SURF&PEACE
大会会場ではこのTシャツの販売もありました。なんせ根がミーハーだもんでお二人に無理言ってサインまでもらっちゃいました! ハイ私はごく普通のサーファーです (*^^)v
NPO法人 レジェンドサーファーズ・クラブは来月中旬に認可がおりることになりました。設立メンバー理事は7名、この写真では大阪の三口さんが抜けてます。それにインターナショナルアドバイザーとしてここのナット・ヤングとボブ・ピアソン、それにハワイからランディ・ラリックが加わり総勢10名でスタートする予定です。設立後には様々な活動を開始する予定ですので皆さんのご協力をお願い致します。
今大会レジェンドクラスのファイナルメンバーをご紹介いたします。向って左からボブ・ピアソン、ナット・ヤング、私、鈴木正、高橋宜成の5名でした、5名のうち3名は還暦を過ぎ、残り2名も来年還暦を迎えます、ってことはこの5人合計すると300歳以上となりますなぁ。
今回の大会では光栄なことにボーイズクラスのプレゼンターをさせて頂きました。今回ボーイズクラスを制したのは鎌倉市立腰越小学校6年生の小林直海くん(12歳)でした、彼の身長からするとダブルオーバー以上の波を果敢に攻め見事なライディングでの勝利となりました、本当におめでとう! 本人のコメント「外国人のサーフィンは迫力があった。僕もワールドチャンピオンを目指したい!」 まさにお見事の一言です、ぜひともWCT入りを目指して頑張ってもらいたいものです。
湘南・辻堂で「レジェンドサーファーズ・クラブ」設立記念イベント
2007年8月に旗揚げしたレジェンドサーファーズ・クラブ(東京都港区)が10月28日、設立記念イベント「Surf&Peace in Japan湘南・辻堂Surf meet」の一環として「レジェンドサーファーズクラブサーフィン大会」を湘南・辻堂正面ポイントで開催する。
同クラブは、「Surf&Peace」を合言葉に日本のサーフィン創成期を支えてきたレジェンドサーファーが集まり、世界中のサーファーのネットワークを構築し、サーファーから発信する「戦争のない平和な世界」を目的に立ち上げられたもの。発起メンバーは、ダクッスサーフボードの創設者で日本サーフィン連盟の設立にも尽力した高橋太郎さんやゴッデスインターナショナルの鈴木正さんをはじめとする7人。
同大会は、サーフィンを通じて同クラブが提案する問題を少しでも参加者に考えてもらおうと企画した同クラブ初主催のサーフィン大会。競技カテゴリーはロングボード(ボーイズクラスのみショート)で、辻堂正面ポイントを2ポイント使用して、年齢別で5クラスに分かれ(ボーイズ・メン・マスター・ロイヤル・レジェンド)ポイント制で競われる。レディスはオープンクラスのみ。総勢160人が参加予定。
大会には発起メンバー以外に、オーストラリアのレジェンドサーファー・ナットヤングさんやカリフォルニアのレジェンドサーファー・ボブピアソンさんなどがゲスト参加する。競技スタートは7時から。
同イベント事務局のスタッフは「イベントを通じて、参加してくれた人たちが同クラブの掲げる目的を少しでも身近なものとしてとらえてくれれば」と話している。大会前日の27日には、鵠沼サーフビレッジ多目的ホール(藤沢市鵠沼海岸1)で、岐阜医療科大学専任講師の水野英莉さんを進行役に、レジェンドサーファーたちによるパネルディスカッションを用いたシンポジウムを開催する。開催時間は15時~16時。 湘南経済新聞
運良くラウンド1を突破出来、次のヒートまでは一時間以上のインターバルが有ったので体力の回復に勤めました、大量に水分補給し、エネルギーゼリーを朝食替わりにして休みSFの始まる頃には準備万端、今度は江ノ島寄りのAポイントとなりカルロスと一緒に3分前からゲットしてみたらこちらはまるで天国のように楽々ゲットに成功し、スタート前にアウトに陣取りました、このサイズでアウトに出ちゃえばこっちのもん!セット数も多いのでカルロスとシェアーする余裕もあり最初にテイクオフしたグーフィーに彼が乗ってきたので妨害取られるからやめな!って言うことまで出来た。この波を乗り継ぎ最後のリエントリーの着地だけ失敗したけど6点、すぐにまたゲットに成功して次はレギュラーで全て決めて8点、もう一本乗ったけどこの14点でブッチの1位通過、但し一本目の最後で落ちたときにボードが頭にヒットして痛いのなんの、さわってみたら出血はしてなかったけど参ったぁ、上がってからみてもらったら見事なまでのたんこぶが出来てました。さてこの時点でナット・ヤングが膝痛の為に棄権してファイナルの四名が決定し午後までの時間待ち、弁当食べる気にもならないし、昼寝もまずいからまたしても水とゼリーで休息、時間が経ってもサイズの落ちる気配はまったくない、さていよいよファイナル開始かと思われたその時、急にナットがあまりの波の良さと痛みが和らいだのか急に一緒にやりたいと言い出し全員が賛成して特別参加することになった、まずは四人でゲットして全員がアウトに陣取った時まさに最高のセットが入り全員口開けて呆然、早く初めてくれればと思いつつスタートを待っていたらな・・・なんとまたまたとんでもなく最高のセットがまるで我々を見透かすようなパーフェクトブレイクを見せてきた、まったくもったいなかったがこれは聞いたらどうもナット待ちだったようだ、待ちに待ったスタートホーンがなり最初に乗ったのは鈴木さん、僕は最初のセットをスルーして二回目に勝負をかけた、ボブをマークしながらグーフィーの大きな波にテイクオフ、ほぼ自分のベストライディングが出来た、ゲット途中で鈴木さんが二本目のグーフィーを目の前で演技、僕の採点で4点台と見た、アウトにでたらまだボブがセット待ちしている、何とか3本乗りたかったので次のセットをレギュラーに、これもまあまあ、3分残してアウトに戻ったが結局この後はセットが途切れてしまい乗れずにタイムアウト!