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February 29, 2008

Blue

Blue


僕の好きなカラーは当然のようにブルーです、まあ海が好きなんだから当然だよね。さすがにボードではあまりブルーは使いませんが、ウエアー類はブルーが多いんです。しかしこれはまた何ともブルー! 「ヨットで波乗り&伊勢海老探し」のミツタカくんが扱ったざりがにの一種でブルーマロンというんだそうですが、お味はともかくこの色は食欲と反比例しそうじゃない?実は去年同じ様な色のブルーオマールっていうのを食べた経験もあるんですが、そちらは伊勢海老みたいな味でした、しかしこの色は深海での保護色なんだろか?

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湘南

Shounan


この時期というか冬場に関しては伊良湖は反応が鈍いですね~、それに比べて関東は敏感のようで羨ましいです。湘南・千葉・茨城とコンスタントに波が上がっているし水温もずいぶん暖かいのがウエット見てても判ります。でも明日からはいよいよ3月、これで伊良湖にもやっと波が戻ってきてくれそうで今年も楽しみです。写真はblog「七里のおじさん」こと加藤さんのところからお借りしました。

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February 28, 2008

いよいよ

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寒かった2月も明日で終わり、いよいよ3月、3月って言うとイメージは「春」ですもんねー。さてそこで真冬の間お休みしていましたビーチクリーンが3月から再開されます。毎月第一日曜日今回は3月2日朝9時から田原市サーフィン協会の協力を得てロコポイントでビーチクリーンを開催します。同じ日にロングビーチや新日本でもそれぞれ開催されています。さすがに駐車場やビーチにゴミを捨てるサーファーは減りましたが、何処からか流れ着く漂流ゴミが減ることはありません。これからのシーズン綺麗なビーチを素足で歩き海に入れる事がなんと素晴らしい事か、その為にも出来るだけ多くのサーファーの協力でビーチクリーンを続けて行きたいと願っています、強制ではありませんがぜひ海への感謝の気持ちを持って参加してみてください。

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February 27, 2008

MR.ZOGS

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やっぱサーファーにお似合いなのは「SEXWAX」で決まりでしょう!

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NEWAX

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そろそろシーズンということで何か良いものはないかと捜していたらこんなものが・・・「NEWAX」つまりワックスいらずってことかな?デッキ全体に皮膜を貼り付けると滑らないんだそうで、今あるデッキに比べて擦れたりしないそうです。大昔のロングボード全体にアストロデッキ貼ったときは裸で擦れて酷い目にあったんだけど、その心配はなさそう。なんせシーズン中はボードを車に積んだままだし、ワックス落としてる暇なんかないからこういう便利グッズは興味があってね、しかし価格見てビックリ、ロングボード用は18000円以上だって、僕なんかワックスを良く使うほうだと思うけどそれでもワンシーズンに5千円は使わないから、この金額だとちょっと無理かな?

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そろそろ?

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今朝の海は荒れてましたね、一時は頭以上まで上がったようですが風が強くロコはいまいち、それでも恐らく今回が最後の冬型になりそうで週末からはどんどんと暖かくなりそうな気配です。今朝は他にも新しいウエット完成のお知らせや、本年度ジャッジ登録のお知らせが届き、いよいよサーフシーズンの到来を感じました。今年は50代最後の年となります、さてどんなシーズンになるのか自分でも楽しみです、まだまだ体力も気力も充分で問題なさそうなんでよろしくね。
昨日までアップしたBIG WEDNESDAYの記事は我ながら良く書けたのでこれからの資料にと思い新しくBIG WEDNESDAYのカテゴリーを作りました、気になった時にはこれを読み返してDVDを見てください。

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February 26, 2008

Loko226

この寒さにもまったくめげることなく毎朝必ず海に入っているナイスサーファーから今朝は嬉しそうにサイズアップのメールが届いた、なんでも無風の腹~胸だったとか。伊良湖でもロングビーチには胸サイズが入ってきたようだ。一応考えてはみたものの外はなんと吹雪・・・これじゃあかんです。さすがにロコは満潮でもあることとてわずかなうねりのみ、しかし確実に春は近づいて来ています。

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BIG WEDNESDAY

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1974年 春
ビックウエンズディー
風はどこから来るのか
それは神の息吹きか
雲は波が生むのか
大きなうねりは どこから来るのか
だが待ち続けた日が
遂に来た・・・・・・

あまりにも有名なナレーションで始まる最後のパートはまさに波乗りの最高の素晴らしさを見せつけてくれる。1977年11月ノースショアで撮影されたシーンは、ワイメア・サンセットを組み合わせたものと言われているが、当時としては破格の600万ドルを費やしたハリウッド映画のクライマックス!サンセットのシーンでは何と監督ジョン・ミリアス自身もテイクオフしてくる。また駐車場を歩くロペスに痺れたり、彼のスムースなライディングとプルアウトには惚々したもんだった。マットが最後に狙うセットの迫力はぜひもう一度映画館の大きなスクリーンで見たいものだ。公開から30年近く経っても未だに新鮮な感動を与えてくれるBIG WEDNESDAYこそまさにサーファーのバイブルなのだ。

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BIG WEDNESDAY

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1968年 冬
北のうねり
北のうねりは冷たく危険だ
真冬の風に吹きよせられる強い波
それは
飽きることのない眺めだった
時として風も波もしずまる
岩と澄みきった水
今は遠い過去だ
変わったのは
自然ではなくて  人間だ

このパートは今の季節と同じでせつない・・・ジャックが帰還してきたシーンは好きだけど他はどうも寂しすぎる、まあこの後へ続く序章としては良いのかもしれない。

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BIG WEDNESDAY

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ベアーの結婚式です、式が始まる前のマットとジャックが仲直りするシーンは印象的でした。結婚式ではワクサーが酔っ払ってた事くらいしか覚えてませんでしたが、実はこのシーンだけに登場するベアーの新婦さんがジョン・ミリアス監督の2番目の奥さんなんです、BIG WEDNESDAY撮影終了後に結婚式を挙げたんだそうで、こっちのほうが興味津々。

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February 25, 2008

BIG WEDNESDAY

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この映画の為に臨時増刊号として発行された「映画ファン」では前半が映画の紹介で、後半には79’湘南カウンティー・サーフ情報となっている。この当時はBOLTブームもあってサーフィンの黄金期、シティーサーファーが大増殖して時期なので記事もなんというか・・・とりあえずタイトルでも紹介します。「キミも恋人にサーフの勇姿を撮ってもらおう」「ボードにワックスを塗るには」「サーファーだけが何故モテるんだ!」「サーフィン情報学入門」「湘南ビーチには女性サーファーも来ていたぞ。男たるもの負けていていいのだろうか?」「サーフィンマナーの基本」「湘南以外の穴場紹介」「プロへの道」・・・・とまあこんな具合です。皆さんがこのタイトルから想像する内容でまず間違いありません。ただこの後「日本のサーフ界のホット&ガッツ野郎!」という記事では青田琢二・阿部博・高田健次・長沼一仁とともにこの写真の「パイプライン・坂本昇」氏がサーフィン界の古強者として紹介されています、なんとも雰囲気のある写真でこれが一番気に入りました。

