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January 31, 2008

blogオープン!

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今日の記事にもある元JPSAプロサーファー「池田光孝」くんが新しくblogをオープンいたしました。良い波情報も満載だし写真も良いですよ。美味しい話題もあるのでぜひご覧下さい。
「ヨットで波乗り&伊勢海老探し」

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1970年SKI

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大学4年のまさにピークだったころの2枚で、左はスラロームの練習中、当時憧れてたのがフランス流だったのでセーターもおかにもフランス、スキーはロシニヨールのストラート、ブーツだけはどうしてもレタポアが合わなくて最先端だったラングコンペでした。右は五大学対抗戦大回転で会場は志賀高原東館山、前年に勝っていたのでまさに大本命でしたが転倒してパーァだったような?スキーは大回転用のフィッシャーメタルで2m10はあったんですよ、ウエアーは全て光物・・・派手好きは当時から変わってませんな~。

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湯の丸

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これも10年ほど前になると思う、初めてレースに出たときで見ての通りライン取りが甘すぎて勝てませんでした。これ以降レースはやめて楽しむようになってけど、さて来シーズンどうするべ?

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1997エコーバレー

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何年前なのか思い出せなかったけど手に付いてるシーズン券が97になってるんでもう10年以上前になるんだ、この頃は良くエコーバレーに通ってたし、ナイターまでやってた元気一杯の頃だ。ナイターでは当時息子のコーチだった竹ちゃんがトップを滑り、僕と息子が付いて滑るのが基本だったけど、結構良い感じだよね。

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柴田賢次&池田光孝

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同じ年の7月に開催された丸井プロでは当時GODDESSに所属していた柴田賢次と池田光孝がそれぞれ入賞している。珍しいのが観戦中のGODDESSメンバー、ご本人の感想をお待ちしています。
丸井プロ・サーフィントライアル第3戦
1982年7月 伊勢
1位、渡辺文好(40万円)
2位、岡野教彦(16万円)
3位、田畑克彦(8万円)
3位、柴田賢次
5位、湯山美佐男(3万円)
5位、遠藤英二
5位、添田博道
5位、山崎市郎
9位、磯崎富雄(2万円)
9位、竹末和正
9位、粕谷修自
9位、善家誠
9位、三橋敬一
9位、千葉公平
9位、池田光孝
9位、金子一則
記事には「関西出身で湘南で修行中の池田光孝は、先に行われた阿字ヶ浦マスターズで堂々3位入賞し、念願のJPSA公認プロになったばかりである。しかし、メインラウンドで岡野教彦と当たり、はりきりすぎたのか、健全燃焼したが、阿字ヶ浦以上の成績は難しかった。」

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柴田賢次

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この大会は記憶がなかった!何と伊良湖出身のプロ「柴田賢次」が2位に入賞している。これは恐らく伊良湖から出たプロの最高位ではないだろうか。ご本人もここの愛読者だそうなんで次回はじっくりインタビューと撮影でもさせていただくとしましょう。
JPSA公認
第2回丸井プロサーフィンコンテスト
1982年6月 湘南
1位、竹末和正(40万円)
2位、柴田賢次(16万円)
3位、岡野教彦(8万円)
3位、金子一則
5位、湯山美佐男(3万円)
5位、善家誠
5位、奥田新志
5位、滝本利範
9位、畑中正明(2万円)
9位、渡辺文好
9位、田畑克彦
9位、清水勝則
9位、添田博道
9位、粕谷修自
9位、杉本正彦
9位、小林修一

いやはやなんとも豪華メンバーでの2位だこと!凄いんだね~、これを肴に一緒に飲もうよネッ賢ちゃん。

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January 30, 2008

ライバル

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CARLOSこと「奥村裕司」と知り合ったのは高校生の頃なのでかれこれ40年以上のお付き合いになる。当然知り合った頃は二人ともサーフィンを知らなかったのだが、次の年に私は東京の大学へ入り翌年にサーフィンと出会う、偶然にも前後してカルロスも伊良湖でサーフィンを始めるという不思議な巡り合いがあり、その後私が名古屋に戻った直後に彼が独立し、お互いの休日が同じということもあってほとんど一緒に行動していた時代があった。その頃から現在に至るまで一緒に大会に出ることも多く、年齢も近いことから意識してライバル関係になっている。但し通算成績では圧倒的に私優勢のはずだか彼は認めようとしない・・・。今回資料をチェックしていたら1984年10月7日に行われた第9回TSAサーフィンコンテストのリザルトが出てきたので公表してみます。
AⅣ
1.福井喜代博
2.浜田芳昭
3.内藤直樹
4.鈴木一也
5.藤田昌弘
6.日高正博
AⅢ
1.岡谷誠二
2.新美昌道
3.川井聖司
4.佐藤晃司
5.伊藤良一
6.三浦清史
AⅡ
1.武藤恒志
2.奥村裕司
3.山田マサユキ
4.大河
5.右坂正衛
6.水谷嘉男
AⅠ
1.横山勝久
2.森俊博
3.鈴木剛
4.早坂正
5.山口徳晃
6.楠敏昭
当時のクラス分けがどういう内容だったのか覚えていないが恐らく年齢ではなくレベルで分けていたのだろう。この時点でカルロスに勝って上のAⅢに上がったのかもしれないが記憶はない。AⅣ優勝の福井喜代博ことドガちゃんは全日本のファイナル常連で当時めちゃ迫力があった。今でも毎年マウンテンのパーティーで会う機会があるが最近では釣り一筋でサーフィンはまったくやっていないようで寂しい限り。AⅢ優勝の岡谷誠二は同じチームだったのでこれまた行動を共にしていたし、今でも現役で元気一杯のサーフィンを見せてくれる。他にも多くの懐かしい名前が見られる。 撮影 北村守

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January 29, 2008

鈴木康弘

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久我孝男に続いてBaliHighのライダーとなったのはJPSAのプロになったばかりで注目を浴びていた伊豆の鈴木康彦だった。契約したのは1985年となっているのできっとBalihigh Cupの直後だったのだろう。当時はまだ本人が未成年だった為に契約したのは亡くなったお父様、鈴木泰彦氏であった。現在鈴木康弘はJPSAのプロロングボーダーとして大活躍中である。

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January 27, 2008

第23回写真集団雲作品展

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いつもお世話になっている北村守さんが所属する写真集団「雲」が恒例の作品展を開催いたします。今回北村さんは昨年のWQSでの写真を出品予定なので楽しみです。会期が5日間ですのでぜひチェックしてください。会場は蒲郡駅から近い博物館なので伊良湖からの帰り道になります、ぜひ多くのサーファーに見ていただきたいので応援お願いいたします。

第23回写真集団雲作品展
時:平成20年2月7日(木)~11日(月)
  10:00~16:30
所:蒲郡市博物館 ℡:0533-68-1881
後援:蒲郡市教育委員会・蒲郡市文化協会

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January 26, 2008

DA.CARLOS?

