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June 30, 2005

お勧め

僕の知らない人なんだけどぉー、素敵な話題なんでぜひ一度見て欲しいな~

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ロングビーチ

blog05
blog05
2枚ともにロングビーチでの鈴木勝彦さんのライディング、レベルの高さが充分に伝わってきます。撮影は鈴木光彦氏、恐らく1968か1969年頃。

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MALIBU

blog05
1969年頃、光彦さん所有の総バルサ製ロングボードを抱える鈴木勝美さん。白黒ながら雰囲気のある良い写真です。

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1969

blog05恐らく1969年頃といわれる珍しいカラー写真、ロングビーチでサーフィンするのは左から、鈴木勝美・鈴木光彦・竹内進の3名、撮影はカメラを抱えて胸くらいまで水につかり苦労して石塚義男氏の撮影だったそうです。

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m(__)m

大変ながらくお待たせいたしましたが、本日の診察で無事先生のお許しが出て、20日間に渡った足の治療が終了いたしました、ただ今は筋力トレーニング中ですが、もう何時でも復帰準備OKです。まあ天は我を見放さず、怪我中は一度も台風は発生せずに待っててくれたようで感謝感激でございます。 いやー今回ほど健康な体が大切だと身に染みたのは久々です。これで海に入ったらきっと感動するだろうなーー、皆さ~ん、病み上がりの私に優しくして波を下さいね~  (^_-)-☆

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会長

伊良湖で最初にサーフボードを入手してサーフィンを始めたとされる、鈴木光彦氏が現在でも皆から「会長」と呼ばれていることはご存知だと思います、が・しかし、その語源を知る人はいなかったんじゃないでしょうか。実は私も鈴木さんがTSAの会長だったせいで、そう呼ばれているものとばかり思っていました。これまた驚愕の事実が判明、1970年頃に増え始めたサーファーが20名程集まり、初めてサーファーの団体を作ります、これが「名古屋サーフィン連盟」(NSA)だったそうです、当時はだれもNSA(日本サーフィン連盟)を知らなかったとか?、そして初代の会長に鈴木さんが就任され、それ以降サーファーの間で鈴木さんを「会長」と呼ぶようになったそうです。どうです?ご存知でしたか???残念ながら翌年にはNSA主催の全日本が伊良湖で開催され、名古屋のNSAは知らない間に消滅してしまったそうです。

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御礼 m(__)m

maikerukatumi03昨夜インタビューをさせていただいた、鈴木勝美さんが左側、右はご存知マイケル師匠で、このお二人共昭和25年生まれの同級生だそうです。鈴木さんはもう1人の鈴木会長とともに1966年に伊良湖で初めてサーフィンをはじめ、当初はスープライダーでしたが、その後どんどんと上達し、1969年頃に伊良湖では一番の上級者だったそうで、後日アップしますが当時のライディング写真も何枚も頂きました。ただ残念なことに鈴木さんはその後1971年頃を境にサーフィンを止めてしまわれました、この頃が伊良湖でのサーフィンブームの第1期で急速にサーファーが増え、それにともない初めてのサーフショップ「ジェィビス」が今村さんの手により名古屋に出来ていらい、GODDESS・LOKO・EVIN・BELLSと今でも知られているようなサーフショップが乱立し、サーファーの囲い込みやら店同士の対立、金銭トラブル等が重なりいやになってしまったのが原因だそうで、こればかりは何処でも見られる人間の本能的な煩悩に由来するありがちなことで、妙に納得してしまいました。しかし鈴木さんの記憶力は素晴らしく約1時間半の休む間もなく楽しいお話を聞かせて頂きました、本当にありがとうございました。