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BIG WEDNESDAY

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1965年 秋
西のうねり
年ごとの夏
だが思い出に残るのは
むしろ秋と冬のはじめ
水温が下がると
西のうねりが高まる
あたらしい波
それはまた
ひとりで乗る波だ・・・

この映画には何度もサーフィンの場面が出てくる、僕が波として一番すきなのは徴兵検査が終わった後、出征する前にジャックが一人で波に乗る場面だ、このシーンでは吹き替えのPTが素晴らしいライディングを見せてくれる。それと最初のパーティーの場面なんだけどあの家はジャックの家でパーティー中も2階で彼のお母さんが2階で本読んでるでしょ、実はあの二人本当の母子なんだよねー、しかもお母さん役のバーバラ・ヘイズって僕の年代だと最高のテレビシリーズ、ペリーメイスンの秘書やってた人なんだよ!

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February 23, 2008

BIG WEDNESDAY

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最初のサーフシーンはマットが酔っ払って乗る場面、波も良いけど一本目からゴービハインドだもん・・・参るよね、最後に3人で一緒に乗るのも楽しそう、でもどちらもやろうとすると難しくて。このシーンはマリブでの撮影じゃなくて「コホ」ってポイントだったそうです。

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BIG WEDNESDAY

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結局昨日は気になってBIG WEDNESDAYのDVD見ちゃいました。やっぱ胸キュンはペギーです、ビックウエーブに挑む朝、マットが一人でボードを積んでる時にガウンのままペギーが出てきてただ「気をつけて・・・」って言うシーンは何度見てもやられるし、ポイントについて3人が出会い、「ザ・マーチ・オブ・ザ・ハワイアン・キングス」の曲に乗ってビーチを歩くシーンもあきません・・・・・何度見ても感動!

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February 22, 2008

BIG WEDNESDAY

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当時の映画館で購入したパンフレットと、映画ファン臨時増刊号「ビックウエンズデー」が保存してあったので暫くはBIG WEDNESDAYの話題で行こうと思います、パンフレットは映画の事だけなんですが、増刊号では「湘南ストリート・ストーリー」というサーフィン特集があり結構資料として面白いですよ。どちらにしても恐らくサーファー、特にロングボーダーでこの映画を見ていない人はいないでしょうからぜひご意見をお聞かせ下さい。

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BIG WEDNESDAY

Netbwkantoku


1979年(昭和54年)に劇場公開された「BIG WEDNESDAY」はそのストーリーや大画面でサーファーの間で話題になり、何度か見に行った。それまでのハリウッド映画でのサーフィンとはまったく取り扱いが違い、まさに60年代のサーファーそのものを描いており今見直しても共感を得る事が出来る。これもすべて監督のJohnMiliusのおかげだろう。10歳でサーフィンを始めた彼は青年期をマリブで奔放に過ごすが10代も終わろうとした頃ハワイへ向い、そこで彼の生涯の仕事に巡り合うことになった。偶然にも入ったホノルルの映画館で上映されていたのは何と黒澤明監督の「七人の侍」だった、その映画でショックを受けた彼は連日映画館に通い、生涯の仕事として映画を選ぶことになる。その後も多くの黒沢作品から影響を受け、ついには「野良犬」をヒントにして書かれたのが一躍彼を有名にした「ダーティーハリー」だった。そして彼はついに自分の夢だったサーフィンと映画のジョイントに挑むことになり1970年から下調べを始め1977年にシナリオが完成する。今でもこの映画で感動するのはこんなストーリーがあったせいかもしれない。ちなみに皆知ってるとは思うけど監督自身がこの映画で登場するシーンがあって笑える。

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BIG WEDNESDAY

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1962年・夏
「南のうねり」
今でも思い出す谷から海へ
吹きつける風サンタナと呼ばれる暖かい風だ
南国の香りを運ぶ風
夜あけに岬から強く吹いてくる
友達と車で眠り
その潮騒に目をさます
きょうこそ「特別な日」だと思いながら

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そろそろ・・・・

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基本的に伊良湖の冬は寒くて波もなかなか立たないので、ひま対策にと資料漁りをやってきましたがそろそろ終わりに近づいてきちゃいました、資料整理は今月一杯で一旦終了できそうです、3月になると「春一番」の声も聞こえてくるしそろそろシーズンインの準備もしなくちゃいけないしで海に戻れそうです。それまでは良い波の写真でも見ながら我慢しときましょう。

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February 21, 2008

第3回O.S.A.ウエストジャパンサーフィンプロコンテスト

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1978年9月、伊勢国府のメインビーチでは会長ヘンリー祝率いるO.S.A.(大阪サーフィン連盟)の大会が開催され、伊良湖からは名古屋地区トライアルを勝ち抜いてきた名古屋ゴッデスのパンダこと浜国康、ウエーブラインプロダクツの石塚義雄、豊橋ワールドサーフ見田裕康、そしてこの写真エビンサーフショップの日比野雅康、以上の4名がエントリーしている。結果は1位小林正明、2位金山吉秀、3位山崎市郎。伊良湖勢では浜国康の10位が光っている。

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February 20, 2008

第21回全日本サーフィン選手権大会Ⅱ

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左は大会本部のあった鹿島町商店街でしょうか、大きな歓迎の横断幕まであって雰囲気良いですね。ファイナルの日は観客も多かったですし車も入れたみたいです。右の写真で海を見るとファイナルの時の波状況が判ります、ちょっとクローズっぽいですね、でも雰囲気は何となくロコポイントに似てるでしょ。

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第21回全日本サーフィン選手権大会

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ショートボードの時代に全日本出場は3回、第20回新島大会・第21回福島大会・第22回浜松大会でした。1986年8月20日~24日まで福島県鹿島町右田浜で開催された福島大会での写真です。当時はBaliHighの売れていた頃でボードに入ったディケールのとにかく派手なこと! しかしここはとにかく遠かった、車で高速を乗り継いで何時間掛かったことか、でも着いてみれば地元の人達やサーファーが凄く優しく親切で楽しかった覚えがあります。大会自体は台風13号の接近でサイズがどんどんと上がりましたが決勝はオンショアとなりゲットがきつく、ロコポイントのように一本乗るとビーチ・堤防を走り裏の河口からピークへ出るような状態で何とも残念なことに当時はベスト3ウエーブだったのに2本半しか乗れなかった・・・グッ・・・もう一本乗れてたらと悔しかったですよ。それでもMASTERの結果は、優勝関野和男(茅ヶ崎)、2位保坂好久(東京)、3位武藤恒志(岐阜)、4位山本吉秀(西湘)、5位栃窪茂雄(福島)、6位越後一雄(仙台)というまあまあの結果でした。そしてこのファイナル終了後波がありそうなのでそのままノンストップで伊良湖へ戻り次の朝港で良い波だったんで入ろうとしたら同じくSENIORで3位だった内藤選手とばったり会い、お互い「あんたも好きね~」と言い合ったのが楽しい思い出でした。