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85’Balihigh Cupのパンフレット裏表紙なんだけど・・・
当時Balihighをやってた3人がここに入ってるのよね
帽子もってBalihigh売りにご挨拶中なのが私、もうハゲとるな!
サーフボードの横に立ってる背の高いのが近藤茂紀
そんでもってバーテンさんがカルロスのイメージなんよ
しかし・・・このお店の木枠ってそのまんま今のDA.CARLOSじゃんか!
まさに時代は繰り返す・・・そのものじゃーーー

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BalihighCup

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70年代の資料を探しながら本棚のチェックしているとついつい横道にそれてしまい、80年代の雑誌に見入ったりしているうちに、85年・86年にロングビーチで開催した「Balihigh Cup」に記事を見つけました。もうそろそろ20年以上も経ち記憶の薄れる頃なので一度取り上げようと思い立ち、他にあった資料も探し出しました。残念ながら当時のポスターを見つけることは出来ませんでしたが、パンフレット始め貴重な資料が見つかりましたので2月に入り次第特集で取り上げていきます、お楽しみに。

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SAMURAI

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先日柴田賢次を取り上げたGODDESSの写真で一緒に写っていた池田光孝さんから、ここで見たからと連絡を頂きました。まさにネットの威力ですね~。そんなわけで今回の主役は彼なんです、1981年のサーフィンライフ4月号に掲載された広告では左下のピックアップを運転しているのが柴田賢次、どういう訳か左目の上を怪我していたようです。そしてメインの二人は「ピーター・ローレンス」&「ミツタカ・イケダ」でした。さてご本人の感想が知りたいものです。

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January 25, 2008

ネズミ年

私の干支は「ネズミ」なんですが・・・・・
まさか・・・・ まさか・・・・・・
私のルーツが・・・・・・・・・ぁ


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追加

すでに訂正追加しましたが、「70年代のサーフショップ」を読んでくれた元プロの渡辺ナベちゃんから連絡を頂き、彼がお世話になっていた「パイナップル ジュース」が常滑に1977年オープンだったそうです。オーナーは鯉江正雄さん、残念ながら現在サーフィンからは離れてしまっているとの事です。情報ありがとうございました、皆さんからの情報をお待ちしております。

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港76

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当時の写真はほとんどがロングビーチ、ロコや港の写真を探すのは難しかった。これはその珍しい「港」ポイントでの写真。残念ながら後に建物が無い為どの位置なのか特定はできない。しかし76年時点ですでにボルトのボードに乗っていたとは、ちょっと認識を改めないといけないかもしれない。

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ロングビーチ76

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1976年のロングビーチ、駐車場の山側です。後にはEVINの車、メンバーも皆エビンチームです。上段左から、ヒロシ、兄さん、ヒチ、松っあん、下段左が清水。30年以上も前の写真なのに皆あまり今と変わっていないような気がするのは私だけ?

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ロングビーチ75

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以前ロコポイントの貴重な写真をお借りした清水義博さんからは他にも多くの写真を頂いておりました。しかしそのほとんどが1973年以降のものであったため当初の「IRAKO CLASSIC」では取り上げることができませんでした。今回79年まで延びたので改めて貴重な写真を公開させて頂きます。今では写真に日付を入れるようになっていますが、このシステムが出来る前のこの頃は写真に現像された年度が入っているので時代の確定に役立って助かります。この写真は1975年のロングビーチ、まったく舗装されていない駐車場や低い堤防、それに山の上には綺麗な弥八ホテルが見えます。車は当時から定番だった「HIACE」ボードデザインも70年代ですね。

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January 24, 2008

映画会

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家庭用ビデオが一般的になるまではサーフィンの映像を見る方法はただ2つ、貴重なフィルムを使って8mmで撮影し、暗い部屋で楽しむか、各地を巡回してくるサーフィン映画を見るしかなかった。中でもサーフィン映画は当然内容も新鮮で画面も大きいので迫力があり毎回始まる前から大騒ぎだった。まあサーファーの乗りが良いのは今も昔も変わらない。名古屋では鶴舞の勤労会館が多かった。1976年、タイトルは不明だがEVIN主催の映画会に何とゲストで登場したのは「ジェリー・ロペス」「リノ・アベリラ」「ロリー・ラッセル」という大物3名、今じゃ考えられないことが当時は起こっていたのだ、これはその時のサイン。

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Michel Junod

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私の記憶では「ミッシェル・ジュノンド」だったような、79年当時LOKOに滞在していたシェーパーで伊良湖にも顔を出していて、よく話していた、ディスコで酔った勢いか、ビッウエーブ用のボードを上げるよと言われたがそれっきりだよ。ターザンが元気で活躍してた頃のお話しです。

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70年代のサーフショップ

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名古屋で一番最初のショップは今村さんのお店だと思う、会長はその直後かな、また初期の段階で湘南から来た香取さんが豊橋の愛大の前で「サビーネ」というショップを出していたが、残念ながら閉店も早かった。そして前出の「GODDESS」「LOKO」「EVIN」「BELLS」が良く広告にも顔を出し活躍していた。また見田くんが店長だった「WORLD SURF TAKI」もこの頃だ。そんな中サーフィンワールド1978年には豊橋から「ORENGESUNSHINE」が登場する。板倉トンボちゃんのお店でたしかメインボードはドミンゴだった、彼は今でも現役で海へ来ている。1979年には名古屋「KIKI」がBOLTの代理店として登場、当然メインはボルトだった、オーナーの沖民雄は残念ながら現在海から離れてしまった。また当時岐阜には岐阜GODDESSとLEG岐阜があったはず、また77年には常滑に「パイナップルジュース」もオープン。三河では「知多ラング」がこの頃だ。79年のポパイを見ると当時すでに
10軒程のサーフショップがあったとされているので他にご存知の方はぜひご一報を。

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January 23, 2008

投稿写真

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1979年のサーフマガジンに読者から投稿された写真です。


PHOTO:山田勝彦
PLACE:赤羽根ロコポイント
DATE:2月25日
RIDER:森雅博

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SESSION

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70年代後半に私が使っていたウエットスーツがこの「SESSION」でした。たしか工場が名古屋近郊だったはずで社長にも会ったことがあります。このカラーの部分が特徴的でなんて言ったら良いのかな、今のジャージとは違い、起毛という感じで特徴のある生地だった、ロゴも懐かしい。名古屋ではKIKIが取り扱っていました。

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第13回全日本サーフィン選手権大会

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1978年の全日本では初めて15歳未満のボーイズクラスが誕生し、初代チャンピオンに久我孝男が輝いた。というか実はこの大会は千葉の部原で行われたがそれまでの波に恵まれなかった全日本を覆す最高のコンデションに恵まれ予選では3~4のパーフェクトウエーブ、決勝でも2~3のこれまたパーフェクトであった。しかしさすがに15歳以下の選手には厳しかったとみえてエントリーされた6名のうち結局海に入ったのは久我1人という状況でのまあ不戦勝であった。この大会では同時にプロも行われ、そこでの勝者だった添田博道がつぶやいた「おれが15の時はもっとホットだった」の一言は有名になったものだ。そしてこの後孝男は本当にホットに育っていき、数年後にはついに博道を追い越すことになった。