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June 29, 2005

1968

maikerublog伊良湖でサーフィンが始まって3年目、いよいよ真打が登場してきます、当時高校3年生だった安部公司氏(マイケル師匠)はやはり鈴木さんたちと港区南陽町のご近所と勝美さんと同級生と言うことで海に誘われサーフィンデビューします。まだボードは無く会長のMALIBUを交代で借りてはサーフィンを楽しんだそうです、そしてこの1968年までがまさに伊良湖黎明期で今までの5名しかサーファーというものがいなかった時代でした。この写真は1969年のマイケル師匠の勇姿で場所はロングビーチからの旧道を上がった所に現在も建物が残る「旧公民館」前だそうです、そうしてこの1969年から一気にサーファーの数が増え始めていったそうです、名古屋からはすでの20名程になり、そろそろ豊橋でサーフィンを始める者も出始めたのがこの年でした。今でも現役で元気にサーフィンを続けているマイケル師匠は本当に伊良湖のレジェンドサーファーだったんです。

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1966

kaichoukatumi01今夜はマイケル師匠のご紹介で、伊良湖サーフィン黎明期に活躍された鈴木勝美さんにお会いして、様々な貴重なお話をお聞きし、また貴重な写真も頂くことができました。そこで判明したことはまったく想像もしていなかった驚愕の事実でした。何と驚くべきことに伊良湖でのサーフィンは名古屋の中心地「栄」がその始まりだったのです。1966年の夏前、当時栄のど真ん中にあったデパート「オリエンタル中村」(現三越)はヤング路線を走るお洒落なデパートでした、当時高校3年生だった私はもろにIVY小僧でVAN命でしたので、当時最先端だったオリエンタル中村の2階にあったVANショップに通う軟派高校生でした。ところがこの時このデパートの歩道に面したウインドウに夏シーズン用のディスプレイが始まり、その道具として一本のロングボードが飾られたんです、それを見つめていたまだ10代の青年は、何かを感じたのか、どうしてもそのボードが欲しくなり、デパートと交渉し、とうとうそのボードを手に入れてしまいました、当時の初任給は約18000円、そのロングボードはその倍に当たる35000円程だったそうで、裕福なお坊ちゃんだったはずです。その青年こそが伊良湖で始めてサーフィンをした、鈴木光彦氏で現在も現役として活躍中の通称「会長」と呼ばれている方でした。ボードを手にした会長は近所の後輩だった同姓の鈴木勝美氏を誘うこととなりました、そして運命の1966年夏、サーフィンの出来る波を探す旅に出た二人はさすらった挙句に渥美半島の赤羽根にたどり着き、当時は展望台とバンガローだけだった弥八に立ったのです。そこから見下ろしたビーチの風景は恐らく今とそれほど変わらなかったと思いますが、見渡す限りの海・波を見つめた結果、そのすぐ西側の下にそれらしい波が有ることを発見し、また未舗装だった42号から側道に入り、とうとうロングビーチを発見します、その当時のロングビーチは地引網漁に使われており、駐車場もそれなりにあったそうですが、見渡す限りサーファーはだれもいない状況で、この鈴木両人の二人だけのサーフィンが始まったのです。ボードはMALIBUの総バルサのロングボードただ一本、しかも当然のことのように情報の無い当時の事、WAXの存在も知らず、ライディングの基礎も何も判らない状態で、このシーズンはスープライダーで終わったようでした。しかし次ぎの年1967年には会長の叔父さんがTEDのロングボードを取り扱う事になり、TED阿出川さんが名古屋まで来たそうです、TEDさんと名古屋駅前のホテルで会った3人は、初めてここでサーフィンの8mmを見、また海外の雑誌を見たり、ここでWAXの存在も知る事になります。この時はTEDさんは名古屋だけの滞在で伊良湖には来ていないそうです。そしてこの1967年には両鈴木さんのご近所にいた若者2名をサーフィンに誘い込みます、この2名が伊良湖初のプロサーファーで名古屋GODDESSのオーナーでもあった石塚義男氏と竹内進氏でした、そして勝美さんはこの年初めてTEDのロングボードを購入します。このシーズンはひと夏この4人だけでサーフィンを楽しんだそうです、当時はロングビーチ以外のポイントはまったく知ることも無く、またその必要もなくロングビーチ貸切で好きなように楽しんだようです。この写真がその当時1967年のロングビーチ、向かって左が鈴木光彦氏とMALIBUのボード、右が鈴木勝美氏とTEDのボードです、バックの弥八への距離から考えて、現在の坂下あたりでの写真と思われます。いやはや全く「事実は小説より奇なり!」そのものですね。今日は本当に良い勉強になりました。