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February 19, 2008

いつかはクラウン

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クラウンの13代目が発表になりましたー、家族と一緒に写っているのは初代クラウンでしょうか?これは小学校3年生だから1958年のものです。観音開きクラウンでしょうか、たしかこれに乗る前はオート三輪だったような記憶もあるけど、フロントガラスのセンターピラーも凄いですね。

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J.S.O

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1975年に発行されたJ.S.OパンフレットにはJ.S.O公認プロショップのリストがある。当時サーフィンのプロになるためにはこれらのJ.S.O公認プロショップを通じてプロコンテストに出場し、上位12位までに入るとプロとして公認されたそうだ。この公認プロショップとして地元名古屋では「名古屋ゴーデス」「エビン」の2店舗が入っている。「LOKO」が入っていないのはどうしたんだろうか?。尚このパンフレットの裏表紙には「GODDESS」の一面広告になっているが当時日本語では「ゴーデス」と表記していたようだ。

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February 18, 2008

三人組

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blogマリンスポーツランキングを見ると見事に伊良湖のblog三人組が並んでいました。3位が御存知Hulaちゃんの「伊良湖のハエ100匹」、4位が大沢裕子プロの「Hirokoのひとりごと」、そして5位が私「伊良湖一番」と見事にフィーバーしとります。女性陣が上なのは伊良湖の常識?私としてもレディーファーストで云う事ありません。まことにおめでたい限りです。この勢いでシーズンインまで頑張りましょぅ。

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J.S.O

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1975年J.S.Oパンフレットに書かれた現在NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ副理事長テッド阿出川氏のあいさつ。
「我々が(ここで我々というのは、日本でサーフィンが始められた頃の初期の人達である)サーフィンを始めて早くも十余年、過ってしまった。比の頃、海へ行って、いつも思うのは確かにサーファーは、ものすごい数にまで増えたものだと思う。また、銀座、かいわい、夜の六本木、赤坂・・・・はては、暴走族まで、アロハにプカシェル、このファッションは、絶対、我々、サーファーからのコピーそのものである。そんな事は、まあーどうでもよいのであって、すなわち我々がサーフボード、ビジネスを通じて行って来た。という事はこの十余年は決して無駄ではなく、少なからず意義があったと思う。その意義というのは、若者を健康的な海に魅力を感じさせた事である。私はこの間、サーフボード作りから、アクセサリーに到るもろもろを輸入―、事業としては、かなりにまで大きくなりました。それにつれて、経営管理がうまくいかず皆さん御存知の様に昨年暮れ倒産してしまいました。今では逆に気楽に仕事が出来、サーフィンする時間も多くとれるようになり、私本来の生き方に戻りつつあります。というのは、私の趣味は、小学生の頃から、釣り、素もぐり、スキーと、ほとんど夏休み、冬休みは家にいない位でした。大学の頃にはウェスタンにこり、(これはいまでもかわらないが)脱都会を進んで考えていました。自然の中での生活が、どれ程、人間にとって、有意義かという事からである。私の生き方からして、サーフィンの、サの字がつく仕事には、運営、ジャッジと、十余年やって来ました。私としては一生懸命、やって来た積もりです。しかし、そこに時代の流れがあり、運営方法、ジャッジ方法、ましてや日本サーフボード工業会に到っては、全く私の意に反したものになり、今後の運営にあっては、なるべくサーファーの意を汲み、あるいは、各国で行われているサーフィン大会システムの良い所を取り入れ、積極的、かつ、サーファー、ギャラリーがエキサイトする。プロのコンテストにも、今までにない私の力を導入し、全力をつくす積りです。幸いここにJ.S.Oのプロ組織に迎えられる事が出来、全く私の考えていた事、そのままの時代にあった組織です。サーファー諸君、サーフボード経営、サーフショップ経営諸氏も我々と共に、サーフィンをもっと盛り上げようではないか。私はこれを基点として、今までと違う方向へ事業も変えていき、昨年まで以上のテッドになる様努力します。最後に一言、年寄りサーファーを大切にしよう。  J.S.O理事 J.S.O公認ジャッジ J.S.O公認指導員 テッド阿出川」

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J.S.O

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同じく1975年J.S.Oのパンフレット一面に掲載されていた現在NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ理事長鈴木正氏。
「J.S.O(JAPAN SURFING ORGANIZATION)主催の日本に於ける新しいプロ部門の誕生により第1回JAPAN PRO SURFING CONTESTは、8月9日に千葉県太東岬スイークポイントで行われました。この大会の参加者は、J.S.Oのプロ認定者と、プロコンテスト出場権獲得者に限られ、予選から大変厳しいヒート分けと成った。各ヒート分けは、選手各々のクジで決定され公平さをプラスした。波は1.5m~2.0mで、オフショア、プロコンテストには少し物足りない感じ、しかし賞金がかかった上、プロとしての自覚から、非常に好プレーが続出し白熱したプレーが展開された。
J.S.Oの誕生、私は過去10年間全日本サーフィン連盟に所属していました。しかし、今J.S.Oの一員として、プロコンテストをスタートさせ、今迄のうっせきしていた何かが思いきりよく流れ出ていくのを、私はじめ選手それぞれの目の中に見た様な気がする。その全日本サーフィン連盟に一言云わせて頂くなら、何年か前に私をはじめ他でも賞金レースをやろうとしました。そして、サーフィン連盟から圧力がかかり取り止めさせられました。今そのアマチュアであるべき連盟が、全日本で遊びで来日中の外人サーファーを参加させ、しかも賞金さえ出すと云うのはいったい何故だろうこれ一つ取り上げても主体性のなさが浮彫になっている。10年目にして土台から崩れていくのをもはや誰も止める事は出来ない。J.S.Oは出来るべくして出来たと云える。サーフィンそのもののスポンサーは、サーフボードメーカーであり、プロショップと云える。しかし、全日本サーフィン連盟はあくまでもアマチュアであり、その主旨を貫き、今後ともJ.S.Oと違った意味で権威あるものにして欲しい。10年間の蓄積を決して無駄にして欲しくない。スポンサーなくして賞金レースは行えない。これはとりもなおさず共栄共存を立証している。スポンサーとしてメリットが生まれればプロコンテストは永久的に続くだろう。選手も賞金獲得に日々努力を怠らない。私達はサーフィンを愛し、他にこんな素晴らしいスポーツはないと誰しも思っている。今後J.S.Oの役割は大きい。もちろんボードメーカー、プロショップ、その他関連会社の協力は絶対に必要だ。しかし、それ以外に、スポンサーを見付け出さねばならない。例えば、世界のビックコンテストは、Hangten American Pro(スポーツウエアーの会社)・スミノフ(酒の会社)・コカコーラ(清涼飲料水)・ガルフ(石油会社)まだ他にもあるでしょう。しかし皆サーフィンの良き理解者である事には間違いない。世界のサーフィン界で、この業界を一番良く知っているゴードン・クラークさん(米国クラークフォーム社長)は、私にこう云いました。「今、世界で一番サーフィン人口の多いのはオーストラリア・次にカリフォルニア・次に日本だ、しかし2~3年後には、日本がオーストラリアの次になるだろう」と、又こうも云った。「しかし日本の業界の立ち遅れは世界一だ」「何故、君達サーフィンにたずさわり、恩恵を受けている者達が、その利益をサーファーと共に分かち合おうとしない。何故日本のサーフボードはこんなに高いのだ」と、きつく云われました。確かに我々サーフボードに携わる者にとって直面した意見だ。ただ歴史が浅いと云う点日本のネックだろう。最後に、全日本サーフィン連盟はあくまでもアマチュアとしてスタートした。アマチュア精神を忘れてはならない。J.S.Oは、あくまでPRO部門を主体にし、業界の発展を第一目標に掲げ、世界に於ける日本の地位を確保しなければならない!中傷は結果に対して何の意味も持たない。J.S.Oはサーファーと共にあり、サーフボードメーカー、及びプロショップ等の協力母体から生まれたと云う事を忘れてはならない。  J.S.O理事 鈴木正」