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GODDESS

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1977年に使われたGODDESSの一ページ広告には伊良湖から石塚義雄が登場する、真ん中は抱井。義雄くんが着ているウエットは当時まさに大流行したオレンジとイエローのツートンカラー。この色はたしかMRもバテンスも着ていたし、抱井もお似合いだった。今の地味なウエットからは想像もつかないが実は私もこの後SESSIONで同じ色を真似して作っていました。

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PIPELINE

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たしか1978年頃のBOLTブームに乗り、ゴッデスからKIKIへ移る前の話し、ゴッデスのボードに乗りながらも気になっていたのが、COSMICとこのPIPELINEだった。特にPIPELINEはこの後博道がライダーになり坂本さんと二人でショップの前で撮った写真が気に入ってどうしてもボードが見たくなり、当時この2ブランドを扱っていたLOKOまでわざわざ見に行った記憶がある。当時の坂本さんはすでにオーラに包まれており、憧れというより遠巻きに見ているという感覚だった。その後の生き方もまさにサーファーそのものであり現在も八丈で健在だとか、この写真は当時の雰囲気が良く出ていてお気に入り。

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January 22, 2008

台風20号

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第4回西日本サーフィン選手権大会

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1974年の第2回に引き続き、1977年9月に再び伊良湖で第4回西日本サーフィン選手権大会が開催された、その結果は。

1位 石塚義雄(名古屋)
2位 見田裕康(豊橋)
3位 田畑克彦(三重)
4位 阪野益治(名古屋)
5位 浜 国康(名古屋)
6位 村瀬勝宏(三重)
三重勢のワハ・エヘを押さえて名古屋勢の圧勝結果となっている、初登場の浜国康とは「パンダ」のことだ。写真は優勝の石塚(右)と2位の見田。

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名古屋のショップ

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失礼しました、先ほど紹介した3軒に加え1976年のサーフィンワールドには「BELLS」の広告が掲載されていました。この「IRAKO CLASSIC」を書くにあたりBELLSの吉川くんからもぜひ70年代をと勧めてもらっていたのですが、なかなか取材の機会がなくてまだフランちゃんにはお会いしておりません、いずれインタビューしてBELLSの歴史にも触れたいと思っております。

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第14回全日本サーフィン大会愛知支部予選

1979年5月20日にロングビーチで行われた愛知支部予選結果
ジュニア
1、進 昭浩
2、高橋英二
メン
1、内藤直樹
2、杉浦 仁
3、角谷龍夫
4、松井輝夫
5、森 昇
6、加藤泰伸
シニア
1、角谷 晃
2、武藤恒志
3、鈴木光彦
当時の資料はなかなか見つからない中、70年代には珍しく残っていた。

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名古屋のショップ

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1976年のサーフィンワールドに掲載された名古屋のサーフショップはわずかに3軒である。石塚義雄の「GODDESS」、阪野益治の「LOKO」、日比野健一の「EVIN」でった。「GODDESS」は当時既に「WaveLine」の名称も使っていたようだ。「EVIN」では弟のマーボーがモデルになっているが、後の2軒はオーナーがそのままモデルになっている。特にここではまるでマカロニウエスタンのような雰囲気で登場のターザンがまさに彼の雰囲気が伝わってきて懐かしい。また「LOKO」の広告に「伊良湖店有り」と書かれているのは今は閉店してしまったがロコポイントの東入り口にあった「赤羽根食堂」の敷地内にあったショップのこと。

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SAMURAI

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1976年「ゴッデスインターナショナル」の広告、当時は名古屋と岐阜、それに赤羽根にゴッデスがあり、ロングビーチでは大多数がゴッデス&SAMURAIウエットスーツのサーファーで占められていた。現在でも活躍中の鈴木兄弟を初め、これを見るとジョージ藤沢や長沼一仁までがライダーであったことが判る。恥ずかしながら当時は私もゴッデスのボードにSAMURAIウエットスーツであったのです。

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8mm

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1976・77年頃のサーフィン雑誌を見ていると、サーフショップやウエットの広告にまじって8mm機器の大きな一面広告が目に付く。当時は当然ながらまだビデオは無く、サーフィンの映像を撮る手段は8mmカメラに限られていた。しかし当時特に望遠の付いた8mmは機械が高価である上にフィルムや現像も高く、しかも録画時間が短くてなかなか手が出せるようなものではなかった。当時8mmを持っていたのはまさに「お坊ちゃん」またはショップで、撮影のある日は興奮して大変だったし、現像が出来上がって映写する時も部屋を真っ暗にしてサーフミュージックをガンガンに掛け、興奮しながら見入ったものだった。今では小さなデジカメにさえ動画録画しかも望遠付きで簡単に撮れるようになりまさに8mmは夢・幻となってしまった。たしか8mmからビデオへの転換期でも8mmフィルムをビデオテープに移し変えるのが高額だった為になかなか出来ず、そのままにしておいてフィルムが劣化したものも多いはずだ。貴重な多くの映像がどこかに埋もれたまま消えていってしまう運命なのかもしれない。

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January 21, 2008

ロコ&先端

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1979年のSURFMAGAZINEに紹介された時のロコポイントと先端の写真です。当時と比べると特にこの2箇所の変貌の激しさに驚きます。ロコポイントでは堤防が延びた後横にまで伸びてしまい、昔のハードな面影はありません、まさかここに道の駅までが出来るとは誰が予想したでしょう。また先端には灯台へ向って遊歩道が作られ、海中には多くの消波用の石が入れられ、波質も激変してしまいました、しかし今でも東風が吹くと何処からともなむサーファーが集まり、普段会えないサーファー同士の同窓会のようになってしまいます、これもまた時代なのでしょう。