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June 28, 2005

間近

いよいよ足の完治が近づいてきたようだ、昨日のリハビリではストレッチとマッサージ主体になったんだけど、痛みがずいぶんと減ってきて強いマッサージが我慢できるようになった、今朝はもうギブスを外し階段も普通に登り降り出来る状態までなってきたんで、もうこれなら後数日で普通に歩けそうな予感がする、何とか次ぎの日曜のビーチクリーンで復帰と行きたい所だ。また来週には津波の防災訓練も有るのでそれまでには走れる状態にまで戻すつもりでリハビリ頑張ります。

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June 27, 2005

結果報告

第4回BaliHighチームチャレンジ
2005年6月26日(日)
チキンポイント
無風ーオン  腰~胸

Bクラス
1位/加藤圭介
2位/大野照明
3位/長谷川正美
4位/久野豊明
5位/伊藤伸
6位/田川アツオ
7位/三谷典久
8位/斎藤信也

Aクラス
1位/林俊行
2位/落合孝宣
3位/日原直洋
4位/中条龍徳

Sクラス
1位/水野隆次
2位/竹本豊
3位/永井孝秀
4位/林田邦宏

ベストスタッフ
北村守
ベストジャッジ
森元志
敢闘賞
青木孝博(65才)
ベストライディング
大久保公人(Pt8、0)

以上、入賞者の皆さんおめでとう!

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何時・何処で・誰が?

昨日大会終了後、マイケル師匠と伊良湖の歴史について有意義なお話を聞く事が出来ました、まだその年代は1968年か9年か確定していませんが、どうもそのあたりのようです。残念ながら私はまだ面識がないのですが、以前ゴッデスの鈴木さんからもお聞きした今村さんと、ロッキーの鈴木さんがキーパーソンであることには間違いないようです、すでにお二人には師匠から当時の資料を見せて頂きながらお話を聞けるよう準備が進んでおり、想像を絶するような当時の写真が残っていることまで確認されていて楽しみです、この企画は良いタイミングだったみたいですね。

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Sクラス

mizuno00最高レベルのスペシャルクラスのファイナルでは、竹本プロとの一騎打ちを制した「チャカポコ水野」くんが何と2連覇、これは彼のウイニングショットでのノーズライディング、これで6点台を叩き出しての見事な優勝でした、おめでとう!    撮影 北村 守

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お手伝い

judge700結局足の回復がまだだったので昨日はずーっとジャッジ担当でした、センターが私・向かって左はスタさん、右があの有名な「マイケル師匠」、後ろに立つのは昨日ベストジャッジとなったSEASCAPEの森くんです、この画像撮影は北村さんのアシスタントになってたステファニーでした。

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June 26, 2005

Maruco

malco50
1回戦突破どころか、あれよあれよとセミファイナルまで進出し、表彰までされてしまった、本日の殊勲賞なり!

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集計

shuukei43
各ヒートの集計はすべてパソコンにて即刻処理され、その場でプリントアウトして張り出されます、凄い時代だね。

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スタッフ

staff44
今日のスタッフ発表、全員が分担して大会を運営してます。

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チームチャレンジ

teamcharenge42今朝の大会会場は無風・面ツルの腰〜胸と大会には最高のコンデション!朝早くから皆1コケを避けるべく練習に励んでいます、ただ今65歳の青木さんもゲット中、初の大会参加に燃えている模様。 結局今日の青木さんは何と敢闘賞に輝きました、おめでとうございます。