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J.S.O

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1975年に発行されたJ.S.Oパンフレットに掲載された3名の方々のご挨拶を掲載させて頂きます。当時の状況やサーフィンの歴史まで今となっては貴重な資料ですので出来る限り原文に忠実にさせて頂きました。まずは現在NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ最高顧問の高橋太郎氏。
「日本にサーフィンが入ってきてもう16年以上になり、日本サーフィン連盟が10回目の大会を盛大に行い、今迄連盟(NSA)を盛り立てて来たサーフィンのパイオニア達がプロの連盟であるJ.S.Oを結成してNSA共々協力し合って、いよいよ日本にも本格的サーフィンの国として世界の“波の仲間”と対等にやって行ける時代を迎えつつあります。事は大変喜ばしい事です。今迄アマチュアの一級選手としてライディングしてきて今回プロに転向したトップサーファー達には、又新たにプロとしての心技両面に渡るあらゆる厳しい難問に遭遇するでしょうが日本のサーフィンを代表する者としての自格をもってほしいと願っております。私が始めてサーフボードを作ったのはもう16年位前になります。当時日本にはサーフィンのサの字もなく、日本ではサーフィンをする事は不可能だと言う観念が一般的でした。海が大好きな仲間と日本でもサーフィンが出来るのではないか?と思い始めすぐ作る事にしてはみたもののどんな形をしているのかさえ分かりません。ハワイ観光旅行のパンフレット、雑誌の切扱、などサーフィンが出ている物だったら何でも集めました。子供の絵本までも!やっと形の概略が分り、さあ作ろうと思ったが材料が分りません。ベニヤ板と丸太と細い棒等で2週間もかかってやっと長さ3m巾58cmの中空のボードが出来上がりました上にペンキを塗り水が入るからとサラシ布をまいてペンキで固める等いろいろ作りました。スケッグの取付方、反りの出し方、防水の仕方等今ではあたりまえの事が一つ一つ重大な難題でした。土曜日の晩にはまだ乾かないペンキにドライヤーをかけながら明日の波乗りの事を考え仲間と夜通し話し合いました。初めて米国製のボードを見たのは葉山の一色海岸です。まずその美しい曲線光沢に驚いたものです。何で出来ているのか?どうしてこんなに軽いのか?寝れぬ夜が続きました。ボードがファイバグラスとウレタンフォームで出来ている事を知ったのは葉山の外人がグレックという名前でGIの息子でありアメリカではサーフィンが大流行しているスポーツだと言う事が分ったあとでした。当時日本にはそんな材料は殆んどなく毎日毎日東京中の会社を捜し歩きました。町で走っているトラックにそれらしい物がつんであるのを見つけて追かけつかまえてたずねたら、硬質ウレタンでガッカリした事もあります。海岸で同じ自作ボードの仲間と会った時など材料は何をつかったか?どんな構造か等話し合って情報を交換しました。バルリ材のレンガ積、スチロールの尿素樹脂固め、ベニヤとスチロールのサンドイッチ等、又皆自分の新作ボードを自慢し愛していました。3m18kgのボードを大切に大切に砂の上にもソーッとおいたし、海から上がって家に帰ると真水で洗ってワックスをかけ部屋に飾て眺めていたものです。海岸で車ですれちがう時も必ずあいさつのサインをしました。当然の事ながら今ではサーフボードが欲しければ、デパートにでも売っているし、立派な先輩達が親切にサーフィンのNOWHOWを教えてくれる。外国の雑誌も沢山ある。大変めぐまれた中でサーフィンしています、でもこれからの日本の代表となって行く若い人達に是非お願いしたい事があります。サーフィンは精神のスポーツです。今迄そして今、日本を代表するサーファー。川井。井坂、小川、鈴木、出川、長沼、小室等々のトップサーファー達は皆、少くとも、どうしてボードを手に入れるか?どうやって乗るものか?等日本の草分け時代の感覚をやしなって来た人達です。自作のボードからロングボードそしてショートボードへとサーフィンはテクニック、システム、等色々な面で進歩して来ています。そして素晴らしい大会も続々と開かれます。しかし何か欠けているような気がするのです。サーフィンに対する情熱ボードに対する愛情、海に対する、仲間に対する何かが!私は若いこれからのサーファーにその何かをよく考えて欲しいと思います。私達は日本のサーフボードとNSA・JSOというプロアマ両方の組織の土台を創りました君達は何を創るのかを! J.S.O公認ジャッジ J.S.O公認指導員 ダックスサーフボード 高橋太郎」

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February 17, 2008

超フラット

超フラット
たしか雪の後は波が上がるとか言いますが、今朝の伊良湖には通用しなかったようですね、昨日の夜は結構降ってましたけど積もるまでには至らず今朝はピーカン、しかし寒い・・・

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深夜割引

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高速を使うサーファーにとってありがたいのがETCの各種割引です、この時期だと朝晩の通勤割引が半額で助かりますが、遠距離や夏場は午前0時~4時の深夜割引のお世話になってます。ところでご存知でしたか?この深夜割引は通常料金から30%OFFなのですが、何と今月の15日からそれが1年間の暫定措置とはいえ40%の割引になっていました、こんな情報どこかで告知されてたかなー?