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ランクルの旅

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今でもサーフィンの雑誌に地方ポイントめぐりは欠かせないが、70年代後半の「SURFMAGAZINE」には「ランクルの旅」という人気企画があった。黄色に赤く書名の入ったランクルにプロサーファーとカメラマンが乗り地方に出かけ、その地のサーファーと共にポイント紹介をするというものだった。1979年4月号は、「ランクルの旅/伊良湖、ロコポイントにチューブを求めて」という素晴らしいタイトル。湘南から大野薫プロとカメラマンの芝田満之が来て、こちらでは当時豊橋にあった「WORLD SURF TAKI」の店長をしていた見田裕康が案内人となった。大磯から伊良湖へ移り住んで8年目の見田くんは当時独特なスタイルを持ったサーファーで非常に上手かった。このお店の前は赤羽根のGODDESSにいた時期もある。浜松経由で伊良湖へ入り、伊古部・高塚とチェックした後にロコポイントで入り、撮影された、真冬なので途中雪が降ったりもしたそうだ、しかし旧ロコポイントの堤防と真っ青な空をバックにした水中撮影の一枚はとても美しい。またこの中には見田くんの文章も掲載されているのでそのまま紹介する。
「GOOD BEACH AND GOOD FRIEND」 文:見田裕康
湘南から伊良湖に移って8年、当時はサーファーも少なく波もあり余っていました。下に紹介したポイントの他にも、高塚、サリマノ、赤羽根港など、渥美半島にはまだまだ多くのポイントがあります。私も、年中どこかしらでサーフィンしています。フルスーツはすり切れ、ベストは陽に焼け色あせる程に毎日波乗りをしてきました。その間に、私にはたくさんの友人ができました。最も身近な仲間を紹介しましょう。サンチャンこと杉浦茂義君。彼は、地元の最古参で、豊橋地区及び名古屋方面までも名前が知られています。ライディングはオーソドックス。コーラ屋さんの山本卓一君。彼も地元では古いサーファーの1人です。波乗りも、やわらかく、見ていて大変きれいです。ノーチンこと神谷信博君。ライディングは、神経質でとても変化があり、彼のインサイドからのボトムターンは、我々も教えられる所があります。タメンこと安永和也君。若手サーファーの中で、将来を期待されている1人で、まだライディングに荒削りな面もあるが、若さでカバーしています。このような仲間達が、いつもどこかのポイントで波乗りをしています。今年もシーズンが近づいてきました。伊良湖もそろそろ波がでてきます。1度こちらに来てサーフィンをしてみませんか?また違った波乗りが楽しめると思いますが・・・・・。しかし楽しんだ後のマナーもわすれないで下さい。自分達のサーフビーチが、空カンや紙クズでよごれていたら、サーフィンで楽しくなっても、海岸に上がってきていやな気持ちにさせられることでしょう。そんな気持ちにならないためにも、“キープクリーン・ビーチ”に努めましょう。

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January 19, 2008

観客

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伊良湖で初めて開催されるプロの大会ということで観客の数も多い、特に港ポイントの場合は堤防から見ると選手が間近に見えて迫力があるので観客にとっても素晴らしい大会だった。左の写真では上のアフロヘアーはヒロくん、下の左から二人目のロングヘアーはエビンの兄さんだ。皆さん当然ながら33年前の若い時代。

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堤防

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この当時でも港ではサイズが上がると堤防から飛び込むしかなかった、この大会でもライディングを終えるたびに選手は堤防をボードを持って走ることになる。2枚とも走っているのは優勝した小林正明だが左の写真でカメラを構えているのは何と石塚義雄、ってことは決勝ではないのか。

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サーフボード

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この76年プロサーフィンコンテストには湘南から最新のボードが持ち込まれたはず、手前のボードはまるでガンのようだし、後にいる抱井はまるで正反対の短いスティンガーを使っていた。ライディングと違ってこういう画像もありがたい。

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第2回日本プロサーフィンコンテスト

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1971年に開催された全日本サーフィン選手権は始めて関東から外に出て開催されたということで、これを機に一気に中部や関西でサーフィン熱が高まった。その後1974年にはターザンが主体となって西日本サーフィンチャンピオンシップが開催され伊良湖の名声は全国に広まることになる。そしてついに1976年6月またしても赤羽根港ポイントは素晴らしい波に恵まれて初めてプロの大会が開催されたのだ。JSO「第2回日本プロサーフィンコンテスト」はクローズしたロングビーチから港にその会場を移す、当時あったのは今と違いまだ短い堤防だったが、その堤防の沖でブレイクした波が一端消え、堤防の先端から盛り上がって3~4フィートのブレイクとなり、インサイドにはチューブセクションのある大会としては願ってもないコンデションだった。やはり選手の主流派関東勢で西日本から準決勝に残ったのは地元の石塚義雄と関西のヘンリー祝のゴッテスコンビ、そしてついに地元石塚義雄だけは決勝に進出するという快挙をなしとげた。結果は
1位 小林正明
2位 阿倍川芳夫
3位 添田博道
4位 小川秀之
5位 抱井保徳
6位 石塚義雄
6位入賞を飾った石塚義雄は得意のバックサイドのローラーコースターを決めての快挙で、大会終了後、大松屋の奥座敷では大勢の仲間たちに囲まれて大宴会となったそうだ。
写真は左から石塚義雄、優勝の小林正明・抱井保徳、この頃にはすでに抱井の独特な雰囲気が出ている。

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1978

Animalskin


以前に取り上げた「安部公司」の写真で彼の着ているウエットを「アニマルスキン」と紹介したが、今のサーファーには何のことやら判らないよね、当時ほとんどのサーファーが着ていたタイプで前か後に横一直線にジッパーが付いていて、首の部分を内側に折り曲げるタイプの事なんですよ、何でこんなネーミングになったのかな?とにかく当時のサーファーはビーチで話す分には問題ないんだけど、街中や飲み屋で話してて、「セックスワックス」とか「アニマルスキン」なんて言葉がポンポン飛び交うもんだから一般の人たちからとんでもない連中だと誤解されてたような時代でした、これはまさにそのまんまのイメージですね。

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女子プロ

Josipro

日本では女性プロサーファーの誕生はまだまだだった頃のお話、ASPの前身IPSが開催した1980年OPウーメンズ・ワールドカップはサンセットビーチの4~8フィートで開催された。結果は

1位 マーゴ・オバーグ
2位 リン・ボイヤー
3位 ジェリコ・ポプラー
この写真では左から、マーク・オバーグ、リン・ボイヤー、ジェリコ・ポプラー。当然?ながら当時私のお好みはリン・ボイヤーでした、たしかいつも星マークの入ったボードに乗ってたかな、先日テッドさんにお会いした時に聞いた話では彼女もすでに60間近で今では画家として活躍中なんだとか、才能あったのねー、でも可愛かったな~。

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January 18, 2008

MIG-25

Netmig25

私が名古屋に戻ってきたのは1973年で、それ以降BOLTに憧れて千種のKIKIに行くまでは八事にあった名古屋ゴッデスに行っていた。これはそれ以前和歌山にいた時に和歌山ゴッデスのお世話になったのと、当時仕事先の従業員が名古屋ゴッデスを知っていたからで、その時初めて義雄くんに会ったことになる。それから数本ゴッデスのTSモデル、つまり鈴木正モデルに乗り、最後にオーダーしたのが忘れもしないこのMIG-25というスティンガーだった。恐らくKIKIが79年なので、このボードに乗ったのは77か78年頃だったはず、当時としては斬新なデザインで非常に調子も良かったボードだ。

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石門

Netsekimon


伊良湖を代表するクラシックポイント「石門」、まるでサーファーをあざ笑うようなショアーブレイクの先には日本とは思えないパワーのある波が待っている。まだGODDESSのミグ21というボードだった頃にここへ入ってテイクオフした時の写真があり、長くサリマノに飾ってあってが残念ながら今は見つからない、使ったボードからみると70年代中頃だと思う。その頃はもう何人か入るようになったいたはず。この写真は1977年3月27日の石門レギュラー、ライダーは当時皆の憧れだった名古屋ゴッデスの石塚義雄、数少ない70年代の石門画像である。