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June 25, 2005

津波防災訓練のお知らせ

急ですが、豊橋から渥美まで一斉に行う津波防災訓練が、7月8日(金)午前9時30分からの開催と決まりました、今回は大規模な開催で海上保安庁のヘリと漁船も出て大がかりにやる模様です。サーファーの避難訓練はロコポイントがメインとなります、平日の為参加されるのは厳しい方が多いと思いますが、時間に余裕のある方はぜひご参加下さい。詳しくは月末にアップいたします。

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チームチャレンジ

さていよいよ明日は年に一度の「チームチャレンジ」開催となりました、とはいえ実は昨年度当初開催予定日が台風の為延期され、予備日に開催の予定が伊良湖地区でのがけ崩れ等で大会をすべて見合わせる事になり、結局中止、今年も今月12日の予定が明日に変更され、梅雨の真っ只中でお天気が心配されていましたが、何たるカラ梅雨、ありがたいことに明日は晴天の予報、まあ波もそこそこは期待できそうなんで良い大会になりそうです。・・・・・が・・・・・当然の事のように怪我中の私はエントリーこそしてあるものの出場は微妙だったので、今朝の病院での治療後に決める事にしてありましたが、結局まだ完治しておらず明日妙に動かすとまた元に戻ると言われ、泣く泣く?出場をキャンセルいたしました。それでも可愛いチーム員が大勢出場する為、明日は一日ジャッジに専念してお手伝いに徹するつもりでございます、これもまた海の楽しみ方だと考えて頑張ってきます。