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February 16, 2008

J.S.O

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パンフレットの何処を探しても発行日時が書かれていないが、第1回J.S.Oジャパンプロサーフィンコンテストとあるので恐らく1975年のものだと思われる。不思議なことにここへ寄稿している3人はくしくも現在NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブでご一緒している、高橋太郎・鈴木正・テット阿出川の方々だった、この文章は改めて後日アップします。この1975年発足時点でのJ.S.O公認プロは以下の22名であった。
1、川井幹雄 2、吉田正 3、鈴木三平 4、鈴木正 5、小川秀行 6、井坂啓美 7、長沼一人 8、出川三千男 9、小林正明 10、青田琢二 11、山崎市郎 12、小室マリ子 13、飯尾進 14、石塚義雄 15、上杉俊二 16、善家誠 17、ヘンリー祝 18、添田博道 19、抱井保徳 20、岡野教彦 21、ジョージ藤沢 22、小室正則
またJ.S.O公認ジャッジは以下の35名
阿出川輝雄・君塚房治朗・鈴木正・吉田正・高橋太郎・大谷正一・小林秀行・川井幹雄・出川三千男・進士里可・長沼一人・井坂啓美・荻野恭英・鈴木捷吾・宇佐美潤・ヘンリー祝・大沼虎夫・石塚義雄・鈴木三平・鈴木輝敏・大橋和夫・梶原英一・鈴木泰彦・尾代邦男・上田俊彦・大川朝男・高橋和夫・阪野益治・星泰雄・高橋節・高坂和彦・和泉利明・山崎市郎・井上テルヤ・佐藤義雄
伊良湖からは公認プロとして「石塚義雄」、公認ジャッジとして「阪野益治」が参加していた。

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February 15, 2008

第13回全日本サーフィン選手権大会

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あざらしくんからお借りした第13回全日本サーフィン選手権大会のパンフレットです。会場は千葉の部原海岸でした。このパンフレットは大型で8ページあるのですが、その半分以上がプロ問題で埋まっています、せっかくのアマチュア全日本なのにこの頃は色々とプロ創世記の物語があったようです。この大会に地元愛知から出場したのはMENの内藤直樹、SENIORの鈴木光彦、WOMENの中島嘉子の3名でした。記事に伊良湖に関することは書かれていないのでここまでにします。

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February 14, 2008

資料到着

Shiryoutouchakuaa

今回「IRAKO CLASSIC」に書き込む時代が延びたために改めてあざらしくんから資料をお借りしました。もう一度どうしてもチェックしたかった1971年の赤羽根で開催された全日本のパンフレット。恐らく1975年と思われる「第1回J.S.O.ジャパンプロサーフィンコンテスト」のパンフレット。1978年第13回全日本のパンフレット。70年代のサーフマガジン。どれも貴重なものでこれから順次ご紹介していくつもりです。ただ手前にあるSWがA4なのに比べてどれも大判サイズなのが妙に感じますし、このサイズは私のスキャナーに入りきらないので困ってます。それと発行された年が入っていないものが多く、これも逆に凄いことかと。

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LYNN BOYER

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我らの70年代サーファーにとってのアイドル?だったリン・ボイヤーは当然のことながら相当なお年になってはいるものの元気一杯で最近じゃ画家として活躍中との事でしたが、昨日大庭くんのお店「grava」へ行ったらなんと彼女の絵画が飾ってありました。まあ・・・なんとも私が見る限り素人の域を出ていないと思うのですが評判は良いようです、そういえばあのラッセンの絵画でも売れているのでそういうもんなんでしょう。

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February 13, 2008

BALI 84’

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ちょうど八丈と同じ年の秋にもまたBALIへ行ってたようです。この当時の定宿は「ラマヤナホテル」こじんまりして良い感じのホテルでした、一番右の写真で右端にいるのが当時一緒にサーフィンやってたチャンドラーで、彼がこのホテルで働いていた関係で泊まるようになったはず、たしか朝食付きで25$だったかな?真ん中の写真のトランクスは「キンコン」ですよ。ここは日本人はいたことなかったです。

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八丈島

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何年頃から通ったのかは忘れたけど80年代前半までは小牧から八丈島までYS11が直行で飛んでました、当時乗客のほとんどは釣り人でサーファーはまずいませんでした。始めて行った時はたしかカルロスと二人で何も判らず町に泊まってポイント探し、何とか末吉までたどり着いてカイザー・サントス・タコスに入った記憶があります。その後はこの末吉にある民宿「友喜荘」にお世話になるようになり、じいちゃん・ばあちゃんやお嬢さんにまで大変お世話になりました、本当に良い思い出です、その後小牧からの便がなくなってしまい行けなくなりましたが、その頃の冬場は毎年通ったものです。この写真は1984年、カイザーからタコスを望んでいるところかな?たしかSCの石井さんとも一緒に入った覚えがあります。このウエットは恐らく3mmでしょうか?水温がやたらと高かったんですよ。

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February 12, 2008

’86 Balihigh Cup

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この大会では前年度全日本メンクラスの勝者、藤田昌弘が地元からただ1人メインラウンドに進出し意地を見せてくれた。

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’86 Balihigh Cup

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このシーズンからJPSAは新しいジャッジシステムを採用することとなり、QFからはマンオンマンとなりASOルールを採用。しかしそこまでの4人ヒートではNSAルール適用と統一感に欠け選手からの不満も多かった、これも過渡期の出来事、特にブイを使っての優先権が始まったのはこの大会が始めてであった。またシステム変更ということもあり、なんとヘッドジャッジは新理事長川井幹雄自らがあたることとなった。

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’86 Balihigh Cup

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ファイナルの接戦を5-0のパーフェクトスコアで勝利したのは久々の勝利となった関野聡であった。表彰式でのプレゼンターはTSA会長だったEVINの日比野健一、お若いです。コールするのはJPSA理事長川井幹雄。

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’86 Balihigh Cup

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1986年4月26日・27日の二日間に渡りロングビーチで第二回Balihigh Cupが開催された。当時東海地区で開催される唯一のプロコンテストということで観客は5000名を越える大きな大会となった。残念ながらまたしても波には恵まれなかったが新たな組織となるJPSA初大会で役員・選手共に燃え上り熱戦が繰り広げられた。2連覇を狙う久我孝男の前に立ちふさがったのは伊勢の福田義昭、セミファイナルでは4-1で久我を抑えてファイナルに進出し、関野聡との一騎打ちとなった。写真は左から関野聡・福田義昭・久我孝男。

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February 11, 2008

記念撮影

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蒲郡市博物館で北村さんを囲んで記念写真をパチリ! 写真集団「雲」作品展は明日までなので皆さん見逃さないでね。 撮影 北村守

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February 10, 2008

ポカポカ

ポカポカ
さすがに雪の腰サイズに入る勇気はないもんで駐車場にて巨頭会談、風も入らず良い気持ち(^-^)v

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ロングビーチ

ロングビーチ
何と雪のロングビーチに来てしまった。昨日は吹雪だったそうですよ、波は予想外に小さくて腰あるなし・・・

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February 09, 2008

NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ

ShatuSuteltuka


昨年NPO法人の認可を受けて発足した「NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ」の活動がいよいよ始まります。公式ホームページを通じて「正会員」「賛助会員」の募集を開始させて頂きます。同会の主旨や会則をお読みいただきご賛同いただける場合にはぜひご協力をお願い致します。また同時にご賛同いただける「協力店」「協力メーカー」様も募集いたしておりますのでどうぞご覧ください。大変お待たせいたしましたが公式ホームページではレジェンドサーファーズ・クラブの公認ステッカー・Tシャツの販売も開始いたしましたのでそちらもぜひご覧くださいませ。    NPO法人 レジェンドサーファーズ・クラブ