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久我孝男

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1983年にBaliHighが発売され、暫くは爆発的な売れ行きで資金も潤沢となりその後85・86年とJPSAのスポンサーとなってロングビーチで「BaliHigh Cup」を開催した。85年の優勝はこの久我孝男だった。これと前後して蛸さんからお話を頂き、孝男のスポンサーになることになり、この写真にあるとおり当時の彼のボードにはBaliHighのラベルそのままのディケールが入っていたのだ。当時の蛸&孝男コンビの強さは半端じゃなくまさに王者の風格があり効果もあった。

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January 17, 2008

CJSA

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1979年ロングビーチの写真、TSA(東海サーフィン連盟)の前の時代で、CJSA(中部日本サーフィン協会)が作った看板、ターザンが代表だった頃かな。しかし看板の足元には漂流ゴミとは思えない空き缶の山なのが寂しい、当時はまだビーチへも乗り入れも可能だった時代だ。こうして見直してみるとサーファー全体の自覚は相当に向上していると思える。

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シルバーメタ

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きっと古いサーファーなら僕がこのシルバーメタリックのウエットを着てた記憶があるはずだ。この広告が出たのが1979年、あまりの衝撃にビックリ仰天、最初の頃の黒いラバーウエットからジャージが出始め、この頃はアニマルスキン全盛期だった中で光物は始めてだった。当時はKIKIだったのでウエットはSESSIONだったんだが、これが格好よくて欲しくなりわざわざ東京まで買いに行った、おかげで伊良湖では僕しか着ていなかったはず。ただ残念ながら予算の関係でベストだlったような気がする、竹本プロはサーフィン始めたのがこの前年で僕のこのウエットを覚えていてくれた。

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後藤公夫

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後藤公夫と言われて判るサーファーは少ないと思うけど「マウンテン」と言われれば誰でも知ってるはず。実は彼の件が当初から大問題だった、なんせ大昔から知ってるんだけど、彼が何時から始めたのかは知らなくて、ロコサーフショップで始めたもんだと思ってた、始めの頃にカズくんに聞いてみたら、やはり同じような答えでたしかロコサーフショップで知り合ったからターザンより後で1974年頃から始めたはずとのこと、このことは「IRAKO CLASSIC」にも書いたが、ご本人にも確認したんだけどご存知の通りシャイな人なんで、「どーやったかなー?忘れたなー?」とか言う答えだったような記憶があった、それで1971年までには入らないものと思っていたのに1974年の西日本のパンフレットに彼のライディングと名前が掲載されたいて、その撮影が1971となっていた、しかもその時点で初心者とは思えないライディングをしておりどう考えても60年代に始めていたように思われ再確認の必要に駆られ電話してしつこく聞いてみた、詳しい年代は覚えていないそうだが間違いなく25歳の時に初めてサーフィンしたそうだ、ターザンの1年前だった気がするとのこと。現在63歳、この年末には64歳になるので昭和19年生まれのはず、そうなると25歳というのは1967年か68年、ターザンが69年なので68年かな?そうなると安部公司や僕と同期ということになる。これぞ新しい発見。当時はまだロングビーチに4~5人しかサーファーがいなかったそうだが、当時からマウンテンはロコや港、堀切で入っていたそうだ、当然サーファーは誰もいなくて一人で入っていた。当時サーフショップは何処にも無く名古屋を探しまわった挙句に矢場町にあったスポーツ店でロングボードを手に入れて始めたとのこと、また新たに歴史が加わった。

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大会日程

「IRAKO CLASSIC」の内容を当初予定していた1971年までというのを延長して1979年まで取り上げることにしたので様々な問題が出てきた。1971年には赤羽根漁港西、今の全日本と呼ばれるポイントで「第6回全日本サーフィン選手権」が開催された、その後すでの取り上げた「西日本サーフィンチャンピオンシップ」が1974年に開催されている、これはパンフレットが残っていたが会場等はまだ取材していない。そして1976年には赤羽根の旧港ポイントで「第2回日本プロサーフィンコンテスト」が開催され、良い波に恵まれて熱戦が繰り広げられた、この様子は発刊間もない「サーフィンワールド」第2巻に掲載されているので後日発表の予定、またありがたいことにこの大会の8mmがエビンの日比野健一の手元に残っており、現在はDVDとなっていて見る事ができる、これも第一級の資料である。またこの大会はJSOというプロ組織によるものだったが、このJSO発足時のパンフレットがあざらしくんの手元に残っていたのでこれも後日発表の予定。今までの取材やインタビューは1971年までに限定していたのでこれから再度やり直す必要が出て来た、また皆さんの協力をお願いすることになるので資料等お持ちのサーファーはぜひご連絡をお願いします。

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January 16, 2008

SURF&PEACE

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NPO法人レジェンドサーファーズクラブの活動がスタートした。昨年10月世界のレジェンドサーファー、オーストラリアのナットヤング、カルフォルニアからボブピアソン を招き、鵠沼でサーフandピースのシンポジューム、とサーフィン大会が開催された。 極上の波と天候に恵まれ、幸先の良いスタートが切れた。
新年を向かえ、活動が少しずつ動き出す。私共GODDESSのカスタムサーフボードには全て、 SURFandPEACE のロゴが今後入ってゆく、僅かな金額ですが、当社は全てのサーフボードに ロゴを入れて ¥100円の寄付を実施して行きます。年間1200台ほど生産しますので 当社だけでも¥120、000円に成ります。NPO活動を理解していただき、多くのサーフボードメーカーが賛同して頂ければ、SURFandPEACEの平和活動に寄与できると思います。是非多くのメーカーに加わっていただきたいと願っております。NPO法人設立準備室は既に法人化が認可されましたのでその任務を終わり、赤坂から湘南に移り、今後に向かって始動を開始致しました。
平和な日本では想像も出来ない事ですが、今でも、アフガニスタンや、イラクでは多くの子供達が戦火の中で犠牲に成っています。はだしの子供達の映像をよく目にします。子供達にビーチサンダルの一足でも届けてやりたいと願っています。
NPO法人レジェンドサーファーズクラブは非営利団体です。全てボランテアです。しかし事務局の運営費は捻出しなければなりません。最低限のランニングコストは掛かってしまいます。その為には財源が必要です。NPO活動に賛同して頂ける、サーフボードメーカー、協力SHOP、法人会員、個人会員、それぞれの立場から
SURFandPEACE を支援して頂かなければ、平和活動を推進してゆく事は出来ません。今後細部の規約が出来上がりますので、順次お伝えしてゆきます。私共GODDESSグループは SURFandPEACE 活動を支援してゆきたいと思います。GODDESSの板には 全て SURFandPEACE ロゴが今年から入ります。オーダーして頂く全ての板にロゴが入りますので、ご注文を承った全ての方が SURFandPEACE活動を支援していただく事になります。最初は小さな力かも知れませんがみんなで協力すれば大きな大木に育ってゆくと思います。
レジェンドサーファーズクラブは皆おじさんです。サーフィンを愛し、長年サーフィンに親しんできました。l大切な海、私達を何時でも向かいいれてくれた海に、感謝の気持ちを込めて、今後お返しをしてゆきたいと考えております。
どうぞ宜しくご協力の程お願いいたします。 NPO法人 レジェンドサーファーズ・クラブ 理事長 鈴木 正