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June 24, 2005

サーフィンの歴史

ボードにうつぶせになって波に乗るブギーボードは昔から太平洋沿岸、西アフリカの各地で盛んだったことが知られていて、ボードの上に立ち上る今のサーフィンにまでテクニックを発展させたのは、世界中でハワイアンだけ。つまりサーフィンは、まぎれもなくハワイ生まれのスポーツ。事実1778年、南太平洋の島々を旅した後ハワイ諸島を訪れたキャプテン・クックは、ハワイアンが海を自由自在に泳ぎまわり、板の上に立って波に乗るのを見て驚愕。日誌に「…こんなに珍しく難しい危険な操作(サーフィンのこと)ができる大胆さは、驚きに値する」と書き残している。またクアナル(崩れる直前の波)、クアパ(崩れる最中の波)、ララハラハ(高まる波)など波を表すハワイ語がいくつもあることでも、ハワイアンが波のエキスパートだったことがよくわかる。古代ハワイでは王族も貧民も老若男女がサーフィンを楽しみ、コンテストもよく開かれた。カメハメハ3世はサーフィンの名手だったことで知られるし、大酋長カライモクは60歳を過ぎても、直立で腕組みしながら背丈より高い波を乗りこなしていたといわれている。王族は4、5メートル、100キロもあるオロと呼ばれた大型のボードを使い、庶民はアライアと呼ばれた2メートル前後、10キロ以下のボードを使った。ビショップ・ミュージアムには数百年前に作られたというハワイ最古のボードや、有名な酋長が使っていた70キロ級のコアの木のボードなどが今も残っている。このボード作りは神に通じた神聖な作業で、宗教儀式にのっとって行なわれた。ボードを作る木を選んだら、まずは根本に供物を捧げる。その上で木は倒され、必要な木材を切り出す。そしてボードが出来上がると祈躊師が祈りを捧げ、初めて海で使うことができた。ハワイアンはボードをそれは大切にして、使うたびにククイの木の皮で作った樹脂をワックス代わりに塗り、手入れをした。海から帰るとボードをよく乾かし、木の皮で作ったタパ布で丁寧に包んで、宝物のように扱ったという。またサーファーは海で神に祈り、特別な呪文を唱えながらレイで海面を叩いて良い波を呼び寄せようとした。このことからも、大海原のただ中で自然(波)に挑むサーフィンは、その昔スピリチュアルな側面ももつ特別なスポーツだったことが伺われる。このように古代ハワイの代表的な娯楽だったサーフィン。波のいい日は村中総出でサーフィンに出掛け、畑や諸々の作業場が空になることも珍しくなかった。コンテストはもちろん、腕のいいサーファーが勝負する時にはギャンブルも行なわれ、ビーチに陣取った見学者がワイワイはやしたてお祭り騒ぎになったという。1821年、ボストンからハワイを訪れたキリスト教宣教師たちが、こんな様子を気に入るはずはなかった。加えてすでに述べたようなサーフィンにまつわる宗教性、そして当然ながらほとんど裸同然の、サーファーたちの様子…。ハワイアンにキリスト教の倫理観を押しつけようと、ハワイ固有の文化の否定に躍起だった宣教師たちは、サーフィンをも「バカげた、無駄なアクティビティ」の項目に分類。フラダンスなどと同様、迫害のターゲットとした。それまで生活の中心だった娯楽を突然「悪いこと」と決めつけられ、しかも宣教師たちに「遊んでばかりいないで働け」と追い立てられるようにして、ハワイアンたちは次第に海から遠ぎかることに。こうして1900年前後までにサーファーはほとんど姿を消し、サーフィンはほぼ「過去のスポーツ」になってしまった。ごく少数がワイキキ周辺で時折波に乗っている、というありさまだった。もっともサーフィンの衰退は、宣教師の迫害だけによるとはいえないかもしれない。キャプテン・クックがハワイ諸島を発見し、西洋社会との交流が始まるにつれて、ハワイには風疹、結核など西洋の伝染病が蔓延。ハワイアンの数が短期間に激減した。つまり、単にサーフィンをするハワイアンそのものの人口が減ったことも、サーフィン衰退の一因になったといえそう。こうしてほぼ火が消えかけていたサーフィンだけれど、20世紀初頭、ワイキキから徐々に復活の兆しを見せ始める。当時増えつつあったワイキキの白人観光客たちが、サーフィンに注目。ハワイアンらをまねて、サーフィンを始めた。続いて「近代サーフィンの父」といわれる、デューク・カハナモクが登場。優れた水泳選手でサーファーだった彼は1912年、ストックホルム・オリンピックにアメリカ代表として出場。100メートル自由形で世界記録を塗りかえ金メダルを勝ち取って、一躍「時の人」に。デュークはハワイの親善大使として世界中を周り、各地でサーフィンを披露。そして徐々にサーフィンを広めていった。サーフィン人気に本格的に火がついたのは、1959年。それまでの木製ボードに変わって発泡ポリエチレンなど合成素材のボードが登場し、その使い勝手の良さ、手入れのしやすさ、安価なことなどから、多くの若者がサーフィンに挑戦するようになった。その頃いわゆるサーフミュージックがお目見えし、続いてサーフィン映画がブレイク。世界中にサーフィン人気が浸透して、70年代までにハワイ、カリフォルニアをはじめオーストラリア、∃ーロッパ、ペルーなどの南米、南アフリカ、日本など、それこそ世界中で楽しまれるようになった。白人宣教師の迫害で一時歴史から消えかけたようにみえたサーフィンは、それから百年以上を経て、こうして見ごとに復活。再び老若男女が楽しむハワイの、いや世界の人気スポーツとして脚光を浴びることとなった。

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サーフィンの歴史

日本のサーフィンが産声を上げたのは1960年の頃、アメリカ人が湘南や千葉の海でサーフィンを楽しんでいるのを地元の少年たちが模倣して自作の「フロート」と呼ばれたボードで初めたのが最初だといわれています。そして1965年にはその青年たちによって日本サーフィン連盟が発足し翌年の7月には第1回の全日本選主権が99名の選手のなかで競われました。      NSAホームページより