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February 08, 2008

ヨットで波乗り&伊勢海老探し

JPSAのプロサーファーだった「池田光孝」くんの始めたblog「ヨットで波乗り&伊勢海老探し」がマリンスポーツランキングで初登場にも関わらず堂々の7位にランクインしています。私が思うにどうも「伊勢海老」ってタイトルが良いんじゃないでしょうか?いかにもサーファーっぽいタイトルとはまるでかけ離れ、誰もが興味を持ってしまいそうです。大体日本人のエビ好きは世界一といわれるし、ましては名古屋人ときたらエビフライに目がないから飛びついちゃいます。そんでもって覗いてみるとまさに知らない世界が見えたりして楽しいから嵌りそう。皆さんもぜひ見学に行ってみてください、その時はクリック一発忘れないでね。  「ヨットで波乗り&伊勢海老探し」

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NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ

NpoSurfs


1月28日NPOレジェンドサーファーズクラブの第一回理事会が赤坂で開催された。昨年10月27日28日鵠沼でシンポジューム、大会を開催し活動をスタートした。その時はまだNPOの認可が降りていなくて、あらゆる印刷物、大会テーシャツにも 申請中 と言う文字が入っていました。その後正式な認可が下り、本年度から本格的な活動に入ってゆきます。写真は親睦会が解散した後のスナップで、全員ではないですが、マリン企画の黒川社長も加わっていただき記念撮影となった。親睦会には講談社の取材も入り、今講談社の webサイトmouraをクリックして頂くとその記事を見ていただく事が出来ます。NPOはまだ本当にスタートしたばかりで、活動の内容もこれから回を重ねてに詰まってゆくと思います。  SURFandPEACE を合言葉に 平和活動に携わってゆきたいと考えています。基本的にはボランテア活動です、活動を通じより多くの方の賛同が必要です。今後は色々な形で活動は進んできますが、活動が理解され、浸透してゆくには多くの時間が必要です。辛抱強く、決して諦める事の無いように、心して取り掛かってゆきたいと考えております。写真左から (テッド阿出川、武藤、高橋太郎、鈴木、黒川さん)   MouRa(講談社)  理事長 鈴木 正

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Takao&Balihigh

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今になって思えば全盛期の久我孝男を少しでもサポート出来たという事はサーファーとして誇りに思っている。こうして当時の写真を見ると思わず感動してしまった、まったく年を取るといかんけど感動の度合いが高くなって困りものです。

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8mm

8mm


別件で「中日カラー」へ行ってきました。今回はデジタルビデオテープで撮影したものをDVDにダビングする用件でしたが、以前から気になっていたことも聞いてきました。昔のサーフィン映像を8mmで持ってるオールドサーファーは多いはずです、でも映写機がダメになったりフィルムの劣化で悩んでいる方が多いのじゃないでしょうか?この中日カラーではその8mmからDVDへのダビングが出来ます。問題は料金で8mmの場合には10分5000円+生DVD代が掛かります。これを高いとみるか安いと思うかはフィルムの重要性次第ですが、大切なフィルムを無駄にしてしまうことを思えば、この機会にデジタル化して後世に残すのもひとつの手段ではないかと思います。同じことは現在ビデオで持ってる方にも言えると思います。

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一周年

Volvo200802081019000


現在使用中のこのVOVLOが来たのが昨年2月8日、ちょうど一年たちました、この一年間の走行距離はちょうど3万キロでしたよ。雪山をやめたんでほとんどが海ですね~、去年は千葉や湘南も多かったし、伊良湖にも何度通ったことか、それ以前のハイエースのイメージが強すぎてこの車が僕とは判らないようで楽しめました。今のところ大きなトラブルなし、というかあまりにシンプルな車なんで壊れるところがないのかも?走り以外に不満はないのでまだまだ乗るつもりです、見かけたらよろしく!

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February 07, 2008

お知らせ

Dacarlos


カルロス奥村が昨年末にオープンしたお店「DA.CARLOS」のblogが出来上がりました。カルロス自身が慣れない指打ちで毎日頑張って更新中です。新しいお料理やメニューも登場しますのでぜひご覧下さい。
「DA.CARLOS」

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’85 Balihigh Cup

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ファイナルの結果は5-0で久我孝男の圧勝だった。見事Balihigh Cup初の勝者となった彼には賞金60万円とバリチケットが贈られた。まさに孝男時代の幕開けであった。

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’85 Balihigh Cup

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久我対坂本の一騎打ちはまさに実力というかプロの厳しさで久我のブロックに坂本が敗れてしまった。当時のサーフィンライフの記事にはこうある、「サーフィンだけでは勝てない場合だってある。今回のコンテストはたしかに波がなかった。プロのコンテストを行うには不十分なコンデションだったかもしれない。しかしコンテストが最高のコンデションで行われる可能性は極めて低い。プロの中にはコンテストはオンショアで行われるものと決めつけている選手もいるほどだ。しかしコンテストは自分のサーフィンを相手に戦わせることだけではないことが、このコンテストでわかった。それには試合のタクティス、そして経験が必要だということ。久我は藤村、坂本相手に執拗なほどのブロックを行ったことについてこう語った。「波があれば、自分のサーフィンをすれば勝てる、でも、このコンデションじゃ、いい波を捕られたらどうにもならないでしょう。それには波に乗せないようにしなくてはね。」つまりどんなに実力があっても勝てないこともあるということ。それだからコンペテションはおもしろいのである。好調だった坂本にしても久我のブロックにはどうにもならなかった。これは明らかに経験不足、世界中の猛者を相手にしてきた久我との差である。いかなる場合でも、自分が勝つにはどうしたら良いかと考えること。それが経験であり、タクティクスなのだ。」

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’85 Balihigh Cup

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この大会が何で4月だったのかは忘れましたが、JPSAのシーズンインを飾る第一戦ということで注目度も高かったので正解だったのかもしれません。しかしこの時期の伊良湖で2日間に渡ってベストな波に巡り合うのは至難の技、これだから大会運営は辛いんですよね、この85年の時も20日は低気圧が通過した後でウエイティングの後始まったヒートはサイドながらも2~3フィートで大会としては充分なサイズ。トライアルからメインラウンドまで順調に進み、地元からは尾崎充洋プロが見事メインラウンドに進出しました。しかし予想通り翌21日には一気にサイズダウンして力の無い腰サイズと物足りない波となりましたが、逆にまったくミスを許されない波ということで実力がそのまま出る結果となりました。結局ファイナルを戦ったのはこの久我孝男と新鋭坂本清克の二人でした。