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安部公司

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「IRAKO CLASSIC」のアドバイザーでもある安部公司は以前にもロングビーチ上にある旧公民館前の写真がとても印章深かったが、今回見つかった写真は1975年頃ロングビーチでのものでこれまた一世を風靡した「TOWN & COUNTRY」通称「タウカン」のシングルフィンとアニマルスキンのウエットスーツが泣ける、当時のロングビーチでは堤防が結構高かった記憶がある、アウトにかすかに見えるうねりも美しい。

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訂正

下記のプロサーファーの記事に関して少し訂正がありました。このNPSAの前にOSAだけでなく1975年に設立JSOというプロ組織がありました、そういえば赤羽根の港で開催されたプロの大会はJSOでしたもんね。この1978年はJSOに対立する形でNPSAが設立された年でした、このあたりはもう暫く調べてから報告します。アッそういえばそのJSO設立のパンフレット見たことある!探してみます。

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プロサーファー

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生涯アマチュアサーファーで行きたいと願う私でも時代が違っていたらプロに憧れていたのかもしれない。現在ではJPSAとASPがそれぞれ国内でプロツアーを行っているがさて、それではこのプロサーファーの始まりは何時だったのだろうか?ここに面白い記事がある「日本にはじめて、正式なプロサーファーの組織できる!」1978年SURFMAGAZINE,「OSA」という関西の組織もあったはずだが全国組織ではなかったので恐らくこのNPSAが全ての始まり、1978年4月29日に酒匂で初のプロトライアルが開催され、6月以降3戦が予定されていた。設立当初の役員は
理事長  川井幹雄
理事   小川秀之  小室正則  長沼一仁  阿部川芳夫  出川三千男  小林正明
名誉プロ 鈴木正  井坂啓美  小室真理子
そして発足時点でのプロサーファーは
A級プロ 青田琢二  善家誠  岡野教彦  添田博道  抱井保徳  藤沢ジョージ
B級プロ 飯尾進  伊東満  上杉俊司  山崎市郎  大野薫  渡辺誠一  由井明  石塚義雄  三橋敬一  祝春樹  磯崎富雄
日本初のプロサーファーの中にただ一人伊良湖の石塚義雄の名前のあるのが嬉しい。


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ほっちぽっち

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大学を出て名古屋に戻って35年以上になるはず、当初はまだ初心者レベルからの脱却にもだえていた頃でそれほど目立っていなかった?やはり30歳で独立し時間が自由になってからサーフィンでも多少注目されるようになってきた。職業が珍しかったのと、回りにマスコミ関係が多かったせいか結構取材も受けるようになった、たしか一番最初は朝日新聞だったんだけど残念ながら写真入のこの記事は残っていない。もうひとつFM愛知で一週間番組に出たこともあるけどこれまた残っていない。無事に保存されたいたのはこの一冊。1983年6月発行のタウン誌「HodgePodge」僕の記事の直前にDON'Tの伊藤さんが出ていた。当時36歳、そろそろコンテストでも勝てるようになっていたし時間も有ってショートボードのピーク直前の頃だ。記事の内容は今読んで見るとまったくお恥ずかしい・・・この年はたしかBaliHighの発売された年だったかな?ということは翌年が「JPSA BaliHighCup」だったかもしれない。この記事の最後は「でも、これからサーファーの人口、増えていくとおもうしね。若いのからお年寄りまで波乗りやるような時代になれば、理解されるようになるんじゃないかなぁ。たとえば、ハワイなんか行くと、60歳くらいでも波乗りいるし、夫婦でサーフボード、車に乗ってける人もいるし。普通のオバサンが波乗りの後に、ビニール袋からタバコとマッチ出して、一服してるのなんか見ると、あきれちゃうというか、感激しちゃうね。僕だって、60才だって70才だって、ずっと波乗りやってたいね。波乗り、捨てられないよ」 この記事から25年、まさにその60才になっても波乗りを続けているとは・・・・・

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January 15, 2008

柴田賢次②

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当時の彼は茅ヶ崎GODDESSに所属するプロだったのでサーフィン雑誌の1ページ広告によく登場していた。この3枚は当時のSAMURAIウエットスーツの広告で、左の写真は当時一世風靡したトミー磯崎プロとのツーショット、何と下段中央にはKEEPERの鈴木弘章の顔も見える、当時はまだ19歳とこれまた歴史を感じる。

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柴田賢次①

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最近のサーファーには赤いバイクに乗った郵便屋さんとしか知らないんじゃなかろうか・・・、何を隠そうこの柴田賢次は70年代後半から80年代前半に掛けて湘南に移り住みNPSA・OSAのプロサーファーとして大活躍をしていた。大会では6位以内の入賞があり年間ランキングでも最高で16位に付けていた記憶がある。この位置は恐らく伊良湖出身としては最高位だと思う。この写真は1981年伊勢でのライディング、当時の切れの良さの一端が垣間見れる写真だ。

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ロペス&リノ

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確か1975年頃だとおもいます。 湘南のマーボーがライトニングボルトのプロモ~ションでロングビーチに
きました、撮影後はレストランサーフィンで皆でランチしたのを覚えてます。真ん中の上はジェリー・ロペスとリノ・アベリラ・・左端が善家誠・・下の段の左から2番目は添田博道(まだ高校生)・・リノの左隣が近藤茂紀くん・・その隣が石塚義雄くん・・ロペスの右二人目がエビンのマーボ~・・、マーボの下が今村さん・・今村さんの右が三田くん(タンクトップ)・・下段の右から2番目はレストランサーフィンの親父さん・・その左横が宮下ヤスくん・・真ん中が私(黄のTシャツ)・・私の左が徳田くん・・徳田くんの、すぐ上が森くん(スーくん)・・下段の左から4番目が東谷敏弘くん・・湘南のマーボーはロペスの下・・その下の女性はマーボーの奥様で真理子さん・・後は思い出せません。。   文 安部公司