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全日本

1966年から始まった全日本サーフィン選手権は、1971年8月15・16日と伊良湖赤羽根海岸で開催されている。現在赤羽根漁港の堤防は当時の面影がまったく無くなっているが、旧堤防、港センターのところがポイントになっていて「港」と呼ばれていた、当時まだ東京にいた私は立ち会っていなかったが、聞いた話では当時メジャーだったポイント、ロングビーチ・ロコ・港がまったく波に恵まれず、それまでサーフィンをすることもなかった、港から見て西にあるポイントが、そこだけ波が立ち、急遽全日本はその新しいポイントで開催され、それが現在の「全日本」と呼ばれるポイントの語源になっている。当時の雑誌で全日本を観戦中のLOKOチームの集合写真を見た覚えがあるんだけど、その雑誌はすでに無い。当然地元伊良湖からも選手として出場したはず、そのあたりの詳しいお話をぜひ聞きたいと思ってますが、選手として参加したサーファーをご存知の方、ぜひご連絡ください。

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June 23, 2005

募集いたします

先日の「伊良湖サーフィン史」資料の募集を始めます、まず最初に1960年代に伊良湖サーフィンに関する資料を集めたいのですが、もし当時の話を聞かせて頂けたり、当時の写真や印刷物をお持ちの方はぜひご一報下さい。一番知りたいところは、伊良湖でのサーフィンは何時頃・何処で・誰が始めたのか? ということなのでどんな些細な事でも構いませんのでぜひお願いします。PCを使える方でしたらぜひメールでお知らせ下さい、またビーチでの聞き取りも始めたいと思っていますのでご協力をお願い致します。またここを見ていない古いサーファーの方々への告知もぜひご協力下さい。

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June 21, 2005

お願い

実はずーっと前から考えていた事があるんです、僕がサーフィンを始めたのは1967か8年だと思うんだけど、当時は東京在住の学生だったんで、行くのは湘南がメイン、78年に千葉でバイトしてからは千葉へも行くようになったし、卒業と同時に仕事で派遣された先の和歌山でも半年間サーフィンやってました、ただそれまでの間、伊良湖へは本当にたまに夏休みに帰郷した時に行く程度で恐らく1年に1回行ったかどうか。真面目に伊良湖へ通うようになったのは74年頃からだと思う。そんなわけで、僕は伊良湖でのサーフィン発祥の時期に立ち会っていなかった、当時はまだ伊良湖のゴッデスもロコもそれぞれショップがあった時代で石塚くんとターザンの黄金期だったよね、そのあたりからの記憶はそこそこあるんだけど、それ以前の事はほとんど知らない。以前NALUの編集者から伊良湖の歴史について聞かれた時も答えられなかった。その頃から何時かはインタビューやら資料を集めて伊良湖のサーフィン史をまとめてみようと考え続けていた、早くしないとそろそろ当時のサーファーが消えていくかもしれないし、おそらく当時の貴重な写真もほっておけば消えていく運命だろう。ちょうど今回フッと時間が出来たので、これを始めようと思ってます。これからじょじょに古いサーファーからインタビューを始めてみたいと思ってますし、伊良湖の記事が載った資料も探し始めます。そこでお願いなのですが、ここをご覧の方々、またその周りのサーファーの方で、当時の事をご存知の方があったらぜひお話をお聞かせください。また伊良湖のサーフィンやビーチに関る古い写真をお持ちの方はぜひぜひ拝見させてください、今はPCという便利なものがあり、どんな古い写真でもちゃんとコピーして良い状態に編集することさえ可能です。何年かかる事になるのか自分でも判らないけど、湘南や千葉に負けないサーフィンの歴史・文化が伊良湖にも有った事をしっかりと残して行きたいと思いますのでぜひ皆さんのご協力をお願いいたします。