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February 06, 2008

’85 Balihigh Cup

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13ページも広告、「HALATION」はKIKIで一緒にサーフィンやってたジミーのショップだが、今では海から離れてしまった。全日本常連のマーボーがいる「NORTH SHORE」、それにこれを見ると判るけど小林隆の「SELECTION」はこの年にオープンしている。14ページには誠に場違いながら私の実家である「菊川㈱」も掲載されていた。以上でパンフレットの紹介は終了します。裏表紙は先日紹介したBaliHighの広告になったいました。

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’85 Balihigh Cup

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10ページにあるのがアマチュア対象にしたサーフィンツアー「BalihighCup」でTSAの大会として年間3戦を行いチャンピオンを決めるものだった。この大会は茂紀くんが担当だったのであまり記憶がないが賞品総額300万円とは思い切ったことやったもんだ。11ページにはTSAの大会日程表がある、どれもロングビーチで開催されたものだ。当時の大会はほとんどがロングビーチでのもの。というか当時のロコポイントは駐車場もなくとても大会を出来るような状況に無かった。広告にある「COUNTRYLINE」は現在の「FOLLOWS」前身である。

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’85 Balihigh Cup

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7ページにはシードされた選手のヒート表がある、大会前から続々と選手が伊良湖入りしていたが、港の上から見ていたら若くて知らない顔のサーファーがめちゃめちゃ上手くてビックリ、上がってきてあまりのイケメンに二度ビックリしたのが始めて会った坂本清克であった、たしかフィットシステムだったウエットも始めてみるもので気になったことを今でも覚えている。何とこの坂本は結局ファイナル進出の快挙をなして孝男と戦うこととなった。9ページにはいよいよ地元出身の選手達が登場する。JPSA公認プロは2名、最近よく取り上げている柴田賢次とあまり顔を見なくなった尾崎充洋だ、二人ともスポンサーにはガルーダコーポレーションが付いていた。また地元推薦枠で出場したアマが4名。今はキーパーのオーナー鈴木弘章、豊橋のショップオーナーだった板倉秀夫、今でも先端や岩場の波が良くなると登場する本多信明、ロングボーダーとして活躍中の杉浦仁の4名。広告に出ている豊橋の「WaveColor」オーナーだった神道さんはその後残念なことに海で亡くなってしまわれた。

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February 05, 2008

’85 Balihigh Cup

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4ページは85年度TSA役員名簿、懐かしい名前のオンパレード、会長の近藤茂紀・事務局長阪野益治・会計監査大脇茂は海から離れてしまった。今でも元気なのは当時の副会長で今もエビンオーナーの日比野健一とポイントサーフの小山友久。また常務理事のショップでは現役のショップも多い。HOTEODの広告を見ると当時は3店舗あったんだ。また5ページにはこの大会にエアーチケットを提供してくれたガルーダ・インドネシア航空の広告があるが、わざわざ東京までお願いに行った記憶がある。ドゥビーとは仲良くしてたけど今はどうしてるのかな。6ページは前年度JPSAファイナルレーティングがあり、当時のトッププロの名前に混じり31位に地元の柴田賢次が登場している。

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’85 Balihigh Cup

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いよいよこれからBalihigh Cupの資料連載を始めます。85・96年と二度開催されましたが、大会パンフレットを作ったのは最初の85年だけでした、恐らく予算が無くなった来たのかな?当時印刷した冊数は判りませんが、大会会場での配布や関係者・ショップ等に配ったので相当な部数だったと思います。現在は手元に2冊だけが残っており、今後の貴重な資料になるかもしれません。取りあえずはこのパンフレットの全ページを紹介していきます、広告も多いのですが当時の様子や物価も判るので敢えて全部にしました。それでは3ページずつ紹介していきます。 トップページは全開も一度使いましたがBalihighのラベルを作ったデザイナー「中尾豪介」のイラストが使われています、細かいところにも遊び心が一杯で楽しい絵になっています。たしか86年には彼の原画を使って大きなカラーポスターを作りましたがどうしても見つかりませんでした。どなたかお持ちの方がおられましたらぜひお知らせ下さい。1985年JPSA PRO SURFING TOUR Balihigh Cup 4/20・21、賞金総額150万円。
2ページは「RASH」の一面広告。3ページには当時の東海サーフィン連盟(TSA)会長 近藤茂紀と、スポンサーとしてガルーダコーポレーション武藤恒志、つまり私のご挨拶がございますので再現いたします。
ごあいさつ    東海サーフィン連盟(TSA)会長 近藤茂紀
中部地区におけるサーフィンの歴史は1960年代に始まり、すでに20年近い歴史をもっていますが、私達の見つけたポイント太平洋ロングビーチに於いて、我が国のトッププロサーファーを一同に会した今回の「バリハイ カップ」のような大会は始めてのことであり、このような大会が開かれることはこの地区の為に非常に有意義なことであると思います。特に一部のサーファーと称する非常識な人々のおかげで一般の人達からすべてのサーファーが少なからず誤解を受けている現在このような素晴らしい大会が開催されますことは立派なスポーツとしてサーフィンの素晴らしさをアピールする絶好の機会であります。これからもTSAは10万人といわれるこの地区のサーファーに対して正しいサーフィンが普及するよう努力を続けていきます。 また、この場をお借りして、いつも友好的にご協力を頂いた赤羽根町の方々と、サーフィンというスポーツに非常に理解をしていただいているメインスポンサーのガルーダコーポレーションに深く感謝いたします。
ごあいさつ   ガルーダコーポレーション 武藤恒志
我々のホームグラウンドである渥美郡赤羽根の太平洋ロングビーチにおいてJPSA公認の85年度プロサーフィンサーキット第一戦の「バリハイ カップ」が開催されることは中部地区におけるサーフィン文化発展の為に大変喜ばしいことであります。 また、若い人達が自分の眼で我が国の第一線のプロサーファーのライディングを見ることができるということは、彼らに素晴らしい希望と夢を与えてくれるものと確信しています。どうか出場されたプロサーファーはその実力を充分に発揮し、期待に答えて頂きたいとおもいます。また、当社ではこれからもサーファーの地位向上の為にこうしたイベントを続けながら皆様と一緒に発展してゆきたいとおもっております。 最後に、本大会の為に大変な努力をしていただいたJPSA・TSAの役員の方々と、ご協力いただいた地元赤羽根町の皆様に心からお礼を申し上げます。

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PipelineSurfboards

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以前にも取り上げましたが、何とあの伝説のサーフショップPipeline Surfboardsが復活したんだそうです、現在は八丈に住む坂本さんご本人の監修でサーフボードやウエアーが再現されるとの事、まったく嬉しいことです。おやまぁ・・・シェープは山崎市郎ですがな・・・あの人には勝てなかったなぁ~