後からボブに聞いた話だとスタート前に入ったようなセットを待ち続けてしまい、それが最後まで入らなかったとの事、彼を一番ライバルと見てたんで結果的にスタートが遅れたのが僕に有利になったみたい、ナット・ヤングは最後までアウトには出てこずミドルで素晴らしい一本を決めただけだったそうだ、これも聞いてみたら良い波一本で良かったんだとの事、さすがソウルサーファーだね。結果はご覧の通りでプレゼンターのナット・ヤングからウイナーコールされて思わず感動してしまった、最後にスピーチまですることになり、「生まれて初めて入った鵠沼でこんな素敵な波に乗れて幸せです、こんな良い波の時に会場を提供してくださった地元の方々に感謝します、サーフ&ピース!」と話させて頂きました、こんな素晴らしい大会で素晴らしいサーファー逹と一緒の波に乗ることが出来た幸せを噛み締めています、全てに対して感謝の気持ちで一杯なんです、ありがとう。
昨日は生まれて初めて入るポイントということで早めに鵠沼へ、チェックしたら最高の波なんで関係者に設営のお手伝いしなくて良いか確認したらOK!が出たので早速海へ、ステージ西からゲットしてみるとうまくセットをかわしてアウトに出れた、2ポイントを意識してステージの左右ピークでフロント・バックに乗ってみてピークを確認、波質は素晴らしく4アクションは入りそう、但し場所によってはゲットの困難な所がありこれはヒートの時間次第にしようと判断した。さて問題のラウンド1、このヒートだけが海に向かって右のBポイントで1ヒート12分で沖スタートに決まった。全員がジャッジテントの西側からゲットすることにしたんだけどピークが左なんで僕は少しでも回り込もうと右端からゲット、ところがこれが見事なまでの大失敗!ショアブレイクで凄いセットの連続をくらってしまいアッと気が付いたら隣のライフセーバーイベントのポイントまで流されていた、これに気付いた時点で頭が真っ白!ここまで来てゲット出来ずに終わったら恥ず
かしくて帰れない・・・まさに切腹もんじゃんどないしょ!もう必死でパドル、前しか見ないで頑張ってやっとの思いで出たものの見事なまでのエリア外、この時点ですでに息が上がっていたんだけど必死でジャッジテントに向かってパドル、もう何も聞こえず見えずでいつスタートしてるのかも何も分からず体はガタガタ時間がないのは分かっていたから最初のセットにテイクオフしたものの当たり前のように足はガタガタで満足に動けない状態、ヨタヨタで何とかインサイドまで乗り継いでみたら既に残り3分切っているのが聞こえた、もうアウトへ出るだけの気力も時間もなくて取り敢えず本数揃えるためにスープでのテイクオフを二本乗った時点でタイムアウト!アーッこれで終わったなと負けを覚悟して海から上がった、なんとも情けなかった。諦めておやぢのとこへ行ってボーッと、息切れしてて体ももう限界だった。暫くしてから結果のコールが・・・アレッ?ゼッケン赤が1位通過だって?エッ!エッ?俺じゃん?何・何?急いでテントに確認取りに行きジャッジシートを見たらや
はりヨタヨタの一本目がわずか2、5てスープライドが当然の1、0で合計3、5、落ちて当然のスコアーじゃない、だけど他がもっと悪かった、考えてみたら僕はトップを切ってゲットしてたし回りを見る余裕もなかったけどハードなのは僕だけじゃなかったんだ、皆が嵌まって出られなかったとのこと、おかげて首の皮一枚で繋がった!これが今回の全てだったのだ。
やりましたー! ドンピシャのタイミングで台風20号が発生し、理想的なコースを辿りそうです、明日は早朝から茅ヶ崎へお邪魔する予定でおりますのでよろしく。
「気象庁は26日、台風20号が午前9時に南大東島の南方海上で発生したと発表した。発達しながら北西に進んでおり、27日夜に風速25メートル以上の暴風域を伴って伊豆諸島付近に進み、関東地方にかなり接近する恐れがある。気象庁は大雨や高波などに警戒を呼び掛けた。 20号は26日午前9時現在、南大東島の南約320キロの海上にあり、時速35キロで北西に進んだ。中心気圧は1000ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は18メートル。中心から半径190キロ以内は15メートル以上の強風域となっている。」
さていよいよ今夜から湘南へ向います、日曜の大会はサイズの期待してなかったんだけど、今朝の予報だとこの南海上の熱低が明日あたりに台風になるかもしれない、湘南の波の予想はまったく見当もつかないんですがこれだとどうなんでしょうか?期待しちゃっても良いの?