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記録

さぱ大佐の「はっぴぃはんど」blogにこんな記事が・・・

保存してあった第14回全日本サーフィン大会支部予選結果
(サーフマガジンより掲載) 13支部の大会報告がありました。

まず、愛知支部を~

'79 5月20日伊良湖・赤羽根

ジュニア
1 進 昭浩
2 高橋英二

メン
1 内藤直樹
2 杉浦 仁
3 角谷龍夫
4 松井輝夫
5 森  昇
6 加藤泰伸

シニア
1 角谷 晃
2 武藤
3 鈴木光彦

1979年というと僕が独立した次の年で31歳、冬になるとノースへ行ってた時期に当るんだけど、この記録にはまったく記憶が無い。しかしジュニアの進とは仲よかったし、高橋くんも良いサーファーだったので覚えているし、メンは言うことないくらいだね、トップの内藤やんは当然ながら、やっぱ仁くんは良い位置にいたんだ!森くんもちゃんとファイナルにいたんだね~、シニアの2位は僕だと思うし、3位の会長は判るけど、1位の人が思い出せない、誰か知ってたら教えてください。

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June 18, 2005

My collection

gibus3何で残ってたのか、この2個のギブスの下のが今回作った下肢部のもの、上のは数年前にやはり筋肉断裂やった時に作った上肢部のもの、この2個はこれからも必要になるかもしれんからちゃんと保管しとこうかな?実は振り返ってみると今回の怪我をした先週の土曜は異常に暖かい日で、一番に入ったんだけどロンスリで入ったことをすぐに後悔した、それほど暖かく・・・って言うより暑いほどで次ぎのラウンドは間違いなくロングジョンとタッパーで入るつもりだった、良く考えてみると好みのせいか僕のウエットのラインアップに半袖っていうのが全く無くて、ロンスリの次ぎは、ロングジョンとショートジョンになってしまう、確か去年も書いたけど夏場でも波の大きい時には怪我防止のために出来るだけロングジョンを着ていたはず、今回も下肢を覆うロングジョンを着ていたら、もう少しダメージが小さかったかもしれない、ちょっと後悔してる。

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June 11, 2005

RealBVoice

nuvo2海から上がったら雨が強くなり、やることなくなって皆で田原のbillabongへ遊びに出掛けた、そこでMr.HがRealBVoiceのハイパフォーマンスモデルのブライアンモデルをご成約、そのまま真っ昼間の宴会モードに突入し、ただ今終了、これからロコポイントへ戻り雨の中お昼寝モードにはいります。

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June 08, 2005

4号

th4どうも今回の台風は迷走気味だね、波浪予想を見ていてもまだピークが来ない、この予想進路が正しいと週末がベストになるような気もしてきた、でも米軍予想じゃもっと早そうだし、よく判らん・・・

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ツーショット!

2shotAこんなんしてみましたよ、たしか「SURF ONE」?とかいう新しい雑誌にDVDがおまけで付いてたはずなんだけど、その中になんと1985年当時のBALIでの映像が入っていて、当時のプロ達のライディングを見ることができる、非常に懐かしい顔ぶれで先日ご一緒したマメさんもいたし、何とこの中で孝男はこのシークエンスのボードで素晴らしいライディングを見せていた、このDVDはお勧めです、良い感じのレトロかな~

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ニューボード

senntannrv昨日は久しぶりにじいちゃんに会えた、残念ながら小波だったのでライディング画像は無いんだけど、2005年モデルのReal.B.Voiceをこんな角度で撮ってくれてた m(__)m なるほど他人の目線ではこう見えるのね、やっぱ派手やないの・・・・・ 撮影 じいちゃん


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June 06, 2005

おめでとう

omedetou新郎・新婦と共に撮影していただきました、こちらも全員がサーファー、新郎はショート、新婦はロングなんで、子供が出来たらBBかな?それとも3人作ってショート・ロング・BBと全員できちゃうかも?  撮影 北村 守