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February 04, 2008

Windansea

Netwindansea


同じく80年頃、豊橋から伊古部へ抜ける道にオープンしたのが見田裕康の「Windansea」だった。WORLDを止めた後なのかな?今見るとゴッデスやブリュワー扱ってたんだね。ここは何度か行ったことはあるけどボード買うわけにもいかず・・・、その後このお店は「CLEAR」になり現在は「日南」になっているところだ。
この広告を見ても判るけど当時はサーファーは皆「IRAKO」と言ってましたね。

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TROPICAL JUICE

Nettropicaljuice

80年頃に掲載された「トロピカルジュース」の広告です。近藤茂紀が本山にオープンした「TIKI」の横で始めたサーフショップでその後色々あって栄に移転しました。ちょっと時間軸が定かでないんですが「KIKI」が無くなってからここで暫くお世話になってました。そういえば同じ名前の怪しいお店が新栄にもあって、たしかスーパーがやってましたねー。写真左はハワイのDAUNEでよく伊良湖にも来てましたよ。彼のノースにある実家へも行きました。この当時は隆くんや正、それに今はロングボードになったヌーボーもいましたね。ボードはたしか豊橋の名手大水浩樹シェープだったと思います。これまた懐かしの一枚でした。

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モデル

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Balinese発売当時の広告写真、モデルはな・・・なんとカルロスですよ。古い名古屋人しか知らない「BP」時代から外人と思われてた頃です(*^^)v まあこれもまた予算の関係だったのでないでしょうか・・・今となっては良い思い出です。

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February 03, 2008

久々

久々
今朝の天気予報は雪だったので自宅で待機してたのにまったく降る気配もなく気温も下がらないので妙に胸騒ぎがしてロコポイントまでドライブしてみた、雨上がりの午後狙いで1時半に到着、ほぼ予想したとおりにオフショアで胸〜肩がブレイクしてるので速攻でお着替え、念を入れてキャップまで被ってのフル装備、波は多少厚めながら選べば充分楽しめました、ただ太陽が出ていないので寒いのなんの・・・さすがに2時間でギブアップしちゃいました、しかしやっぱ寒くてもサーフィンは気持ちが良いっすね。

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February 02, 2008

BaliNese CM

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BaliNese発売当時にバリのビーチでよく見かけるバリニーズを意識して撮影した貴重なフィルムです、モデルはご存知「カルロス奥村」、まさに若かりし頃の勇姿です・・・が、単にモデル代をけちったのかな?

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1983年BALI

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この時はズーッと吉川と一緒に行動してたのかな、こうやって二人でバイクに乗って波のチェック、恐らくレギャンだとおもう、この頃はヘルメットいらなかった。早朝暗いうちからバイクに乗ってチェングーへ行き、風の良い時間帯にワンラウンド入ったあとトンボ帰りでクタを通過してそのまんまウルワツへ、ウルには別のボードが預けてあって長いの使ってました。左からレギャン・チャングー・ウルワツです。

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1980年HAWAII

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当時の3人コンビはまさにドタバタの連続で今思い出しても笑える・・・左から、民雄・私・カルロス。ノースで入っていたのはハレイワとラニアケアだったけどこのパイプラインがヒットした日は見学オンリー、翌年には一応バックドアに入ってはみましたが・・・トホホ・・・

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1980年ロングビーチ

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バックの風景から見てロングビーチですね、「80」なんで1980年、このウエットはトロピカルジュースのものなので茂紀くんのお店に行っていた頃の写真です。何と後にいるのはカルロスじゃありませんかぁーー。撮影は水中からと思われますが誰が撮ってくれたのか記憶ありません。

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飲食店地図

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1983年のBaliNese発売当時はそのほとんどが飲食店向けでした、それも名古屋市内ばかり・・・当初はこの地図に載っている約40店からスタートし、その後取扱店は一気に増えて、ほとんど把握できなくなってしまいました。今でもこの頃のお店には感謝しています、懐かしいお店、今でも元気なお店があって懐かしい地図です。

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February 01, 2008

Dogs Hit the California Surf

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興味一杯! だって可愛いじゃん。
Dogs Hit the California Surf


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BaliNese→BaliHigh

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「BaliNese」の発売から数ヵ月後に「BaliHigh」の商標権獲得が決定し、早速商品名変更のキャンペーンに移りました。「バリニーズからバリハイへ」が合言葉でアッというまに「BaliHigh」が定着し、無事変更が完了。不思議な体験しました。

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ガルーダコーポレーション

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BaliHighを作り出した(有)ガルーダコーポレーションの設立メンバーはこの3人でした。
左から
副社長 近藤茂紀
会長   武藤恒志
社長   奥村裕司

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新製品発表会

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この数年前から3人でアーダ・コーダと言いながらやっていたことがついに実現する日が来ました。1983年昭和58年8月13日、泉のカリーナ2階で「BaliNese」発売記念パーティーが開催されたのです。メーカー・マスコミ・飲食店・流通等のお客様をお迎えしてのパーティーはサーファーらしく?水着ギャルがお迎えするというど派手な演で大いに喜ばれたものです。当時の新聞記事には
焼酎の切り札 その名「バリニーズ」
「BALI-HIGH」(バリーハイ)で乾杯! 焼酎ブームといっても「酎ハイはどうにもなじめない」というヤングにぴったしフィットした”焼酎の切り札”が登場した。清酒メーカーの菊川と、ガルーダコーポレーションがタイアップして新発売の「BALINESE」。さる13日の試飲会では、バリーハイ片手のヤング連が「飲みやすい、もうビョーキになりそう」を連発。水着ギャルによるサービスのおまけ付きに場内のボルテージは上がる一方だった。

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BaliNese

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1983年8月13日に発売された当初は「BaliHigh」ではなく「BaliNese」でした。これは当時酒類の商標権が確定しておらずトラブルを避ける為の一時的なものでしたが、この当時のボトルはまったく残っていません。あったらお宝かも。そういえば「BaliNese」は商標登録不可能でした。

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1984BALI

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こちらは1984年の8月、BaliHighの広告用に撮影した写真。左はウルワツのワロング前、右のカントリーラインが僕のボードで左のシースケープは吉川のボード。右の写真は当時お気に入りだったサンセットビーチホテル(クタリーフの前)での撮影、ここから見るサンセットは最高だった。

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1983BALI

Net1983bali

1983年はちょうどBaliHighが発売された年にあたります、こんな写真が出てきたけど「83」と入ってるので間違いないでしょう。当時はたしか独身になった頃で好き放題やってた時期でして、8月は毎年3週間は行ってました。だいたいは1人で行動してて時々1週間単位で誰かがやってくるような感じ、何時だったかカルロスが来るっていうんで空港までお迎えに行ったら出てこないの! 当時のBALIではパスポートの期限が残り6ヶ月以上ないと入れなかったんだけどその確認忘れたらしく、ボード持って空港まで行ってチェックインしようとして断られたらしい・・・ガハッ・・・写真をよく見るとお髭がありますな、髪の毛も充分ありそうだし、冷蔵庫の上にはBaliHighのボトルも見えてます。ってことは8月じゃないのかな?

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