いよいよ今週末にNPO法人レジェンドサーファーズ・クラブの設立記念イベントが開催されます。
シンポジウム
日時:10月27日(土)午後2:30~3:30
場所:藤沢市サーフビレッジ
参加:高橋太郎(ダックスエンタープライズ)
鈴木正(ゴッデスインターナショナル)
阿出川輝雄(テッドインターナショナル)
高橋節男(タキスポーツプロジェクト)
武藤恒志(バリハイ)
川口泰廣(オーシャンブラザーズ)
三口省賢(オフザオール)
ボブ・ピアソン
ナット・ヤング
「Surf&Peace in Japan湘南・辻堂Surfmeet」
日時:10月28日(日) 7:00スタート
場所:辻堂正面
この取材があった1979年というのは私にとっても記念すべき年でした、この前年にオイルショックの為営業部長として勤務中の会社が倒産し、車に書類や通帳・手形も積んで逃げ回った経験もありました・・・まあ逃げて滞在した先が伊良湖ビューホテルだから笑っちゃいますけどね。それでたしか独立開業したのが1979年5月でした、ってことはこの取材の頃は失業保険もらってたんだ。独立したおかげで時間が自由になり一気に海へ行く時間が増え始め、この年から8月の夏休みも始まりました、そしてこの冬にはカルロスや民雄をのハワイツアー、これがたしか2年続いて1981年からBALIに変わったのかな?そして1983年にはBaliHighの発売、1985年には全日本、それにJPSAの「BaliHigh CUP」もこの年でした。たしかに私にとってこの179年というのはまさに人生のターニングポイントだったんです。
「伊良湖がフィールドだ」
名古屋のサーフボーイのフィールドは渥美半島の南端、伊良湖のポイントだ。この辺りは名古屋港に出入りする輸送船がひっきりなしに往来しているところだが、また毎年1~2回は台風が必ず通る台風ロードでもある。その台風シーズンには3~4メートルのビック・スウェルが立つほどなんだ。台風シーズンでなくても、低気圧の接近があれば、かなり中級サーファーには満足のいくスウェルがやってくる。名古屋のみならず西は大阪、神戸、東は静岡あたりのサーファーにはポピュラーなポイントでもあるわけだ。低気圧の接近ともなると、名古屋のサーファーの大移動がはじまる。もちろん伊良湖ポイントを目指してだ。名古屋から東名高速に入り豊川へ、ここで下り国道259号線を南下、伊良湖へ至るわけだ。この道程約120キロが、彼らのコースト・ドライブウェイなのだ。このドライブウェイに乗った瞬間から、名古屋のサーファーのビック・スウェルへの挑戦が始まる。 ( POPEYE 1979.3/25より原文のまま)
注:集合写真の中央がカルロス、その左が僕で右が民雄くん。2枚目が当時一世風靡した「キキバス」ですがなー。3枚目のライディングはセッションのウエット着た僕だね、その奥にいるのはジミーかも?、恐らく撮影は厳寒の2月頃?さすがに伊良湖には波の無い時期で撮影は苦労したんじゃ?