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January 14, 2008

サーフィンは楽しい

これって年末の「サンタク」だよね、宮崎まで知事に会いに行った帰り道での出来事でした。

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勢い

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何事もそうだとおもうけど、始めた当初は大変なことでもある時点から急に勢いがついて上手くいくようになることがある。「IRAKO CLASSIC」でも同じことが起きはじめた、最初の頃は資料集めが大変な事だったのに最近になって勢いがついたのか凄い資料がどんどんと集まり始めた。多くのサーファーが興味を持ってくれて協力してくれるおかげで感謝しています。今回の写真はアドバイザーでもある安部公司からの提供で1972年頃のロングビーチ。何が凄いってこの豪華メンバーでしょう!向かって左から近藤茂紀・安部公司・坂野益次の面々です。真ん中の安部公司は今と変わらないライディングスタイルが既に完成されているしフルスーツの上にトランクスってのが時代を感じる、左の近藤茂紀も体の大きさを感じさせないスムーズなスタイルが素晴らしい。恐らく最初の登場となる右のターザンこと坂野益次のライディングはまさに懐かしい、前乗りの二人を追う目線なんざまさに獲物を狙うターザンそのもののイメージが彷彿としてくる。良き時代の伊良湖を知る第一級の資料である。

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新年会

新年会
昨夜?っていうかまだ明るい午後4時からチームの新年会で飲んじゃいました。場所はサーファー徳ちゃんのお店、大曽根駅前のぼてこ・・・帰宅はたしか10時過ぎだったから6時間飲んだようで今朝は辛かった、もうそろそろ酒量を減らさないといかんと反省中。

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January 13, 2008

石塚義雄

石塚義雄
これもやっと見つけた!名古屋ゴッデスの石塚義雄、ロングビーチ、1977。

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日比野雅康

日比野雅康
これまたレアな写真も見つけた!何ともエビンのマーボーです、1978の伊勢です。

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見田裕康

見田裕康
ついに見つけた!1979のサーフマガジンの伊良湖トリップ、ロコポイントへの案内人は見田くんだった、彼の文もあったので後日アップします。

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70年代

70年代
今日も海をやめたので自宅の本棚をチェックして資料に使うために1970年代のサーフィン雑誌を抜き出した、石井さんのサーフィンワールドが全部残ってたのと別冊写真集も有ったのがありがたい、この中から伊良湖に関する記事や写真を探しだしてみたいが時間かかりそう・・・でも楽しい。

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January 12, 2008

DA.CARLOS

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おかげさまで昨年末にオープンしたカルロス奥村のお店「DA>CARLOS」は年中無休で大繁盛の模様です、交友の広さからか?芸能人の来店も多く、僕でも会いたい人が一杯来てます。今回はDON'Tのスタッフがblogでお店の紹介をしてくれてます、非常に判りやすいのでぜひ見てください。気に入ったらぜひお店の方にも行ってみてね。    DON'T

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プール

そんな訳で海へ行かないのでプールで楽しみます。



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濃霧

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今朝は低気圧の通過でサイズアップが予想されたけど、さすがに冬の雨で入る年でもないのでパス、情報では胸くらいまで上がったようですが濃霧のせいで見難いとのこと、今はまだ北西が弱いけど今後相当強い北西になる予想なんで晴れるでしょうが厳しいと思ってます。この風で明日は一気にダウンするかな。

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January 11, 2008

ベスト10

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最近大評判の「伊良湖のハエ100匹」は最近ブログランキングでトップと競り合いの2位に付けてますね。ココはまあそれなりにやってるんですがありがたいことに3位をキープしております。さて!今朝ランキングを見てビックリついに大沢プロのblogがランクインして10位に初登場しました、これでベスト10に伊良湖のサーファーblogが3つも入る快挙?です。皆さん応援ありがとうございます。
「Hirokoのひとりごと」

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あららぎ高原

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先日の水曜日に伊良湖のサーファーがあららぎ高原へお邪魔したのですが、その時の写真がタキさんから届きました。お天気も良かったようで皆楽しそうです、やっぱ復帰考えよう・・・。

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January 10, 2008

良い写真

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これ気持ちの良い写真ですね~、マーボーさんの雰囲気がよく伝わります。

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連休

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気のせいか最近妙に三連休って多くないですか?この週末も世間じゃ三連休なんですね、どうもこの冬は良い波に当たらない、今回も冬型に戻るのが早そうであまり期待できそうに無いです。最近の運動不足と飲み過ぎのせいか一気にお腹がメタボちゃんになってしまい大変な状態です。以前は冬山でハードなスノーボード三昧だったので太る暇なんかなかったのに・・・これじゃいかんです。海は波がないと何ともならないし、波が上がってもこの寒さじゃ1ラウンドが限界で運動量が少ない、こりゃまたスノーボードを再開するしかないかと思案中。実はそんな中、昨日雪山から突然のお電話が、あららぎ高原でスクール&検定を実施中のTRSタキさんからで、伊良湖のサーファーが来てるからとのことでした。私より年長のタキさんが頑張ってるんだからちょっと考え直さなきゃと思い始めてます。

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January 09, 2008

KEN'S HOTEL

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遅ればせながら本日リンクさせて頂きました。ケンくんがロンボク島で経営する「KEN'S HOTEL」のご案内です。僕はまだ行ったことないんですがBALIから飛行機で30分、最近都市化したBALIとは一味違う素敵な所なんだそうです、ポイントも空いててサーフィンに最適、しかもホテルの予約から現地すべてが日本語、特に名古屋弁でもOKってのが嬉しいじゃないの。サーファーの皆さん寒い日本をしばし離れてみるのも良いんじゃないですかーぜひ御検討を。  http://www.southwind.tv/

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「IRAKO CLASSIC」

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伊良湖でのサーフィンの発祥とその歴史を残しておきたいと思い立ち、資料を集めて2005年に初めて「IRAKO CLASSIC」を発表した。その時点で1966年からスタートしたことが確認は取れたものの、資料はまだ少なく、一番の問題だった1971年に伊良湖で開催された全日本サーフィン選手権の資料もまだなかったのでわずか20頁程のパンフレットでしかなかった。その後多くの方々から協力を頂き、徐々に資料が増えるごとに改訂を重ね、今回の改訂ではついに4版を重ね、おおよそ倍の量になり我ながら感無量。当初は1971年の全日本までで終わる予定だったのが、その後の資料や写真に貴重なものが多く、それらも確信のもてるものだけ掲載することとし、最後が今回の「大松屋食堂」とまり1979年の記事となった。「IRAKO CLASSIC」はこれで1966年~1979年の14年間の資料として充分に活用してもらえることだろう。そんな訳でこれで一旦の区切りにしようと思っています。

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January 08, 2008

1979年大松屋食堂開店

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伊良湖でのサーファーを知り尽くした「大松屋」は順調に業績を伸ばし続け、1979年ついに現在の42号沿いに移転して今と同じ店舗になります。規模も大きくなりこれならいつでも入れると思ったのもつかの間、最近ではTV番組の常連となって知名度が上がり、サーファー以外のお客が格段に増えてしまい、急増するサーファーとも合い待って夏場などは行列の出来る店となり週末は満員御礼、私たちも中々入れてもらえなくなったしまいました。でもお世話になったお店が繁盛するのはとっても気持ちの良いものですよ、これからもよろしくお願いします。