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June 05, 2005

大松屋食堂

oomatuA結局土曜の夕方海から上がったのは6時半過ぎ、鈴木さんがどうしても思い出深い大松屋へ行きたいとのご希望で閉店時間の7時を目指してウエットのまま直行、そのままご挨拶して駐車場でお着替え(~_~;) なんせ鈴木社長は大松屋とは35年のお付き合いでそれはそれは思い出が一杯詰まったお店なんです。暫く昔話に花が咲いていたところ、やはり海の帰りに覗き込んだのがパンダ夫妻、こちらもまた35年のお付き合いとの事だし、今はGODDESSに乗るので早速宴会モードに、こうなったら閉店時間どころじゃなくなってサービス満点のお料理に囲まれビールとBaliHighが進む進む!そのうちまたまたメンバーが登場、その昔プロの時代にGODDESS所属だった柴田賢次と同じ頃GODDESSで働いていた正が登場、まあこの頃からメチャクチャになり始め、同時にお泊まり組のカルロスやら玉やんも一緒になって大いに盛り上がってしまいました、結局9時過ぎまで貸切で大騒ぎしてしまいました、大松屋食堂万歳!!!

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結婚式

oyajisuzukia
hirosikeikoa昨日のお昼はロングビーチのおやぢこと山本くんの長男でコホのライダーでもあるひろしくんと、ただ1人レディースでGODDESSのライダーの景子さんの結婚式に参列させていただいた。正装またはアロハでというリクエストに答えてGODDESSの鈴木社長とともにアロハで出かけたが、なんとおやぢは紋付袴でお迎え、まあそれでもピアスにリングだからサーファーだわね(^_-)-☆ 非常に和やかな式でお酒も楽しく素敵なひと時を過ごせました、一日中撮影の北村さんは大変だったと思いますよ、実は式に向かう途中にカルロスからメールが入っていて朝からロコポイントは肩~頭で最高とのこと、式でお隣同士の鈴木さんも帰り道にそのまま伊良湖で入りたいとのご希望で式が終わった3時半から大急ぎで伊良湖へ直行5時半着で過ぎに飛び込んで1時間ほど胸前後を楽しんだ。

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June 03, 2005

うーーーん

まだまだ台風のうねりとは違うけど急にサイズアップしてきたようだ、ポイントによっては頭を超えてきた、まあ普通なら明日の朝は一番で海に入っているところなんだけど・・・・実は明日の昼に結婚式が・・・もう長い間結婚式への出席は不義理ばっかりしていたんだけど明日はBaliHighライダーでもあるロングビーチのおやぢの結婚式、いえいえ本人じゃなくって息子のHIROSHIくんですよ、さすがにこれは出なくちゃね~、しかも先日千葉でお会いしたGODDESSの鈴木さんもご一緒なんで、そちらで楽しんできます、そんでもって日曜には鈴木さんも伊良湖登場なんで楽しみです。本番の台風スウェルは恐らく火曜あたりかと?期待してまっせ!!

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太東

taitoA今回の写真撮影はすべて先日購入した水中カメラ、SONYサイバーショットU-60を使用しました。残念ながら時間が無く今回水中撮影は出来ませんでしたが、唯一この画像は太東の堤防の先っちょまで行って撮ったもので大会前日のお昼頃でした、ガスが掛かっていてちょっと見ずらいのが残念ですが、こんな角度も良いもんですね。

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June 02, 2005

ライバル

ssこちらもまた濃厚なメンバーです、たしか去年のOn the Board の伊良湖取材でご一緒したメンバーですが、左がTJey'Sの椎名さん、右が誰でもご存知GODDESSの鈴木社長です。鈴木さんは今まで何度も伊良湖ロングボードクラシックに出場されファイナルでご一緒しましたが、未だにライバル意識むき出しの闘志を持っておられ今年もまた椎名さんとご一緒に出場されるとのこと、まあ還暦過ぎてもお元気なことでなによりです。

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June 01, 2005

1985

clomote
clura今から20年前の1985年新島で開催された第20回全日本「nsa.pdf」をダウンロードで使用したボードが20年ぶりに姿を現しました。詳しいスペックはまったく判りませんがCuntry Lineの宇佐美潤シェープに間違いありません。しかしボードの派手好きは当時からだったようですね~ 懐かしいのでリペアーして車に積んでおきます、次回は孝男のボードとツーショット撮ってみましょう。

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