサーフィンやってるようでなによりですが、見てたら何だか見覚えのあるサーファーと話しこんでた・・・まさか・・・と思いながら「ジミー?」って聞いたらピンポーン!一体何年ぶりだろかい?この下の写真でMRに抱きついているのがジミー、KIKIの時代にシトロエンのト...ラックに乗ってて目立ってたし、その後平針でサーフショップやったりもしてたんだよ。たしか僕が独立した1979年よりも前の話だからひょっとすると40年も前なんかな?当然彼ももう還暦過ぎてるんだろうけど見た目は40年前とまったく変わらなくてビックリだよ、今日はジミーに会えただけでも大儲けでした。

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村上舜 田原市のISA世界選手権で日本を金メダルへ導いた、もうひとりの男


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GIANT WAVES AT MAVERICKS

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