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1976年大松屋

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1976年に大松屋の前に勢揃いしての記念写真は「トヨタ」の面々です。向って右からパンダ・ヤッちゃん・ピース、一人おいて横田・豊田の方々、お店の看板が懐かしい、足元のスケートボード?当時は他の呼び名だったような気もするけどこれもレトロです。パンダは1971年の全日本直後に伊良湖へ来たとのこと、この写真はいかにもの髪型で楽しめるでしょ。

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1975年大松屋

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1975年、大松屋店内で撮影された2枚の写真、当然ですがヤッちゃんお若いですね、よく読めないんだけど当時とはメニュー変わってますかね?最近カレーって有った?テキライスとか肉いためはもうないよねー?手羽も当時はなかったはずだしね、先日この写真を見たオールドサーファーの面々はさかんに懐かしがってました、良い時代でした。ちょうどこの頃が私が名古屋に戻ってきて伊良湖へ通い始めた頃なんです。

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老舗2題

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年賀状の話題になったのでこちらもぜひ、サーファーなら皆さんご存知の老舗DOVEの戸倉さん&SEQUENCEの蛸さんからです、たしか孝男のスポンサーになった頃からだから85年頃?ってことはもう23年前からのお付き合いかなー?

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January 07, 2008

美味しい年賀状

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今日は大松屋食堂の話題だったので、一緒にご紹介しましょう。お正月に大松屋食堂から届いた年賀状です、皆さんご存知の「天丼」いや~美味しそうでしょ、実は昨日はもっと凄い「大盛り天丼」を頂いちゃいました。さあ食べたくなった皆さん早速大松屋食堂へGO!!

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弥八

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「大松屋」の開店当時の道路状況、店の前から北向きと南向きそれぞれの写真が見つかりました、当然のように未舗装ですし、南に向う道路は当時有った弥八ホテルまでで海岸には通じていませんでした。この当時のホテルの写真も探しているのですが、どなたかお持ちじゃないでしょうか。

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1967年2月6日

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1966年夏に始まった伊良湖の歴史で何と次の年に忘れられないお店がオープンすることになった。現在伊良湖を訪れるサーファーにとって知らないものはいないというほど有名な「大松屋食堂」が現在の場所から数百メートル南に下がった東側に「大松屋」として開店したのだ。当時はまだサーファーは数えるほどしかいなかったので当然お客の対象となるはずもなく、開店当初は地元の人や釣り人を対象とし、つり船や地引網もやっていたそうだ。何とも懐かしいこの写真はその昭和42年2月6日の開店当日お店の前に立つ大羽晴之・安子ご夫妻です。その後60年代後半から70年代に掛けてサーファーが増え、地の利からロングビーチを利用するサーファーが大勢訪れることになる、つまり当時のGODDESSの面々の登場だ、今回の取材中にも当時のサーファー同士の今では考えられないような凄い闘争の数々や武勇伝を聞かされたがこの話はまた後日?開店以来40年以上に渡り伊良湖のサーフィン史の全てを知るこのお店はまさにサーファーにとっての宝物である。

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January 06, 2008

初乗り

初乗り
引き始めて多少出来そうになったので皆揃って入りました、膝〜たまに腰、日が照ってたので助かったけど寒い・・・、取り敢えずの初乗りでした。

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漁場

漁場
当然の事ながらロコポイントは冬の海で見事なまでのフラット、堤防横のポイントは絶好の漁場となっております、さてって暫し休息してからご挨拶状回りいたしますです。

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御来光

御来光
何とも美しいロコポイントでの日の出を拝んでおります、これにて本日の行動は終了か

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カメラマン

カメラマン
早朝からロングビーチに勢揃いしたカメラマン!別に今からプロサーファーが入る訳ではありませんで弥八越の日の出狙いなんでしょう。波は膝〜たまの腰。

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January 04, 2008

NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブ

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新しい歳を迎え昨年発足したNPO法人レジェンドサーファーズ・クラブの設立面々の写真を載せさせていただきました。オーストラリアのナットヤング、カルフォルニアからボブピアソン、ダックスの高橋太郎、テッド阿出川、浜松のタキさん、名古屋のバリハイの武藤、大阪の三口、青森の川口さん、と私長年サーフィンを続けてきたメンバーです。
昨年10月末にシンポジューム、と大会を開催しました。湘南では奇跡に近いグッドコンデションで、風も無く、前日の台風一過がモタラシタ恩恵がそこにありました。その後法人化も認定を受け、晴れてNPOの活動をスタートする事が出来ました。今年は本格的に内容の整備を行い、 SURFand PEACE の平和活動を実施に移してゆかなければなりません。NPOは非営利団体としての任務の中で、基本的にはボランテア活動です。多くの理解者が有ってこそ成り立ちます。最初から資金はありません。
サーフボードメーカーは ボードに SURFandPEACE の小さなロゴを入れることで財源の一部になってゆきます、協力店は協力店とし登録して頂き、SURFandPEACE のステッカーや、他のグッズの販売が可能になります。その利益がNPOの資金になってプールされ、平和活動の一環として寄付されていきます。
まだ始まったばかりで、何も手が付けられない状態ですが、今年は形にしてゆく年と認識しています。皆さん一人ひとりの協力が無ければ SURFandPEACE は世界に広がってゆきません。ナットヤングや各国のレジェンドが腰を上げてもらい、時間は掛かるでしょうが、戦争の無い、平和な世界を作るために努力してゆきたいと考えています。
  どうぞ今年も宜しくお願い致します。
      理事長  鈴木 正

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おめでとう!

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伊良湖の大受けblog「伊良湖のハエ100匹」がついにblogランキングで堂々のトップに躍り出ました!!これは快挙ですよー!あの強敵「モトザレワールド200X 」に勝つとはまさに伊良湖の勝利?皆さんもぜひ一度ご覧下さい・・・アッお子様はダメよ。

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今日も・・・

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昨日は初乗りに大勢集まった模様です、私は相変わらずの寝正月、まあ無理しないでゆったりやります。さてっと今日も厳しいでしょう、なんせ小波にまるで弱い私としてはなんとか初乗りでも頭サイズをお願いしたいと思っておりますが、この分だと一体いつになるやら?

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January 02, 2008

フラット?

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僕なりの予想だと1・2日は冬型で強めの北西が吹き付け極寒、3日にその冬型が緩んでポカポカの日和になり風弱くサイズは腰腹・・・だったんだけど(^_^;)残念ながら明日は風が弱くならずうねりが押さえられてしまいほぼフラットになりそうです、有ってもスネ?残念ながらこんな状況なんで明日予定していた初乗りは中止することにしました、残念っ! せっかく車内のお掃除して快適にお昼寝する準備したんだけんどなー。

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January 01, 2008

謹賀新年

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皆様あけましておめでとうございます、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年はいよいよ年男でございます、一体どんな年になるのか楽しみで・・・、しかし小渕官房長官が「平成」と年号を発表したのがつい先日のような感じなのになんともう平成20年、あの日に生まれた子が成人する訳でしょ、そりゃ年も取るわけですね。今年の初乗りは無理をしないで冬型の緩む3日の予定でおります。

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