「名古屋サーファーの兄貴」
まだ数少ない名古屋のサーファーのまとめ役、兄貴的存在の人を紹介しよう。奥村裕司さんがその人だ。サーフィンの10年選手。1年前より始めたスナック<パンプキン・パイ>には、毎夜サーファーが押しかけて、クラブハウスのようである。というのも、奥村さん、店に集まるサーファーと伊良湖へ出かけるとき必ず8ミリを持って行く。そして全員のライディングを撮影。店でこのフィルムを見ながら仲間と勉強会を行っていること。それに店のメニューのひとつ、ハワイ風スペアリブ(1000円)ってのが魅力となっているからだろう。どこのサーファーも食い気は人一倍なんだ。ボリュームたっぷりのスペアリブをバドワイザーのビールをラッパ飲みしながら食べてごらんよ。胃にしみわたるうまさだもの。サーファーの心をつかみ頑張る奥村さんの活躍を期待する。 ( POPEYE 1979.3/25より原文のまま)
注:これまた外人時代のカルロスです、アフロが終わった頃かな?写真を大きく変更したので判るかな?この当時はとにかき毎晩パンプキンに集まって飲んでました、20代だもん、青春中なり。
「シェーパーが目標」
現在、名古屋市内だけでサーフショップは7軒。愛知県全体でも10軒しかないってのが実情だ。<KIKI>は、その10軒のうちの一軒。湘南にあるサーフショップと比べても商品的に少しも遜色ない。にもかかわらず、オーナー沖民雄さんが残念でならないことがひとつある。名古屋には1人もシェイパーがいないのだ。いま彼はシェイピングの勉強中である。サーフィンが好きな彼にとって名古屋のサーフィシーンが年々盛んになっていくにもかかわらず。いまだに名古屋にオリジナル・ボードが生まれないってことが悔しくてしょうがないのだろう。シェイパーさえいてばもっと低コストのボードが作れる。そうすれば、今よりもっと多くの仲間とサーフィンを楽しめる。これが彼の望みでもあるからだ。 ( POPEYE 1979.3/25より原文のまま)
注:この店もとにかく毎日行ってました、この横のマンションにカルロスが住んでたしねー。そうそうインベーダーゲームの時代でした、たしか始めてウオークマン買ったのもこの頃。僕は多分ベージュのアコードに乗ってたのかな?
まったく長谷川くんの物持ちの良さには感服しました、何と30年も前の「POPEYE」を完璧な状態で保存してたそうでカルロスへ届けてくれました。この当時の「POPEYE」は時代の最先端を行く情報誌として「平凡パンチ」の後のバイブルのようなものでした、この年だと私はまだ29歳!そして何とこの号で特集「伊良湖に集まる若き海戦士たち」として1ページサーファーが取り上げられていてカルロスも僕もタミオも載ってました!いやはやビックリ仰天、自分でも100%忘れてました・・・ただ今から順次細部をアップしてまいりますのでお楽しみにお待ち下さい。
やっぱ最近めっきり年を感じます、今朝も早起きして海行くはずが気が付いたら6時半でギブアップ、どうも3連荘は無理みたいですね、今回の台風19号はあのコースと速度じゃまず良い感じのうねりは無理でしょう、この画像のように今朝の7時前後がベストだったんじゃないすかね?でもサイズはまったく上がってないからまあ良いか、さて次ぎは今週末の湘南です、金曜に低気圧が通過するらしいから土曜は多少期待出来ますか?私、辻堂にしても鵠沼にしても行ったことはあるんだけど、もし入るとしたら生まれて始めてなんですよーー。

アップでは初登場の西三河三人組、右端のご存知仁さんは昔のロングビーチ三人衆のお一人でブリブリだったお方です、しかし今でも若いっすね〜、左のご夫婦は何時も一緒にサーフィンしてて羨ましい・・・かな?

たしか昨年結婚した三重の高橋くんが長い新婚旅行中?だそうで何とあのモアイ像で知られるイースター島から絵葉書が届いた、な・・・何とイースター島ではダブルサイズの波が有ってサーフィン出来るそうだ!ローカルにボード借りてサーフィンしたとの事、まだまだ世界は広いのね〜。
すいません、どうした訳だか今朝は写真の保存に失敗しちゃいました、未だに原因が判りません。さて日本海か迷ったあげくにロコポイントへ行きました、予想外に風が弱いものの何と波が小さい!朝一は見た感じ胸だったんですが入ってみたら不思議なくらいにパワーのある胸〜肩でグリグリ、最初の一本目で舐めていたせいか思いっきりグリグリに巻かれてしまい気が着いたらグローブがすっ飛んでました、急いで取りに戻ってまた入ったらナイスなセット、テイクオフはバッチリだったんだけどボトムに人がいたんで避けたらレイト気味になり気が着いたらそのまままチューブインしてたぁ、残念ながら潰されたけどあんな深いのは初めてかも?その後潮が上げてきてサイズダウンしてしまい、今じゃ腹サイズなんで諦めて仕事に向かってます、何だか東名高速下りで事故があったみたいで何処走ろうかと思案中。
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